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勇者学園の戦わない保健室 〜傷だらけの英雄たちに、とびきりのハーブティーを〜  作者: 伝福 翠人


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8/12

暴走する優等生

その夜、学園は不気味なほどの静寂に包まれていた。


生徒たちは皆、パニックの余波と教頭への恐怖で寮に閉じこもっている。


しかし、その沈黙を破るように、鋭い警報音が鳴り響いた。


『緊急警報。魔力反応、カテゴリー5。全生徒は直ちに避難せよ』


「カテゴリー5!?」


特別カウンセリング室に残っていた私は、顔色を変えた。カテゴリー5は、魔王級の災害を意味する。学園内でそんな反応が出る場所など、一つしかない。


「先生、あれを!」


エリアスが窓の外を指差す。


中央広場にそびえ立つ時計塔。その頂上が、紫色の稲妻と黒い霧に覆われていた。


黒い霧は渦を巻き、まるで巨大な竜巻のように塔を飲み込もうとしている。


「あそこは……生徒会室!」


「行きましょう!」


私たちは北校舎を飛び出し、広場へと走った。


現場には既に多くの教師たちが集まり、幾重もの結界を展開していた。


その中心で、一人の男子生徒が空中に浮遊していた。


生徒会長、セオドアだ。


彼は白目を剥き、絶叫していた。


その体からは制御不能になった膨大な魔力が噴き出し、周囲の空間を歪めている。


「うあぁぁぁぁ! やめろ、来るな! 僕は完璧だ! 僕は失敗しない! 期待に応えなきゃいけないんだぁぁぁ!」


彼の悲鳴と共に、強力な重力波が放たれ、時計塔の壁が砕け散る。


あれは『魔力暴走オーバーロード』の末期症状だ。


彼はもう、自分自身を保てていない。強迫観念という名の怪物が、彼を内側から食い破ろうとしているのだ。


「状況は最悪だ」


指揮を執る教師が叫んだ。


「彼の魔力は臨界点を超えている。このままでは学園ごと吹き飛ぶぞ!」


「どうするんですか!」


「……排除するしかない」


その言葉に、私は耳を疑った。


「排除……? まさか、彼を殺す気ですか!?」


「やむを得ん! 一人の犠牲で学園が助かるなら安いものだ。総員、対魔導砲用意!」


教師たちが杖を構える。その先端に、殺意に満ちた光が集束していく。


セオドアはまだ生きている。泣き叫んでいる。なのに、彼らは引き金を引こうとしている。


「やめて!」


私は叫びながら、結界の前へ飛び出した。


「どけ、エルナ君! 巻き添えになるぞ!」


「彼はまだ生徒です! 助けを求めているんです!」


「手遅れだ! あれはもう人間ではない、ただの魔力爆弾だ!」


教師が無慈悲に杖を振るう。


閃光が放たれた。私は目を閉じて身構えた。


だが、衝撃は来なかった。


「……させない」


目を開けると、私の前にレオンが立っていた。


彼の剣が、放たれた攻撃魔法を真っ二つに切り裂いていたのだ。


「レオン君!」


「生徒を守るのが教師の役目だろうが! 何が生徒会長だ、何が英雄だ! 困ってる仲間一人救えなくて、何が教育だ!」


レオンの怒号が響く。


彼の後ろには、エリアス、ミナ、ニルスも続いていた。


エリアスが風の壁を展開して教師たちの視線を遮り、ミナが炎の壁でそれ以上の攻撃を防ぐ。ニルスは姿を消し、発射準備をしていた魔導砲の回路を密かに寸断していた。


「貴様ら……反逆する気か!」


「反逆じゃありません。人命救助です」


私は震える足で一歩前へ出た。


頭上のセオドアは、苦しみにもがいている。


心のカルテに映る彼の心は、赤黒い亀裂だらけだが、その中心にはまだ、泣きじゃくる小さな子供のような光が残っていた。


「彼は怖がっているだけです。誰にも弱音を吐けず、完璧を演じ続けて……限界が来たんです。それは『悪』ではありません!」


「綺麗事だ! あの暴走をどうやって止める!」


「私が止めます」


私は塔を見上げた。


「対話で。彼の心に触れて、呪縛を解きます」


「正気か? 近づいただけで消し飛ぶぞ!」


「私はカウンセラーです。患者を見捨てるくらいなら、ここで消し飛んだ方がマシです」


私の言葉に、教師たちは息を呑んだ。


その時、頭上から冷笑が降ってきた。


「面白い。やらせてみなさい」


空飛ぶ椅子に座り、結界の上空から見下ろしているのは、グロリア教頭だった。


「教頭!」


「失敗すれば、彼もろとも塵になるだけ。成功すれば、私の『作品』が一つ拾える。どちらに転んでも損はありません」


彼女は残酷な笑みを浮かべて、教師たちに合図した。


「攻撃中止。お手並み拝見といきましょうか、カウンセラー」


教師たちが杖を下ろす。


道は開かれた。だが、それは死地への道だ。


渦巻く黒い魔力の嵐。その中心に、セオドアがいる。


「……先生、行くんですか」


レオンが心配そうに私を見る。


「ええ。行ってくるわ」


「俺たちが道を作る。……死なないでくれよ」


「約束するわ。お茶の時間までには戻るから」


私はカーディガンを翻し、暴風の中へと足を踏み入れた。


肌を刺すような魔力の奔流。一歩進むごとに、心が圧迫されるような重圧がかかる。


それでも私は進んだ。


彼を『排除』なんてさせない。


だって彼は、まだ一度も、本当の自分の言葉を話していないのだから。


「待っていて、セオドア君。今、迎えに行くから」


私は嵐の中心へ向かって、強く大地を踏みしめた。

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