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2 新たなるカニ、スピーチ・クラブ

 王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口にある、蔦に覆われた重厚なレンガ造りの建物がひっそりと佇んでいる。


 招かれた者のみがその扉を叩くことができる、アンティークショップ『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』である。


 店内に並ぶのは一級品の高級アンティーク。どれも一筋縄では手に入らない貴重な品だ。


 まるで美術館の展示品のように絢爛に飾られており、いかにも上級貴族の娯楽のための店だが、その実態はヴァランシエール侯爵家の長女エレオノーラが、自身の美しすぎる妹、リリアーヌを保護するために私財を投じて設立した非公式精鋭組織――『天球の灯(スフィア・ランタン)』の拠点である。


 悠然と微笑むエレオノーラの前に、鑑定士オスカーは恭しく箱から取り出した花瓶を差し出した。


 ぴぃぴぃと、悲壮な声が響き渡る。


「こちらの扱いにつきまして、ご判断を承りたく、お持ちいたしました」


 花瓶を傾けるとぴったり「はまった」妖精が、首だけを動かしてエレオノーラを見つめる。


「あら、可愛らしいこと」


「原因、及び事象発生時期は不明、今朝の鑑定の際に発覚いたしました。現時点で、意志疎通は困難です」


 視線のみでオスカーに問いかけると、簡潔に報告がなされる。その粛々とした雰囲気を壊すように、割り込む者達がいた。


「へぇ、これが妖精か。すげえ箱入り(?)だな」


「俺、初めて見たよ、可愛いねー。っていうか、目を回してるから振り回すのやめてあげなよ、リン」


 すっかりソファーでダベりながら過ごしていた二人だが、興味津々に、花瓶に近寄る。


 主人の前での礼儀について、再教育の必要あり、と心に書き付けながら、オスカーはエレオノーラへ現状報告を続ける。


「ご覧の通り、しっかり嵌まっており、取り出すことは困難でございます」


「…そう。言葉が分からないのは困りますわね」


 エレオノーラは礼儀知らずの二人の事は黙殺し、お気に入りの扇子を口許にあて、優雅に手元の真鍮製の小さなベルを鳴らした。


 チリン、という小さな音が響き終わる前に、勢い良く研究室に続く扉が大きな音を立てて開かれた。


「お呼びですか、エレオノーラ様!」


 ビクッと肩を震わせたリンとガイを一顧だにせず、カイルが飛び込んできたのだった。


「あなたの『カニ』の中に、異種族と会話ができる機器があったと思うのだけど?」


「流石はお目が高くていらっしゃる!ええ、ございますとも、僕の最高傑作! 『本音を零す(スリーピル・)蟹の告白(スピーチ・クラブ)』!! 試作から三日、睡眠時間を削って改良した自信作ですよ!」


 じゃーん、という効果音が付きそうな勢いで差し出されたカイルの手のひらには、まるで生きた宝石のような鈍い光沢を放つ、左右一対の小型甲殻類が鎮座していた。


 そのハサミは、カチカチと獲物を探すかのように虚空を切り裂いている。


 左右の耳に装着する小型のカニであった。鋭いハサミが、何があっても耳を離さないという強い意志を感じさせる。


「感情の周波数と脳から発せられる繊細な魔力を解析し、思考を言語化するイヤフォン兼スピーカーです! どんな相手の言葉も確実に変換して届けますよ!」


「言葉が分からなくても会話が出来るということよね? 対象が小さくても使用可能かしら?」


 エレオノーラの問いに、カイルは願ってもない実証実験のチャンスだと、カニのハサミを花瓶の縁に無理やり引っ掛けた。


『接続開始。ハサミ圧着。ーーー《……痛い! 痛いわ、人間!!》』


 スピーカーとなったカニの機械音が、妖精の悲鳴を響き渡らせる。


「また、あのハサミかよ……」


 その傍らで、リンとガイが拭いきれない不吉な気配を感じ取っていた。


 自分たちのプライバシーが、その小さな蟹のハサミによって握りつぶされる未来を、彼らはまだ知らない。


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