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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第一章 A.R.I.C.E

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第四話 出立

 ルカは出立の準備として、はじめに《身体作り》に取り掛かることにした。

 ラボ内の移動だけで息が上がっているようでは、外に出たところでどこにもたどり着けずに死ぬのがオチだ。

 代わり映えのないラボの中で過ごすのはいささか滅入るところもあるが、時折アリスと会話しながら、身体作りに勤しむ。

 もちろん身体の動かし方もまだまだ甘い。身体の年齢は20歳前後になってはいるが、20年生きているわけではない。

 それは細かい身体の動かし方に関する「慣れ」が圧倒的に足りないことを示していた。

 培養槽管理システムやB.N.I.C(ビーニック)による調整のおかげで、ほとんど違和感なく動くことはできるが、意識と身体の微妙な乖離をどこまで調整できるかは自分次第だ。

 例のタイムリミットもある。アリスに頼んでどれくらいの時間を身体作りに割けそうか、様々なリスク込みで計算してもらい、かなり余裕を持たせて3週間という期間を設定してもらった。

 照明システムを停止させて確保した余剰電力を食品管理システムに割り振ってもらい、食料と水を確保する。食品管理システムが作り出すブロックタイプの携帯食料がこれまた不味いこと不味いこと。

 無理矢理水で流し込みながら、時間いっぱいまで身体を追い詰める。

 予定していた3週間の最終日、ルカはいよいよ最後の準備に取り掛かることにした。

 外の世界についてはあらかじめアリスから聞いている。

 必要な知識も直接頭に叩き込まれているし、不足があるならB.N.I.C(ビーニック)からも引き出せる。

 最低限の情報は問題ないとわかっているので、ルカはラボ内を軽く探索し、必要な物資をまとめる作業を進めた。

 上着として羽織るブラウンのコートを手始めに、護身用というには心許ないが手のひらに収まる折り畳み式のナイフ、水筒のような容器、保管されていたブロックタイプの携帯食料、肩掛けにできる簡素なバッグ。

 どれも年月を経ている割には、保存状態は悪くない。

 生活支援区画以外も見て回っておく。

 長めの電源ケーブルはロープ代わりになりそうだし、防水性のあるラバーシートは地面に敷けば寝具代わりになる。

 持ち出したいものは他にもあるが、荷物が多すぎても移動に支障をきたすので、最低限に絞らなければならない。

 とはいえ、確認した限りラボから街道沿いに徒歩で1~2日程度のところに、小さな村があるらしいので、とりあえずそこまで持てばいいと考えれば、不安はそれほどでもない。

「とりあえずはこんなもんかな。」

 集めた荷物をバッグに収めながら一通りラボ内の探索を終えたルカは、バッグを抱え直して、中央制御区画へ向かった。

 ラボの最終確認と、両親が言っていたクォーツの確保のために。

 操作パネルの前に立ち、アリスに話しかける。

「そろそろ出ようと思う。何か話しておきたいことはあるか?」

『はい、最後にセカンダリラボの場所と、停止しているサテライトの場所を確認しておいてください。』

 壁面モニターに世界地図と青、緑、白、グレーの点が表示される。

「うぅ……やっぱり多いな……全部は回りきれないし、海の中にあるやつなんかどうにもならないぞ……」

 露骨に顔をしかめながら呟く。

『ルカ、すべてのサテライトに対応する必要はありません。近隣のサテライトからとりあえず3つほど対処していただければ結構です。』

「3か所ね……どこでもいいのか?」

 右手を軽く顎先に添えるようにして、問いかける。

『構いませんが、サテライトは個々に少しずつ違いがあったり、復旧の難易度に差があると想定されるものがあったりしますので、私から3つのサテライトを候補として推奨します。このラボから近いところばかりではありませんが、特に問題がなければ優先的な対応を検討してください。』

 世界地図に表示されているグレーの点のうちの3つが、黄色に切り替わった。

 ラボの近くに1つ、同じ国内にもう1つ、最後は少し遠く、大陸の東の方だ。

 ラボがあるのは、北の大陸中西部にあるヴェールスフィア王国の西部に広がる辺境地域だ。1つ目の候補地も同じ。

 2つ目の候補地は同じくヴェールスフィア王国にあるが、こちらは南部。最後の1つはヴェールスフィア王国の東にあるベルゼア神聖皇国を越えてグランフェルト共和国にある。

 そしてセカンダリラボはベルゼア神聖皇国の南方の半島にあるらしい。

「最後とセカンダリラボ、遠いなぁ……」

 苦笑いしながら頭を少し掻き「了解」と返すと、ルカは少し屈むようにして、操作パネル横のボックスに触れ、その扉を開ける。

 覗き込んでみると、中にあったのは黒い小袋だった。

「これ、かな……」

 手のひらの上に小袋の中身を取り出してみると、本当に小さな、それでいてきれいな水色の輝きをたたえたクォーツと思しき結晶が転がり出てきた。水色であること以外は、水晶と呼ぶのが自然な美しい単結晶。肌に触れる硬く冷たい感覚。

 部屋の照明にかざすようにして眺めてみる。照明の光がクォーツの中で乱反射してキラキラと美しく光っている。

「これはそのまま持ってるとなくしそうだな。言われたとおりどこかで加工してもらってネックレスにでもしてしまおう。」

 クォーツを小袋に戻してからバッグの内ポケットにそっと入れて、なくさないようにバッグの口を固く閉じた。

『ルカ……出発しますか?』

「あぁ、行くよ。」

『わかりました。道中、気をつけてください。』

「ありがとう……じゃあ、また」

『はい、ではまた。』

 小さく、短く言葉を返して、ルカは中央制御区画奥にある、外界につながる通路に歩みを進める。

 コツン……コツン……と靴音が響くが、ルカが通路の奥に消えると、その靴音も次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 もうこの空間には、響く声も、呼吸の音も、衣擦れの音も、何もない。

 ただただ静謐な空間だけが、そこに残されていた。

 ルカという我が子の出立を見送ったアリスは、役目を終えたシステムを停止していく。


『ルカ……どうか思うがままに進んでください……』


 明確に聞こえたのは、アリスのルカの将来を思うその言葉が最後だった。

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