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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第二章 新しい世界

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第七話 心許ないナイフと初陣

 アーヴと別れて数時間。そろそろ太陽が南中しそうな頃合い。

 ルカは足を止めることなく、不味い携帯食料を口にしながら歩みを進めていた。

 昨日から引き続き天気はいい。穏やかな風が背後から背を押してくれる。

 昨夜アーヴから聞いていた野狼(グラスウルフ)対策のため、感応術で視力を強化し、街道の先を注意深く警戒しながら歩いていた。

 手持ちの武器はラボから持ち出した折りたたみ式のナイフだけなので、できるだけ戦闘になるのは避けたい。

 ちょっとしたものを切ったりするくらいならいいが、戦闘となると相手の攻撃を受け止めるようなことはまずできないし、扱いを誤ればすぐに壊れるだろう。

 ナイフの柄や刀身部分も残念ながら超のつく年代物だ。そもそもの強度が期待できない。

「(まずは全力で遭遇を回避。それが無理ならできるだけうまく立ち回って一対一に持ち込んで各個撃破。ナイフはあまりあてにならないしな。)」

 野狼(グラスウルフ)との遭遇経験どころか、そもそもの戦闘経験がない以上、やはり遭遇回避が最優先だ。

 遠くの街道やその周囲に目を凝らしていたその時だった。

 ガサッと乱雑に茂みを荒らすような音。

「……!?」

 突然の音に驚き、心臓が跳ねる。

「しまった!」

 左だ。街道の北側、いくらか距離はあるものの、生い茂っている森の中から、4つの黒い影。

「森の方に隠れてたのか!あぁクソッ!」

 比較的小柄な3匹が先行して迫ってくる。残りの1匹は少し大柄で、そちらは悠々と後からくるようだ。

 こうなったら「うまく立ち回って各個撃破」を狙うしかない。

「《敏捷性強化(アジリティ)》《膂力強化(ストレングス)》!!」

 視力の強化を解いて、脚力と膂力の強化を急ぐ。先行する3匹が到達する前に少しでも態勢を整えようとナイフを取り出し、右手に構えた。おそらく荷物を持ったまま立ち回ることはできない。いったん地面に転がしておく。

 そうこうしているうちに近くまで迫ってきた3匹は、減速することなく飛びかかって来た。

「ガアァ!!」

 少しずつタイミングをずらしながら、手足や首など噛みつきやすい場所を狙って間断なく迫る鋭い犬歯による噛みつき。

 ルカは強化した脚力に物を言わせて、飛び退き、あるいは受け身を取りながら地面を転がり、すぐさま立ち上がって連続する攻撃を回避し続けた。

 ただ回避に専念しているだけでは埒が明かない。

 4匹目がくるまでに状況を優位に、できれば数を減らしておかねば。

 少し強めに地面を蹴り、後方にステップを踏みながら左手を真っ直ぐかざした。

 そのルカを追うように飛びかかる野狼。

「《(ライトニング)》!!」

 一瞬の閃光と共に放たれる小さな雷光。

 バシッ!と音がして、飛びかかろうとしていた野狼の身体を、雷が駆け抜けた。

「ギャン!」

 感電で筋肉が強く収縮し硬直を誘う。ルカは着地と同時に今度は強く前に踏み込み、右手のナイフを突き出した。

 ズブリと野狼の胸元にナイフの刀身が突き刺さる。刃物が肉を切り裂き、何か柔らかいものを貫く感覚。おそらく肺をかすめて心臓に届いたのだろう、傷口から血が吹き出す。

 すぐにナイフを抜き去って横っ飛びに回避。飛び退いた直後に2匹目の牙が空を切った。その後ろから3匹目が迫ってくる。4匹目は、まだ少し離れたところを悠然と歩いている。

 さっき刺した1匹目は地面に伏したまま手足を動かしてもがいている。刺した位置や出血量から見て、死ぬのは時間の問題だ。

「(4匹目がくるまでに、もう1匹!!)」

 3匹目の襲撃に備えて、身構える。

「ガオォォ!!」

 低い姿勢で目の前まで詰め寄り、ルカの左足に向かって噛みつこうと迫る。

「《氷塊(クライオストーン)》!!」

 噛みつきに来た場所に現れる氷塊。野狼は構わず噛みつくが、少しずつ大きさを増す氷塊に口を閉じることができなくなっている。

「ガッ……ガァ……!!」

 頭を振り、何とか氷塊を吐き出そうとする野狼に、ルカが強化した膂力にものを言わせて強引に背中を踏みつけた。

 鈍く骨が砕ける音が踏み抜いた足に響く。背骨を折られて立てなくなったところに今度は背中側から一突き。

 ブシュッと吹き出た鮮血がルカの頬にかかるが、気にしている余裕はない。

 2匹目が体勢を立て直してくるはずだし、距離的に4匹目がそろそろくるはず……

 チラッと目をやると、4匹目が足を早めて、迫ってくるのが見えた。

 群れの2匹がやられ、さすがに本気になったというところか。

 先に飛びかかってきたのは、体勢を立て直した2匹目。

 ルカの周囲を回るように走り、4匹目とルカを挟むような位置取りに移動してから、一気に距離を詰めてくる。

 正面に4匹目を据え、右足を後ろに引いて半身になっているルカに対し、その引いた右足をターゲットに牙を剥く。

 牙が足首を捉えようとした瞬間に、ルカが右足を蹴り上げるように浮かせる。右手のナイフを逆手に持ち替える。

 ターゲットを失った野狼が身体の下を通り過ぎる瞬間に右手をそのまま強く振り下ろす。

 ドンッ!と音がして刀身が野狼の背中に刺さる。これもおそらく致命傷だ。

「(あと一匹……!)」

 このままナイフを引き抜いて後ろに飛び退き、距離を置けば……

「(一対一に持ち込め……!?)」

 バキン! と硬い音。

 ルカの右手からナイフの柄が弾け飛んだ。

 宙を舞う柄の先、刀身がない。野狼の背中に刺した後、引き抜く前に肋骨に引っかかる形で掛かった負荷に耐えられなかったのか。

「くっ……あと1匹ってところでっ……」

 顔を歪めながら、最後の大物から距離を取るように飛び退く。

 使い物にならなくなった獲物のことを考えても仕方がないが、これで一撃でとどめを刺せる手が一つ減ったことになる。

 感応術をうまく使って攻撃を通す隙間を作り出し、ナイフでとどめを刺す、というのは理想的ではあったのだが、ナイフの強度問題という不安は的中した形になってしまった。

 ナイフが破損し、予備の武器もない以上、感応術と無手でなんとかするしかない。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ウウゥゥゥ……」

 肩で息をしながら野狼(グラスウルフ)を見据えるルカと、低く唸りながら飛びかかるタイミングを見計らっている野狼。

 息が整うのを待ちたいところだが、それを野狼(グラスウルフ)が待ってくれるはずはなかった。

 一回り大きい体躯は、他の個体よりも長く生きた分、攻撃が複雑で他の個体のように真っ直ぐ攻めてこない。

「ウォウ!」

 一度大きく吠え、狙いを定められないように左右にステップを踏みながら、距離を詰めてくる。

 ほかの個体とは明らかに動きの機敏さが違う。

 強化した脚力と持って生まれた膨大な知識で、足りない経験を補い、攻撃を回避しながら反撃の隙を見出そうと観察し、思考を巡らせる。

「(早いな……ステップのせいで攻撃のタイミングも読みづらい……)」

 野狼(グラスウルフ)の猛攻を躱すこと十数度。

 目は動きに慣れてきたが、そろそろ体力的に限界だ。何度もチャンスはない。一回で決めるための最善策は……

 回避体勢から一転、相手側に一歩踏み出して叫ぶ!

「《(ライトニング)》!!」

 かざした左手から雷光が一閃し、バンッ! と野狼の身体に白光が叩きつけられた。

「ギャゥゥ……!!」

 一瞬の硬直は致命的な隙。

 すれ違いざま、首元へ向けて右手を大きく振りながらとどめの言葉。

「《風刃(エア・スラッシュ)》!!」

 ルカの右手から白く弧を描きながら、空気の鎌が放たれ、野狼(グラスウルフ)の首筋を"通り抜けた"。宙を舞う野狼の頭部。

 ゆっくりと放物線を描いたそれは、ドッ!という鈍い音と共に首が地面に転がり落ちた。

 頭部を失った胴体が、首から大量の血を吹き出しながら倒れる。

「終わった……」

 もう動くことのない4匹の死体に目をやり、安堵するとともに大きく息を吐く。

「知ってはいたけど、気持ちのいいもんじゃないな……」

 今の今まで緊張が抑え込んでいた「生き物に刃を立て、肉を切り裂き、命を奪う」という行為のおぞましさのようなものが込み上げてくる。

 鉄臭い血の匂いと獣の体臭が鼻の奥で混ざり、得も言われぬ気持ちの悪さと吐き気を催す。知識はあれども、現実の感覚はもう少し慣れが必要そうだ。

 ルカは膝に手をつき、気分が落ち着くのを待つことになった。

 しばらくして少し落ち着きを取り戻すと、「つ、疲れた……」と一言こぼして、大の字に倒れ込んだ。荒い息を整えようと、深呼吸を繰り返す。

 ラボを出て初めての戦闘は、返り血でドロドロになり、唯一の武器であるナイフの破損という損害だけで、何とか終えることができた。

 回避の際に地面を転がったりしていたので、軽い擦過傷や打撲のような怪我はあるが、そちらは特に問題にはならなさそうだ。

「(体力、やっぱり足りないな……)」

 動けるし、戦える。知識の量も相まって感応術も想像以上にうまく使えた。

 ただ、やはりスタミナが足りない。今回は短時間の戦闘で済んだから良かったようなものの、敵の数が多かったり、苦戦するような相手だったら、もっと大変なことになっていただろう。

 あとは武器も何とかしないといけない。折りたたみナイフではたとえ新品を準備してもこんな戦いを何度もこなすことはできない。

「早々にいろいろと準備しないとな……これじゃ旅なんてできない……」

 息が整う程度に休憩を挟み、ルカは4匹の野狼の死体を1か所に集めた。

 《風刃(エア・スラッシュ)》を使い、尻尾を根元から切断する。

 切断した尻尾は後で街や村の役場へ持ち込むことで、街道の治安維持活動などの支援を行った、という名目で相応の金銭が支払われるらしい。残念ながら手元にはまったく金がないので、例のクォーツを売るなり、適当な仕事を探すなりする必要があったのだが、これで当座の資金にはなるだろう。

 尻尾を切った4匹の死体は感応術で穴を掘り、その中へ埋めておく。街道の近くに生き物の死体を放置していては、次の野狼や害獣が死肉を漁りにくるので、その対処のためだ。

 一通りの後始末を済ませたルカは、地面に転がしたままのバッグを回収し、街道に戻る。

「(とにかくまずは村に辿り着かないと……)」

 時刻はまだ正午から1時間も経っていないくらいだし、この後何もなければ日没前には村に着くはずだ。

 村に着いたら役場で野狼(グラスウルフ)討伐分の換金を行って、着替えを調達して宿を確保する。

 とにもかくにも、今日はここまではやり切らなければならない。

「やること山積みだ……」

 頬についたままの返り血を乱暴に手で拭い、ルカは村へ向かって歩き出すのだった。

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