1 真価の天秤と壺の住人
「…おや?」
『真価の天秤」が、大きく傾いたことを確認して、アンティークショップ『星屑の天球儀』の鑑定士オスカー・グレイは、モノクルを押し上げた。
骨董品は経年変化や市場の流行により価値が変化するため、定期的な鑑定を欠かさない。今日はちょうどその再鑑定を行う日であった。
今、彼の魔法により発現した、金色の天秤は、ドスンと音を響かせ、片方の皿が机にめり込むほどバランスを崩している。
「以前の鑑定時と比べ、大きく価格変動を起こしている、ということですか?しかし、この作品に、価値に影響を及ぼすような事実は上がっていないはずですが…」
左の天秤に対象物を、右の天秤には査定書を乗せたところ、左に大きく傾いたのである。これは査定書の内容より、対象物の価値が大きいことを示す。
オスカーは帳簿を取り出し、以前自らが書き付けたその花瓶の項目に目を通した。
そこには「ヘンリー・フォレスト作、花入れ、制作時期:晩年」とある。
美しいデザインで愛好家が多いものの、使われている材質や歴史的背景などに付加価値が付きにくく、変動が起きにくい作家の作品であった。
「『情報展開』」
手を上げ、右の天秤皿にかざすと、花瓶に関する詳細が浮きだされる。その内容にざっと目を通したオスカーは、眉を顰めた。
「『妖精のはまった』花入れ…?」
商品名に、以前には無かった一言が加えられている。
大きく傾いた原因はそこにあるのだろう。しかし、だとしてもこの傾き方は異常である。
再査定による金額を確認して、さすがのオスカーも目を見張った。
「国が…、一つ滅びるほどの金額ですな…」
『ヘンリーの花瓶』と銘打たれた花瓶を、静かに天秤からおろすと、「さて、どうしたものか」と呟いた。
自身の魔法は曖昧な結果を記すことはない。「夢中になる」などの比喩ならそのように出る。だとするならば、この「はまった」というのは――。
「……物理的に嵌まっているのか、あるいは罠にかけられたなどの窮地の表現か…」
いずれにせよ、以前の鑑定時にはそのような記述はなかった。だとすれば、この店に置いてある間に何かしらの事故、あるいは事件が発生したという事だろう。
「…エレオノーラ様へのご報告が必要ですね」
優秀な従業員は、報連相を怠らないものである。とにかくこういうことは確認したらすぐ報告するのが良いだろう、と花瓶を花入れ箱に収めようと持ち上げたその時…
「ぴぃぃぃ、ぴぃ…ぴぴぴぴぃ…!」
小鳥のさえずりのような音が響き、ガタガタと花瓶が揺れだしたのだった。
普段より、めったなことでは動揺しないオスカーだが、モノクルを指先でつまみ上げ、恐る恐る中を覗き込む。
すると…
花瓶の中に、手のひらサイズほどの妖精がピッタリと「はまって」いる。
「どういう状況ですかな、これは」
辛うじて頭だけが動かせるのか、必死に見上げて何かを訴えている。
静かに、オスカーは花瓶を持ち上げた。そして上下を返して全力で振ってみる。
「…ぴぴぴぃぃ!!!!ぴぃ、ぴぃぃ」
目を回しながらも全く抜ける様子のない妖精を確認して、オスカーは、今度こそきっぱりと判断を下した。
「これだけ、きっちり『はまって』しまっていては花瓶の解体が必要かもしれませんな。やはり、エレオノーラ様にご報告ですね」
花入れ箱に収め、魔導士ギルド『天球の灯』へ続く扉を開く。妖精など、滅多に人前に現れるものではない。
面倒なことになりそうだ、とオスカーの長年の勘が告げていた。
「やれやれ、また『双子座』が騒がしくしそうですね…」
威勢の良い若い二人を思い、苦笑いをこぼすのだった。




