卒業、そして
あれから、一年が過ぎた。
王立アステリア魔法学園の校庭には、今年もまた春を告げる「星見桜」が満開に咲き誇っている。
淡いピンク色の花びらが風に舞い、卒業式の終わった生徒たちの肩に降り注いでいた。
「おい、泣くなよニルス。男だろ?」
「だって……寂しいじゃないですか」
校門の前で、卒業証書を手にしたレオンとニルスが話している。
レオンは王宮騎士団への入団が決まり、ニルスは魔法研究機関への推薦を受けた。
二人とも、一年前とは見違えるほど凛々しい顔つきになっている。
「先輩たち! 卒業おめでとうございます!」
二年生になったミナと、生徒会長として留任することになったセオドアが駆け寄ってくる。
その後ろには、マイペースに本を読みながら歩くエリアスの姿もあった。
「ありがとう、ミナ。お前も、来年は最上級生だな」
「はい! 私、絶対にレオン先輩より強い騎士になりますから!」
彼らの明るい笑い声が響く。
この一年で、学園は大きく変わった。
グロリア教頭は失脚こそしなかったものの、その教育方針を大きく転換せざるを得なかった。
「心の強さ」を証明したレオンたちの活躍により、学園上層部が方針を見直したのだ。
スパルタ式の訓練は緩和され、生徒の自主性を重んじるカリキュラムが導入された。
そして何よりの大きな変化は――。
「さあ、皆さん。次の授業を始めますよ」
私は教壇に立ち、集まった生徒たちに微笑みかけた。
場所は北校舎の特別カウンセリング室……ではなく、中央講堂だ。
何百人もの生徒が、私の授業を受けるために集まっている。
黒板には、大きくこう書かれている。
『メンタルケア概論』
そう、今年度から「メンタルケア」が、学園の正式な必修科目に採用されたのだ。
心を整え、己の弱さと向き合うことこそが、魔法を扱う上で最も重要な基礎であると認められた証だ。
教室の隅には、時折、グロリア教頭の姿も見かける。
彼女はまだ私のやり方を完全に認めたわけではないようだが、それでも「敵情視察です」と言いながら、熱心にノートを取っている。彼女もまた、変わろうとしているのかもしれない。
授業が終わり、放課後。
私はいつもの特別カウンセリング室に戻った。
部屋の広さは変わらないが、ドアの前には長蛇の列ができている。
「エルナ先生! 今日は恋愛相談なんですけど!」
「先生、魔法の調子がイマイチで……」
「ただお茶飲みに来ましたー!」
生徒たちが屈託のない笑顔で訪ねてくる。
もう、ここを「弱虫が行く場所」だと笑う者は誰もいない。
ここは、戦うための休息を得る場所であり、本当の自分を取り戻すための聖域として、学園に定着していた。
「はいはい、順番に入ってね。お茶ならたっぷりあるから」
忙しいけれど、充実した日々。
ふと、窓の外を見ると、レオンたちが校門を出て行くのが見えた。
彼らは一度だけ振り返り、私のいる北校舎に向かって深く頭を下げた。
「……行ってらっしゃい」
私は小さく手を振り返した。
彼らはもう、私がいなくても大丈夫だ。心の中に、自分だけの『安息の灯』を灯すことができたのだから。
少し寂しいけれど、カウンセラーの仕事とは、最終的には「必要とされなくなること」なのだ。それが、彼らの自立の証なのだから。
「先生、次の方どうぞー!」
ミナの声が聞こえる。彼女は私の助手として、放課後の手伝いをしてくれている。
「ええ、今行くわ」
私は机に戻り、『心のカルテ』を開いた。
そこにはもう、悲鳴のような色はない。
悩み、迷いながらも、それぞれの未来へ向かって輝こうとする、希望の色彩が溢れていた。
私は新しいページを開き、ポットを持ち上げた。
ふわりと、優しいカモミールの香りが部屋を満たす。
ここからまた、新しい物語が始まる。
傷ついた心が癒やされ、再び立ち上がるまでの、優しい戦いの物語が。
私はドアを開けて入ってきた新入生の少女に向かって、とびきりの笑顔で言った。
「ようこそ、特別カウンセリング室へ。さあ、今日のお茶は何にしましょうか?」
窓の外では、春風が優しく吹き抜けていった。




