暴走する優等生
その夜、学園は不気味なほどの静寂に包まれていた。
生徒たちは皆、パニックの余波と教頭への恐怖で寮に閉じこもっている。
しかし、その沈黙を破るように、鋭い警報音が鳴り響いた。
『緊急警報。魔力反応、カテゴリー5。全生徒は直ちに避難せよ』
「カテゴリー5!?」
特別カウンセリング室に残っていた私は、顔色を変えた。カテゴリー5は、魔王級の災害を意味する。学園内でそんな反応が出る場所など、一つしかない。
「先生、あれを!」
エリアスが窓の外を指差す。
中央広場にそびえ立つ時計塔。その頂上が、紫色の稲妻と黒い霧に覆われていた。
黒い霧は渦を巻き、まるで巨大な竜巻のように塔を飲み込もうとしている。
「あそこは……生徒会室!」
「行きましょう!」
私たちは北校舎を飛び出し、広場へと走った。
現場には既に多くの教師たちが集まり、幾重もの結界を展開していた。
その中心で、一人の男子生徒が空中に浮遊していた。
生徒会長、セオドアだ。
彼は白目を剥き、絶叫していた。
その体からは制御不能になった膨大な魔力が噴き出し、周囲の空間を歪めている。
「うあぁぁぁぁ! やめろ、来るな! 僕は完璧だ! 僕は失敗しない! 期待に応えなきゃいけないんだぁぁぁ!」
彼の悲鳴と共に、強力な重力波が放たれ、時計塔の壁が砕け散る。
あれは『魔力暴走』の末期症状だ。
彼はもう、自分自身を保てていない。強迫観念という名の怪物が、彼を内側から食い破ろうとしているのだ。
「状況は最悪だ」
指揮を執る教師が叫んだ。
「彼の魔力は臨界点を超えている。このままでは学園ごと吹き飛ぶぞ!」
「どうするんですか!」
「……排除するしかない」
その言葉に、私は耳を疑った。
「排除……? まさか、彼を殺す気ですか!?」
「やむを得ん! 一人の犠牲で学園が助かるなら安いものだ。総員、対魔導砲用意!」
教師たちが杖を構える。その先端に、殺意に満ちた光が集束していく。
セオドアはまだ生きている。泣き叫んでいる。なのに、彼らは引き金を引こうとしている。
「やめて!」
私は叫びながら、結界の前へ飛び出した。
「どけ、エルナ君! 巻き添えになるぞ!」
「彼はまだ生徒です! 助けを求めているんです!」
「手遅れだ! あれはもう人間ではない、ただの魔力爆弾だ!」
教師が無慈悲に杖を振るう。
閃光が放たれた。私は目を閉じて身構えた。
だが、衝撃は来なかった。
「……させない」
目を開けると、私の前にレオンが立っていた。
彼の剣が、放たれた攻撃魔法を真っ二つに切り裂いていたのだ。
「レオン君!」
「生徒を守るのが教師の役目だろうが! 何が生徒会長だ、何が英雄だ! 困ってる仲間一人救えなくて、何が教育だ!」
レオンの怒号が響く。
彼の後ろには、エリアス、ミナ、ニルスも続いていた。
エリアスが風の壁を展開して教師たちの視線を遮り、ミナが炎の壁でそれ以上の攻撃を防ぐ。ニルスは姿を消し、発射準備をしていた魔導砲の回路を密かに寸断していた。
「貴様ら……反逆する気か!」
「反逆じゃありません。人命救助です」
私は震える足で一歩前へ出た。
頭上のセオドアは、苦しみにもがいている。
心のカルテに映る彼の心は、赤黒い亀裂だらけだが、その中心にはまだ、泣きじゃくる小さな子供のような光が残っていた。
「彼は怖がっているだけです。誰にも弱音を吐けず、完璧を演じ続けて……限界が来たんです。それは『悪』ではありません!」
「綺麗事だ! あの暴走をどうやって止める!」
「私が止めます」
私は塔を見上げた。
「対話で。彼の心に触れて、呪縛を解きます」
「正気か? 近づいただけで消し飛ぶぞ!」
「私はカウンセラーです。患者を見捨てるくらいなら、ここで消し飛んだ方がマシです」
私の言葉に、教師たちは息を呑んだ。
その時、頭上から冷笑が降ってきた。
「面白い。やらせてみなさい」
空飛ぶ椅子に座り、結界の上空から見下ろしているのは、グロリア教頭だった。
「教頭!」
「失敗すれば、彼もろとも塵になるだけ。成功すれば、私の『作品』が一つ拾える。どちらに転んでも損はありません」
彼女は残酷な笑みを浮かべて、教師たちに合図した。
「攻撃中止。お手並み拝見といきましょうか、カウンセラー」
教師たちが杖を下ろす。
道は開かれた。だが、それは死地への道だ。
渦巻く黒い魔力の嵐。その中心に、セオドアがいる。
「……先生、行くんですか」
レオンが心配そうに私を見る。
「ええ。行ってくるわ」
「俺たちが道を作る。……死なないでくれよ」
「約束するわ。お茶の時間までには戻るから」
私はカーディガンを翻し、暴風の中へと足を踏み入れた。
肌を刺すような魔力の奔流。一歩進むごとに、心が圧迫されるような重圧がかかる。
それでも私は進んだ。
彼を『排除』なんてさせない。
だって彼は、まだ一度も、本当の自分の言葉を話していないのだから。
「待っていて、セオドア君。今、迎えに行くから」
私は嵐の中心へ向かって、強く大地を踏みしめた。




