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勇者学園の戦わない保健室 〜傷だらけの英雄たちに、とびきりのハーブティーを〜  作者: 伝福 翠人


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6/12

学園の闇

学園は、奇妙なほど明るい雰囲気に包まれていた。


中間試験の結果発表日。掲示板の前には人だかりができているが、いつもとは少し様子が違う。


これまで成績下位に沈んでいた生徒たちの名前が、上位者に混じって掲載されていたからだ。


「おい、見ろよ。ニルスの奴、実技支援部門でトップだぞ」


「エリアスも復活したって噂は本当だったんだな。筆記満点だ」


「それに……一年生のミナ。あの暴走娘が、魔力制御でA判定?」


驚きの声がさざ波のように広がる。


その中心には、自信に満ちた表情の生徒たちがいた。レオン、ニルス、エリアス、そしてミナ。


彼らは特別カウンセリング室の常連たちだ。


「先生! 見てくれましたか?」


放課後、彼らは雪崩を打つようにカウンセリング室へやってきた。


「ええ、見たわよ。みんな、本当によく頑張ったわね」


私は用意しておいた焼き菓子をテーブルに並べた。


部屋は彼らの笑い声で満ちていた。


レオンは以前のようなトゲが抜け、クラスメイトから慕われるリーダーになっていた。


ニルスは自身の影の薄さを「隠密行動の才能」として開花させ、エリアスは独自の魔法理論を確立しつつある。


ミナも、ライバルへの嫉妬をエネルギーに変え、凄まじい速度で成長していた。


心のカルテを開けば、彼らの心の色はどれも鮮やかで、力強い輝きを放っている。


完璧だ。私の仕事は順調に進んでいる――そう思っていた。


『ピンポンパンポーン』


不意に、無機質なチャイムが鳴り響いた。


『特別カウンセリング室、エルナ・トワイライト。至急、教頭室まで来なさい』


氷のように冷たい声。グロリア教頭だ。


部屋の空気が一瞬で凍りついた。


「……先生」


レオンが不安そうに私を見る。彼らは知っているのだ。教頭が、この部屋の活動を快く思っていないことを。


「大丈夫よ。ただの報告だから」


私は努めて明るく振る舞い、カーディガンを羽織り直した。


生徒たちには笑顔を見せたが、カルテを閉じる私の指先は少しだけ冷たくなっていた。


   *


教頭室は、学園の最上階にある。


重厚な扉を開けると、そこはまるで氷の神殿のようだった。


一切の無駄がない、冷たく研ぎ澄まされた空間。その中央にある巨大な執務机の向こうに、グロリア教頭が座っていた。


「失礼します」


私が声をかけると、彼女は書類から顔を上げた。


眼鏡の奥にある瞳は、爬虫類のように感情がなく、鋭い。


「座る必要はありません。話は手短に済みますから」


彼女は立ち上がり、窓の外を見下ろした。そこには、訓練に励む生徒たちの姿が見える。


「エルナ・トワイライト。あなたの活動について、看過できない報告が上がっています」


「看過できない、とは? 私の担当した生徒たちは、全員成績を上げていますが」


「ええ、成績はね」


グロリア教頭は振り返り、私を射抜くように見た。


「ですが、彼らの『精神』はどうです? 恐怖心が欠落している。危機感が薄れている。彼らは戦場に向かう兵士なのですよ? お茶を飲んで談笑するためのサークル活動ではないのです」


「恐怖で支配された心は脆いです。彼らは安心感を得たことで、本来の能力を発揮できるようになったのです」


「甘い!」


教頭の声が鞭のように空気を叩いた。


「安心感? そんなものは戦場には存在しない! 必要なのは、極限状態でも命令を遂行する規律と、死への恐怖を凌駕する狂気だ。あなたが与えているのは『癒やし』ではない。『たるみ』だ」


彼女は机の上にあるファイルを放り投げた。そこには、私が担当した生徒たちのリストがあった。赤いバツ印が付けられている。


「レオン・ブレイブ。彼は以前のような『鬼気』を失った。ニルス・クローバー。彼は影に徹するあまり、前線に出ようとしない。……これらは全て、兵士としての欠陥です」


「彼らは兵器ではありません。人間です」


私は一歩も引かずに言い返した。


「人間である以上、心が壊れれば戦えません。私は彼らが壊れるのを防いでいるだけです」


「壊れたら、捨てればいい」


教頭は冷酷に言い放った。


「英雄になれるのは、壊れずに生き残った者だけです。壊れるような柔な素材は、最初から不要なのです」


背筋が凍るような思想。それが、この学園を支配する根源的な闇だった。


効率主義。優生思想。個人の尊厳よりも、対魔王戦力としての数値を絶対視する狂気。


教頭は私の目の前まで歩み寄り、冷たい声で警告した。


「軟弱な思想を広めるのはやめなさい。これ以上、私の『作品』たちを汚染するなら……特別カウンセリング室を閉鎖し、あなたを追放します」


「……それは、脅迫ですか?」


「教育的指導です」


教頭は薄く笑った。その笑顔には、慈愛のかけらもなかった。


「下がりなさい。そして、よく考えることです。自分の立場をね」


   *


教頭室を出た私は、廊下の壁に手をついて深呼吸をした。


足が震えている。恐怖ではない。怒りでだ。


彼女は生徒たちを「作品」と呼んだ。壊れたら捨てればいいと言った。


そんなことが許されていいはずがない。


長い廊下を歩き、北校舎の端に戻る。


ドアを開けると、そこには変わらない光景があった。


レオンがエリアスに剣術の型を教え、ミナとニルスがお菓子をつまみながら笑っている。


「あ、先生! おかえりなさい!」


「遅かったですね。お茶、冷めちゃいましたよ」


彼らの無邪気な笑顔を見た瞬間、私の胸に熱いものが込み上げた。


この場所を、この笑顔を守らなければならない。


たとえ相手が学園の最高権力者であっても。いや、だからこそ。


「……ただいま。ごめんね、長話になっちゃって」


私はいつもの笑顔を作り、彼らの輪の中へ入っていった。


教頭の警告は、宣戦布告だ。


この学園の闇は深い。けれど、ここに灯った小さな『安息の灯』を、絶対に消させはしない。


私は心の中で強く誓い、冷めた紅茶を一気に飲み干した。


戦いは、ここからが本番だ。

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