真の強さとは
一ヶ月後。学園対抗戦のメインアリーナは、異様な熱気に包まれていた。
例年であれば、他国の来賓を招いた祝賀的な行事だが、今年は違う。学園の未来を賭けた、内戦とも呼べる決戦の舞台なのだ。
「これより、代表選考試合の最終戦を行う!」
審判の声が響く。
アリーナの左側から入場したのは、グロリア教頭が選抜した『正規軍』チーム。
全身を黒い鎧で固め、表情が見えない。彼らは感情を抑制する魔法をかけられ、命令を忠実に実行するだけの兵器と化している。その魔力値は桁違いだ。
対する右側。私たち『反乱軍』チーム。
レオン、ニルス、ミナ、エリアス、そしてセオドア。
彼らは統一された鎧ではなく、それぞれの個性を生かした軽装で現れた。
観客席からは、彼らを応援する割れんばかりの歓声が上がっている。
「先生、行ってきます」
レオンが、ベンチにいる私に向かってサムズアップをした。
「ええ。楽しんでおいで」
私は笑顔で送り出した。
勝敗はもちろん重要だ。でも、彼らが自分らしく戦うこと、それこそが何よりの勝利なのだから。
『試合開始!』
銅鑼の音が鳴り響いた瞬間、正規軍が一斉に動いた。
「殲滅」
リーダー格の生徒が無感情に呟くと、五人全員が超高密度の攻撃魔法を放った。
空を覆い尽くすほどの火球、雷撃、氷槍。回避不可能な面制圧攻撃だ。
「いきなり全力かよ!」
レオンが叫ぶ。会場中が悲鳴を上げる中、エリアスが杖を掲げた。
「計算通りだよ。ニルス、今だ!」
「はい!」
ニルスの姿が掻き消える。次の瞬間、敵の攻撃魔法の軌道がわずかに歪んだ。彼が展開した見えない屈折フィールドの影響だ。
直撃コースを逸れた魔法は、エリアスの風魔法によってさらに拡散され、レオンたちの左右をすり抜けていった。
「よし、隙ができた! ミナ!」
セオドアが指示を出す。
ミナが前へ出る。彼女の両手には、以前のような暴走した炎ではなく、圧縮された真っ白な炎が宿っている。
「熱くなれ!」
放たれた炎は、敵の前衛を直撃し、その強固な鎧を溶かした。
しかし、敵は痛みを感じないかのように、そのまま突っ込んでくる。
「ひるまないだと!?」
接近戦が始まった。
個々のスペックでは、正規軍が圧倒的に上だった。彼らは疲れを知らず、恐怖を感じず、機械のような精密さで連携してくる。
レオンが剣技で押し返そうとするが、二人がかりの猛攻に防戦一方になる。
「くそっ、重い……!」
「レオン、無理するな! 右に避けろ!」
セオドアの声に従い、レオンが身を翻す。その直後、そこへ敵の雷撃が落ちた。
ギリギリの攻防。徐々に、エルナチームは追い詰められていく。
「無駄です」
貴賓席で見ていたグロリア教頭が、隣に座る私に冷ややかに言った。
「感情などという不確定要素に頼るから、動作が遅れるのです。私の兵士たちは迷わない。故に最強です」
「迷わないことが強さではありません」
私はフィールドを見つめたまま答えた。
「迷って、悩んで、それでも仲間を信じて踏み出す一歩。そこにこそ、本当の力が宿るのです」
フィールドでは、レオンが膝をついていた。
敵のリーダーが、トドメの一撃を放とうと剣を振り上げる。
レオンは動けない。誰もが目を覆った。
その時だ。
「させない!」
ニルスが実体化し、レオンの前に立ちはだかった。
彼は小さな短剣一本で、敵の大剣を受け止めた。
「ニルス!?」
「僕だって……守りたいんだ!」
ニルスの叫び。しかし、力の差は歴然だ。短剣が折れ、刃が彼に迫る。
だが、その刃は届かなかった。
横から飛び込んできたミナが炎で敵を弾き、エリアスの風が二人を後方へ逃がしたのだ。
「馬鹿野郎! 死ぬ気か!」
レオンがニルスの胸倉を掴む。しかし、ニルスは泣きながら笑っていた。
「死なないよ。君たちが助けてくれるって、信じてたから」
その言葉に、レオンはハッとした。
正規軍の兵士たちは、負傷した仲間を平然と見捨てて攻撃を続行していた。彼らにとって、仲間とはただの駒に過ぎない。
だが、エルナチームは違う。誰かが倒れれば、誰かが必ず助ける。
その「非効率」な行動こそが、予測不可能な強さを生み出していたのだ。
「……そうか。俺たちは一人じゃない」
レオンが立ち上がる。その瞳に、かつてない輝きが宿る。
心のカルテに見える彼らの心の色が、共鳴し合い、混ざり合い、虹色のような美しい光を放ち始めた。
「反撃開始だ! セオドア、指示を!」
「了解! エリアスとミナは撹乱! ニルスは敵の視界を奪え! レオンは……本能のままに暴れろ!」
「最高だ!」
レオンが剣を構える。もはや彼に迷いはない。
エルナチームの動きが変わった。
個々の能力を超えた、有機的な連携。まるで一つの生き物のように、攻守が流動的に入れ替わる。
正規軍の機械的な連携では、この「心」を持った動きに対応できない。
「な、何故ですか!?」
教頭が立ち上がり、声を荒らげた。
「数値ではこちらが上のはず! なぜ押されているのです!」
「それが『心』の力です、教頭」
私は静かに告げた。
「恐怖で縛られた心は、限界を超えられません。でも、誰かを守りたいと願う心は、限界なんて簡単に飛び越えることができるのです」
フィールドでは、決着の時が迫っていた。
エリアスの風に乗って加速したレオンが、ミナの炎を剣に纏い、ニルスの支援魔法で硬度を増した一撃を放つ。
「これが、俺たちの答えだぁぁぁ!」
一閃。
正規軍のリーダーの鎧が砕け散り、彼らは吹き飛ばされた。
静寂。そして、爆発的な歓声。
「勝者、反乱軍チーム!」
審判の宣言と共に、生徒たちがフィールドになだれ込んだ。
レオンたちは抱き合って喜んでいる。泥だらけで、傷だらけで、でも最高に輝いている笑顔。
私はその光景を見つめ、そっと涙を拭った。
勝ったのだ。私たちは、心の力を証明したのだ。
教頭は力なく椅子に座り込んだ。
彼女の完璧な理論が、不完全な子供たちの絆によって打ち砕かれた瞬間だった。
「……私の、負けです」
教頭が小さく呟いた。
その言葉は、歓声にかき消されて誰にも届かなかったが、私には確かに聞こえた。
フィールドの真ん中で、レオンが私に向かって手を振っている。
「先生ー! 早くこっちに来てよ!」
私はカーディガンの裾を直し、いつもの笑顔を作った。
「はいはい、今行きますよ」
私はゆっくりと歩き出した。
戦いは終わった。ここからは、傷ついた心を癒やし、新しい未来を語り合う時間だ。
真の強さとは、敵を倒す力ではない。
何度傷ついても立ち上がり、隣にいる誰かの手を握れる優しさのことなのだから。




