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勇者学園の戦わない保健室 〜傷だらけの英雄たちに、とびきりのハーブティーを〜  作者: 伝福 翠人


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嫉妬の炎

「火事だ! 第三訓練場が燃えているぞ!」


廊下を走る生徒の叫び声が、平穏な放課後を引き裂いた。


特別カウンセリング室でお茶を飲んでいたレオン、ニルス、エリアスの三人が、弾かれたように顔を上げる。


「第三訓練場……あそこは一年生が使っている場所だ」


レオンが呟くと同時に、私は立ち上がっていた。


窓から黒煙が上がっているのが見える。魔力を含んだ炎だ。普通の手順では消火できないかもしれない。


「行きましょう。怪我人が出ているかもしれないわ」


現場に到着すると、そこは異様な熱気に包まれていた。


教師たちが結界を張り、必死に消火活動を行っているが、炎の勢いは一向に衰えない。


その炎の中心に、一人の少女がへたり込んでいた。


燃えるような赤い髪をした少女。彼女の周りだけ、炎が意志を持った蛇のようにとぐろを巻いている。


「ミナ! 魔力を抑えなさい! これ以上暴走させたら退学だぞ!」


教師の怒鳴り声が響く。だが、少女――ミナは耳を塞ぎ、震えながら叫んだ。


「止まらないの! 私だって、こんなことしたくないのに……!」


彼女の悲痛な叫びに呼応するように、炎の舌がさらに高く舞い上がる。


あれは、ただの魔法の失敗ではない。感情の暴走だ。


私は教師たちの制止を振り切り、結界の内側へと足を踏み入れた。


「おい、エルナ君! 死ぬ気か!」


「危ないから下がっていて!」


熱風が頬を打つ。けれど、私はひるまなかった。


『心のカルテ』を通して見る彼女の心は、炎よりも激しく、どす黒い赤色に染まっていた。


それは『怒り』ではない。『嫉妬』だ。強烈な劣等感と、自分自身への激しい憎悪。


「ミナさん!」


私が名を呼ぶと、ミナが涙で濡れた顔を上げた。


「来ないで! 燃えちゃう……私、全部壊しちゃうの……!」


「壊れないわ。私は燃えない」


私はゆっくりと、しかし確実に彼女に近づいていく。


炎が私を威嚇するように襲いかかるが、私の背後から冷たい風と、強固な水の盾が展開され、炎を弾いた。


振り返ると、エリアスが風で熱を逃し、ニルスが展開した見えない盾を、レオンが魔力で強化していた。


「先生、道は作った。行ってくれ!」


レオンが叫ぶ。頼もしい教え子たちだ。


私は彼らに頷き、炎の渦の中心へ飛び込んだ。


ミナの目の前に膝をつき、彼女の肩を掴む。熱い。服が焦げそうだ。


「ミナさん、誰を見ていたの?」


私の問いかけに、ミナの瞳が大きく揺れた。


「え……?」


「この炎は、誰かへの想いでしょう? 誰が羨ましかったの? 誰になりたかったの?」


「……あの子よ」


ミナが搾り出すように言った。視線の先、結界の外に、一人の優等生らしい女子生徒が心配そうにこちらを見ているのが見えた。氷魔法の天才と呼ばれる一年生だ。


「あの子みたいに、クールで、綺麗で、誰からも愛される魔法が使いたかった……! 私の魔法は、いつも熱くて、乱暴で、みんなを怖がらせるだけ……! こんな力、いらない! なくなっちゃえばいいのに!」


自己否定。自分の才能を呪い、他者を羨む心。それが彼女の膨大な魔力を歪め、暴走させている。


「ミナさん。嫉妬は悪いことじゃないわ」


炎の轟音の中で、私の声は静かに響いた。


「え……?」


「嫉妬するのは、あなたが諦めていない証拠よ。『私もあそこに行きたい』『私も輝きたい』って、魂が叫んでいるの。それはとても強いエネルギーだわ」


私は彼女の手を取り、自分の胸に当てさせた。


「この熱さを感じて。これは破壊の炎じゃない。あなたの情熱よ。向上心よ。ただ、薪をくべる場所を間違えているだけ」


「情熱……?」


「ええ。あの子になりたいんじゃない。あなたは、あなただけの炎で、あの子と並び立ちたいんでしょう?」


ミナの目から涙が溢れた。その涙が頬を伝い、地面に落ちると、ジュッという音がした。


「……うん。……悔しいの。負けたくないの……!」


「なら、その悔しさを燃やしなさい。自分を焼くためじゃなく、道を照らすために!」


私は強く言った。


その瞬間、ミナが大きく息を吸い込んだ。


彼女の中で渦巻いていた黒い嫉妬が、純粋な決意へと昇華されていく。


暴れまわっていた炎が、急速に彼女の元へ収束し始めた。


「……集まれ。私の炎」


ミナが呟く。


荒れ狂っていた火炎は、彼女の掌の上で小さな、しかし眩いほどに輝く一つの球体へと変わった。


それは周囲を焼き尽くす業火ではなく、闇夜を照らす松明のような、温かく力強い光だった。


「……できた」


ミナが驚いたようにその光を見つめる。


周囲で見ていた教師たちや生徒たちから、どよめきが起きた。暴走を力ずくで止めるのではなく、制御下に置いたことに驚愕しているのだ。


「よくやったわ、ミナさん。それがあなたの本当の魔法よ」


私が微笑むと、ミナはようやく力が抜けたようにへたり込んだ。掌の炎がフッと消える。


すぐにレオンたちが駆け寄ってきた。


「大丈夫か、先生! ミナも!」


「ええ、平気よ。少し焦げ臭いけどね」


私は自分の煤けたカーディガンを見て苦笑した。


ミナは、心配そうに駆け寄ってきた氷魔法の少女――ライバルである彼女の手を借りて立ち上がった。


「……ごめんね。怖がらせて」


ミナが言うと、氷の少女は首を振った。


「ううん。……今の炎、すごく綺麗だった」


その言葉に、ミナは顔を赤くして、でも嬉しそうにはにかんだ。


   *


後日、ミナは特別カウンセリング室の新たな常連となった。


彼女の嫉妬心が完全に消えたわけではない。


「あの子の髪、サラサラでいいなぁ」とか「成績また負けた!」とか、ブツブツ文句を言いながらお茶を飲んでいる。


けれど、彼女はもう自分の魔法を呪ったりはしない。


机の上で、小さな炎の妖精を躍らせながら、彼女は言った。


「先生。私、いつかあの子を追い越してやるから」


「ええ、その意気よ」


私は新しいカルテに書き込む。


『患者番号4:ミナ。症状:劣等感による魔力暴走。処置:嫉妬心の肯定と、エネルギーへの転換。経過:ライバル関係の健全化。魔力制御訓練を開始』


嫉妬の炎は、使い方次第で、人をどこまでも高く押し上げるエンジンになる。


赤く燃える彼女の瞳は、もう迷っていなかった。

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