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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第九章 旅立ちの陰で

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第四十話 旅立ち

 朝、太陽は東の地平線より少し上に昇った頃合い。

 季節は夏の足音が聞こえ始めていることもあり、朝露の残るこの時間であっても肌寒さはない。

 それでいて日中の気温もじっとしていれば汗ばむようなこともない程度で、過ごしやすいと言っていいだろう。

 そんな中、外装はかなり傷がついているものの、貴族が乗っているとわかる程度には豪奢な作りの馬車と、移動中に必要となる各種物資を積んだ幌付きの荷馬車が二台、そしてそれらの周囲を囲むように騎士や兵士、御者や術者と思しき人間が村の入口である門の外にいた。

 兵士たちは三つの部隊に分けられ、それぞれ騎士のセオ、ノア、エディルから移動中の役割や行動の方針についての説明が行われている。

 この一団に新たにこの村から随行することになったのがルカ、エリナ、アーヴの三人だ。

 ルカとアーヴはエディルが説明を行っている部隊に含まれる形になっていた。

「ってことで、この部隊は荷馬車の後ろ、隊列の最後尾っす。索敵者(シーカー)を囲む形で周囲を警戒しながら隊列に追従してくれればいいっすよ。」

 相変わらずノリの軽い感じで説明しているが、要点だけは押さえられているので、ルカとアーヴも特に文句なく聞いていた。

 あらかじめ護衛対象からは少し距離がある場所に配置されることは聞いていたので、配置場所も概ね想定通りである。

「まぁ俺らはわかるが、エリナがあっちに組み込まれるとはねぇ……」

 アーヴが視線を向けるのは、三つの部隊には編入されず、馬車の横でミリアから話を聞いているエリナだった。

「まぁ女性の護衛が必要って話だったし……護衛というよりはいざという時に戦うことができるお世話係、ってことかもな。」

 ルカの言葉は概ね正解だ。

 今日、ブレーヴェ村を出発するのに際して、ルカ、エリナ、アーヴの三人はこの隊列に起きた事件についての説明を受けており、馬車が傷ついているのも、部隊に欠員が出ているのも、バルディアへ向かう途中で何者かに襲撃されたためだということは知っていた。

 そのため、セオをはじめ部隊の騎士たちは、ミリアがお世話係として随行するのに加え、もう一人身辺警護も兼ねた人員をつけるべきという判断をしたのである。

 馬車の防衛の基本は騎士たちで行うが、万が一突破されてしまった場合に、馬車の扉前にもう一人配置できれば、たとえ撃退できずとも襲撃者が馬車へ侵入する前に騎士のうちの誰かが駆けつけられるだけの時間稼ぎができる可能性が高まるということだ。

 加えて、場合によっては馬車の内側での警護や、野営の際の就寝中や沐浴中の対応を考慮すると、間違っても男はつけられない。

 それが「女性の護衛」を求めた理由だった。

「さて、エリナさん。概ね貴女が為すべき役割の説明は行いましたが、何か質問はありますか?」

「大丈夫です。私は周辺を警戒しながら常にこの馬車の扉周辺にいるようにして、襲撃時や野営時はそれぞれ状況に応じてミリア様やセオ様の指示に従えばいいということですよね?」

「ええ、その通りです。ですが、大切なのは馬車の周囲にいることですので、移動中の周辺の警戒は騎士団の方々や索敵者(シーカー)に任せておいてかまいませんよ。」

 エリナの様子を見る限り、若干気合が入りすぎている気もしないでもないが、緊張や不安で空回りしているような感じはなさそうだし、問題はないだろう。

 そうこうしているうちに、隊列全体の出発準備は概ね完了し、あとは最終の確認を待つばかりとなった。

 そこで馬車を前に三つの部隊とエリナには整列の号令がかかり、三人は言われるままに列に並ぶと、馬車の前に立ったセオが口を開いた。

「注目!」

 整列しながらもそこかしこで聞こえていた小声などがさっと消え、兵士たちは直立でセオの方に注意を向ける。

「これより出発を前に、お嬢様よりお言葉を賜る。心して聞くように!」

 セオが隊列全体へ声をかけ終わるのと同時に、馬車の扉横に控えていたミリアがおもむろに馬車の扉を開き、中にいる人物へ何事かを話しかける。

 すると、作りや装飾の美しい、しかし旅装用と一目でわかるドレスを身にまとった少女が姿を現した。

 明るい栗色の髪は美しいウェーブを描きながら、膝上辺りまで伸び、少し垂れ目気味の鮮やかな水色の瞳が部隊全員を映している。

 まだ頬の線に幼さが残る容姿は、エリナよりも少し年下だろうか。

 ミリアが差し出した手にその手を添えるようにして、馬車の外側へ彼女は歩み出た。

 その動きに呼応するように、兵士たちは膝をつき、頭を垂れる。

 アーヴは経験があるのか、自然に対応していたが、ルカとエリナはそういった経験がないこともあり、周囲の状況を見てから少し遅れるようにして膝をついていた。

「皆様、面を上げて下さい。」

 可愛らしく可憐ながらも、落ち着いた声がした。声が大きいわけではないが、周囲が黙って頭を垂れていることもあり、よく聞こえる。

「此度は私の護衛任務、ありがとうございます。想定外の問題により大きく予定が狂ってしまいましたが、皆様の尽力により、本日より移動を再開することができます。ロイナー辺境伯領領都バルディアまで、今しばらくの間、皆様の力をお貸し下さい。」

 おそらく上位貴族ではあるはずだが、睥睨したり見下すような素振りはなく、発する言葉も高圧的とは程遠い。

 ある意味で貴族らしからぬ性格なのかもしれないと、ルカは彼女を見ていたが、隣にいたアーヴは少し驚いたような表情を見せていた。

「(上位貴族だとは思っていたが、まさか護衛対象が王女殿下だとはな……想定外の問題に護衛の追加、何事もなきゃいいが……)」

 兵たちを前に話し終えた彼女は、その場でくるりと背を向けると、馬車の中へ入っていく。

 ミリアが付き従うように馬車の中へ入っていくと、セオが部隊全員に向けて出発前の最終確認を行うように指示を出していった。

 それぞれが自身の持ち場に戻り、確認作業に取り掛かる。

「あ、ルカさんとアーヴさんとエリナちゃんは確認作業しなくていいんで、村を出る前に話しておきたい人とかいるなら今のうちに挨拶とかしとくといいっすよ。」

 エディルが三人を一人ひとり見ながら、気を遣って声を掛けてくれる。

 アーヴは村に立ち寄っただけだが、エリナは生まれ故郷からの旅立ちであり、ルカはある意味でエリナという人間を任されたようなものだ。

 当然ながら旅立ちの前に言葉を交わしておきたい気持ちはある。

 ルカとエリナはエディルに断りを入れ、村の入口近くまで見送りに来ていたマリウスとセリーナ、そしてリサの元に歩み寄った。

「兄さん、お義姉ちゃん、リサ、突然わがまま言い出してごめんね。何時までになるかわかんないけど、行ってきます!」

「ああ、十分に気をつけてな。せっかく色々な場所へ行くんだ、ちゃんと自分の目で見て、しっかり自分の糧にしてくるといい。」

「そうそう。ルカさんにも迷惑掛けないで、エリナちゃんが支えるくらいのつもりでね。」

「わかってるよ。自分で言いだしたことだし、ちゃんと自分のことは自分で頑張るから。」

 エリナ、マリウス、セリーナが言葉を交わす様をルカは一歩下がったところから見ている。

 この三人の仲がいいことは十分すぎるほどに理解しているし、そこに混ざるのもなんだか少し無粋な気がしたからだ。

 そんなルカにリサが近寄ってきた。

「ルカさん。エリナのこと、よろしくお願いします。あと、できれば年に一回くらいは、里帰りするように言ってやってください。」

「わかってる。できる限り里帰りや手紙のことも……そうだな、新しい街に行く度に手紙を書くように言おうかな?」

「あ、それいいですね! あの子すぐ忘れるんで、ぜひぜひ!」

「ちょっとリサ……それじゃ私が何も言われなきゃ里帰りも手紙も忘れるみたいじゃないの……」

「いや、あんた忘れるでしょ。店の手伝いの日ですら、時々忘れるってのに……」

「ちょっと!」

 リサからは幼馴染をよろしくと言われたまでは良かったが、そこからはエリナが混ざって何やら幼馴染同士で賑やかに話しだし、今度はルカが少し浮いたようになってしまう。

 ここからは短い時間だが幼馴染同士の時間になるだろうと考え、ルカはマリウスとセリーナの方へ向き直った。

「マリウスさん、セリーナさん、短い間でしたがお世話になりました。エリナのことはできるだけ危険や無理のないようにサポートしますので、あまり心配しないで、里帰りの時を楽しみにしていてください。」

 小さく頭を下げ、滞在中の厚遇に礼を言う。

 エリナのことはそうそう安心などできないとは思うが、同行することを認めた以上は可能な限り気を配り、万が一がないように立ち回るつもりだ。

「いえいえ、エリナの方こそご迷惑をおかけすると思いますが、どうか見捨てずにいてやってください。」

「こちらが見限られてしまわないかと心配ですがね……それと、北の森のことですが……」

「ええ、教えていただいた状況や今後の予測については村の上役たちだけで共有して、今後の方針を決めてから村人たちに伝えるようにするつもりです。まぁ年単位で経過観察が必要ということですし、気長にやりますよ。」

 北の森のことについては、マリウスが中心となって村人の上役たちとうまく調整してくれるというのは聞いていたことではあったが、その方針に変更なく進めるようだ。

 とりあえず北の森一帯が古い遺構跡の影響で問題が出ていたこと、専門家としてルカが調整を行ったこと、今後改善に向かうこと、この辺りが共有されれば、滅多なことはないだろうということはマリウスと相談している。

「こちらも余裕があれば、エリナの里帰りにでも合わせて立ち寄るようにしますので、何かあればその時相談して下さい。」

「ええ、いつでもお待ちしてます。」

 そのまましばらくの間、お互いの息災を願いつつ話し込んでいたが、程なくして部隊の最終確認が終わったらしいとアーヴが呼びに来たため、改めて見送りの面々と一言ずつ別れの言葉を交わしたあと、ルカとエリナはそれぞれの配置へ戻ることとなった。

 馬車横で鞍上から隊列全体を見回し、出発準備が整ったと判断したセオが、そのよく通る声で出発の号令を発する。

「全員注目! これより移動を開始する!」

 号令一下、隊列は先頭を担当する部隊から順に、護衛対象を乗せた馬車と荷馬車が二台、その両サイドを警護する部隊とエリナ、ルカとアーヴを含む後方を警護する部隊の順序で移動を開始する。

 ノア、エディルを含む、馬に乗っている兵たちは隊列全体を囲む形で追従し、隊長であるセオは馬車横で全体指揮を取る形だ。

 山中や森など、道幅の細いところは難しいが、草原など比較的道幅の広いところでは、鞍上の騎士たちがその高い目線から広く周囲を警戒しながら進むことができる編成といったところか。

 そのまま村を出て小一時間ほどが経ったころ、移動を続けている隊列の最後尾、ルカとアーヴは二人並ぶようにして隊列に追従していた。

 二人の前方には、同じ後方配置部隊の面々と、その部隊員に囲まれる形で感応術により周辺警戒を行っている索敵者(シーカー)が歩いている。

 さらに前の方には、馬車の扉横を歩くエリナが見えているが、落ち着かない様子で周囲を見回しながら歩いていた。

 時折、全体指揮を取っているセオや隊列の周囲を周回するように警護しているノア、エディルが気を遣って声を掛けてくれているようだが、中々緊張がほぐれることはないようだ。

 村を出た開放感や今後に対する高揚感、貴族に随行する緊張感や襲撃に対する不安感など、いろいろと感じているのだろう。

 どこかで一言二言でも話しかけてやることができればいいのかもしれないが、今の時点では持ち場を離れるわけにも行かない。

 ルカはアーヴと顔を見合わせ、苦笑いしながら、休憩時間にでも話しかけに行くかと話し合っていた。

 そうやってしばらく移動が続き、ブレーヴェ村やその北の森がいくつかの緩やかな丘陵の向こうに見えなくなったころ、頭の中にアリスの声が響いてきた。

 なぜだが若干のノイズが入ったかのように、ザリザリと耳障りな感じに聞こえる。

『(ルカ、どうやらそろそろブレーヴェ村の北のサテライトから送受信できる通信波の到達圏外に出てしまうようです。村の方角へ戻るか、別の稼働可能なサテライトなどの通信波到達圏内に入るまで、連絡を取り合うことはできなくなりますよ。)』

「(わかった。また会話できるようになったら声を掛けてくれ。)」

『(はい、わかりました。じゃあ十分に気をつけてくださいね。)』

 多くのラボやサテライトが損壊や機能不全、不具合を抱えていたり、電力事情に問題が出ていることからも、いつでもどこでも会話可能というわけではないのだろう。

 とはいえ、このまま移動し、旅を続けていれば、またどこかで話せるようになるはずだ。

 その後、元々は一人旅だったしなぁ、などと独りごちながら歩いていると、唐突にズキリと頭に痛みが走った。

「……っ!」

 激痛というわけでもなく、また長々と痛み続けるわけでもない。

「(頭痛……?)」

 多少顔をしかめる程度で、任務や歩みそのものに影響が出るようなものではなかった。

 しかし、昨夜は酒を飲んだわけでもなければ、体調不良というわけでもなく、原因に思い当たるフシはない。

 少し考え込みはしたものの、何も原因らしきものが思い浮かばないまま、この事はわずかな違和感だけを残して忘れ去られていった。




 太陽がそろそろ西の方の山際に沈もうとする頃、隊列は開けた草原地帯の真ん中を進んでいた。

 目立った傾斜もなく、見通しのいい街道沿いに以前旅人が夜を過ごしたであろう野営跡が見える。

 するとそれを見たセオが隊列の進行を止めた。

「隊列停止! 本日の移動はここまでとする! 小休止の後、各員、野営の準備に取り掛かるように!」

 号令を受け、隊列は街道の横に馬車を寄せて停止し、兵たちは休憩を挟みながら野営の準備に取り掛かる。

 馬車自体は居室が広めのもので、中に簡易寝台があるらしいが、今日のところは場所も十分あるため、専用の天幕を準備するようだ。

 兵たちは野営の準備も手慣れているようで、どんどんと準備を進めて行く。

 ルカやエリナは勝手がわからず困惑していたところ、他の兵や騎士からは逆に邪魔になってしまうからと手伝いを遠慮されてしまっていた。

 ヴェールスフィア王国軍特有のルールや手順などもあるのだろう。ルカたちも無理に手伝うのは良くないと考え、手を出さないことにする。

 おかげで手持ち無沙汰になってしまったルカとエリナだったが、周囲の警戒の為に隊列の回りを巡回していたノアが近づき、話しかけてきた。

「本日は一日、ご協力ありがとうございました。ルカ殿には交代で夜間の哨戒もお願いすることになりますが、まずは少しお休み下さい。」

「いえ、今日のところは歩いただけですので、大したことはありませんよ。」

 ノアからの労いに言葉を返しながら、ルカは少し遠くを眺めるようにして言葉を続ける。

「それにしても、この場所はかなり見通しがいいですね。不審者の接近はすぐに気付けそうですが、隠れることは難しそうです。」

「ええ、そうですね。ただ、前回森から襲撃者が出てきたこともあり、森が近いと殿……いえ、お嬢様が不安がられるのです。その分全方位の警戒や焚き火の目隠しなどには気を遣わねばなりませんが……」

「哨戒担当者の負担は高そうですが、仕方ありませんね。」

 見通しのいい平原は遮蔽物が少なく、襲撃者側も護衛部隊側も相手を早期に発見するにはいいが、同時に見つかりやすいということにもなる。

 加えて調理や明かりの為に火を起こす以上、どうしても襲撃者側から見やすくなり、逆に護衛部隊側からは暗い方向を警戒せねばならず、見づらくなる。

 馬車や天幕の位置を上手く使って火を使う場所を制限することでいくらか軽減させるのだろうが、完全な対応は難しい。

「そうだったんですね。じゃあ森が近いと、怖いですよね……」

 ルカやノアが周囲に視線を向ける一方、エリナは馬車の方を見て呟いた。

 馬車の中にいる少女のことを気にかけているのだろう。

 すると、エリナは何かに気付いたようにルカの方を振り向いた。

「ねぇルカ、前に《石壁(ストーンウォール)》を使ってたよね? 今日みたいな場所なら明かりを隠すとか、森に近い時は森と馬車の間に壁を作るとか、できないかな?」

「お、おい……」

 石なり土なり、壁として使えそうなものはあるのだから、実現性だけで言えば難しくはない。

 ただ、下手に大きな構造物を作ってしまうと、明かりが漏れることは遮断できるが、構造物そのものを発見されてしまう可能性も考えなければならないし、壁の内側から直接外を警戒しづらいという問題もある。

 加えてルカは、自身の感応術のレベルが現実世界でどの程度の位置にいるのか計りかねていることもあり、積極的には言及しないつもりでいた。

 だが、いいことに気がついたとばかりに目を輝かせているエリナの言葉は、ルカが止める間もなくその口からこぼれてしまったのである。

「ルカ殿、貴殿は感応術士だったのですか!? これまでお話させていただいた内容や身なり、エディルからの報告では比較的近接職かそれに近いと思っていたのですが……」

「あ、いや、術士というわけではなくてですね、多少の心得があると言いますか……」

「《石壁(ストーンウォール)》を自由に扱えるのであれば、多少ということはないでしょう。」

 当たり前だが感応術はその規模や威力、量などが、多く大きくなればなるほど、術者に要求される能力は高くなる。

 また、ルカとアリスの見解とは異なるが、一般的には発生させる事象が術者にとってイメージすることが容易かどうかも影響すると言われている。

 これは術の種類に対する適性と捉えられているようだが、ルカとアリスにしてみれば「事象の原理、いわば術理を理解しているかどうか」と解釈していた。

 そして、隊列に随行している感応術士は索敵者(シーカー)であり、彼らは《音波探査(ソニック・サーチ)》や《風の封壁(ウインド・シール)》のような風や空気に関する感応術の適性を持つ者でしかない。

 他の適性を持たないわけではないが、彼らはその役職に特化する方向で訓練しているため、仮に石や土を扱えたとしても、壁を作り出すような規模の大きな感応術を行使することはできない者がほとんどだ。

 なお、例外的に身体能力を強化するタイプの感応術については、適性を持たない者はほぼいない。

 これは単純に自分の身体のことはイメージしやすいからだと言われている。

「なるほど、ルカ殿は土系に適性をお持ちということですか……」

 ノアはここで風とは異なる適性を持つ術士の存在が、野営中の部隊の隠蔽を抜きにしても、移動中の安全性の向上など、助かることがあるのではと考え、腕を組み思案するように考え込んでいる。

 バレてしまったものは仕方ないが、半目になったルカに見据えられたエリナは、ようやく自分が口を滑らしたのだと気がついたようだ。

「あ……ごめん。」

「はぁ……もういいよ。今後は気をつけてくれ。」

 二人の様子に気がついたノアは、はっとして頭を下げた。

「も、申し訳ありません。傭兵たる者、ご自身の手札はその多くを開示せぬものだというのに……」

「いえ、ノア殿、顔を上げてください。今のは誰がどう見てもエリナが口を滑らせただけですので。」

 ノアの言う通り、特定の組織などに所属しないフリーの傭兵は、自身の力量や能力、扱える感応術などといった情報をあまり開示しない。

 これは本人の能力が知れ渡ることで不当に報酬を下げられたり、不利な条件を飲まされるといった不利益を被らない為だ。

 逆に周囲の人間はその辺りを不用意に探ろうとすれば危険人物と見なされるし、勝手に第三者に漏らせば不届き者として後ろ指をさされることになる。

 そういう意味では今回責められるべきはエリナということだ。

「うぅ……」

「エリナ嬢、今回は私が不用意にお嬢様のことを零したことがそもそもの原因です。この責任は半分ずつということでルカ殿に謝罪しましょう。」

 バツが悪そうに小さくなるエリナに、ノアが優しく語りかける。

 ちいさく「はい……」とエリナが答えると、ノアとエリナは改めてルカに頭を下げた。

「そういうことですので、ルカ殿、改めて申し訳ありませんでした。何卒ご容赦いただければ。」

「ルカ……ごめんね。こういうのって、その気がなくてもバレちゃうってよくわかった。気をつけるよ……」

「あ、いや、そこまでのことでは……大丈夫ですから、二人ともそれくらいにしてください。」

 なんだか逆に二人を責めているような気分になってしまい、ルカはなんとも困った表情になる。

 強く責められることもなかったのか、少し安堵した表情のエリナの横で、逆に真剣な表情になったノアは、ルカに向き直った。

「謝罪したばかりだというのに重ねて申し訳ないのですが、知ってしまった以上は今回の護衛任務中、そのお力を是非ともお借りしたいと考えています。無理にとは言いませんが、ご検討願えませんでしょうか。もちろん差し障りがあるということでしたら、この件は私の胸の内に留めたままにいたします。」

 短い間ではあったが、あれこれと考えた上でルカの感応術に利用価値があり、支援を申し出るべきだと判断したのだろう。

 彼にとってみれば、主君をより安全に、そしてより安心して目的地まで護送できることは何よりも優先されるべきことなのだ。

「わかりました。有用なのであれば、できる範囲で協力させていただきますので、遠慮なくお申し付けください。それに……」

「……それに?」

「伏せている手札は一枚とは限らないでしょう?」

「ふふっ……なるほど、確かに。どうやらルカ殿は思っていた以上に優秀な御仁のようですね。では、私は一度隊長に報告の上、どうご協力いただくか検討してまいりますので、お力をお貸し願いたいことが出てまいりましたら、その時はお声掛けさせていただきます。」

 今の状況で協力を渋ってもいいことはないと、ルカはノアの願いを受け入れることにした。

 加えてまだ手札はあるのだと少し冗談めかして言うルカを見て、ノアは楽しそうに肩を揺らすと、隊長のセオがいる方へ立ち去っていく。

 程なくしてセオを伴ったノアが戻って来ると、調理用の火の周囲の目隠しなど、いくつか小規模ではあるが優先的に隠しておきたいものについて、壁の生成を依頼されたのだった。

 だいたいは光源の放つ光が外側に漏れるのを避ける為の対応で、指示を受けつつルカがうまく調整することで、野営地の外側へ漏れる光はどんどんなくなっていく。

 特に喜ばれたのは、野営地の隅に置かれた篝火を地面近くに配置し、野営地の外側と上部を壁で覆うことで薄く足元だけを照らせるようにしたことだった。

 いわゆる間接照明である。光自体は地面すれすれにしか出ていない為、かなり平坦な平地であるにも関わらず、少し草木があるだけで遠くから見つかる可能性を大きく下げられたのだ。

「これは……素晴らしいな。野営地内の視認性はある程度確保しつつ、外側からはかなり見えづらくなり、加えて野営地から少しでも出れば光源の影響はほぼ無くなるとなると、哨戒担当の目も闇に慣らしたままでいられる。部隊編成に余裕のある時は土系の術士の随行も検討すべきだな。」

 作業を見守っていたセオが感嘆の声を上げた。通常篝火といえば専用の台の上で焚き火を燃やすが、これはどうしても周囲から目立ってしまう。

 今回ルカが作った間接照明型の場合は、そのデメリットがかなり抑制できるのが、セオには利点に映ったようだ。

「そちらもそうですが、ルカ殿の術士としての力量も想像以上ですね。術をお使いのところを見たわけではなかったので、控えめに依頼をしたつもりでしたが、こうもあっさりとご対応いただけるとは……見たところまだまだ余裕がお有りの様子。心強いばかりです。」

 同様にセオの横で見ていたノアもルカの術士としての力量に驚いた様子だった。

「いえ、少しばかり術を上手く扱えるというだけですので、あまり過度な期待はご遠慮ください。」

 ルカは苦笑気味に謙遜するが、ノアの表情は明るい。この様子だと、明日以降も折に触れて協力の依頼がありそうである。

「しかし、このまま頼り切りというのはいささかルカ殿の負担が大きすぎるな。せめて夜間の哨戒担当の負担軽減くらいは検討すべきだろう。ノア、そのように哨戒班の編成担当と調整してくれ。」

「はっ。ただちに。それではルカ殿、後ほど。」

 セオはルカの協力が十分な貢献であると判断したようで、即座にノアへ任務負荷の調整を指示する。

 この辺りの柔軟さや判断の速さが、隊長たる所以なのだろう。ノアの対応も迅速であり、騎士たちのレベルの高さがうかがえる。

「ではルカ殿、私はまだやることがある故、ここで失礼する。哨戒班の編成などの件は、後ほどノアか担当から連絡が来るだろうから、それまでは食事と休憩の時間としてくれ。」

 先に離れたノアを追うように、セオもルカに小さく会釈して立ち去っていった。

 その場に残されたエリナは周囲にルカ以外がいないことを確認すると、小さくルカに話しかける。

「あのさ、多分土以外に火と風も使えるのって、伏せるのが正解?」

「そうだな。」

「わかった。気をつける。」

 どうやらさっきの話に関連して確認しておきたかったらしい。

 慎重に考えているようだし、気が緩んだりうっかりなんてことがなければ、そうそう情報を漏らしてしまうこともないだろう。

 それから、ルカとエリナは別行動していたアーヴと合流し共に手早く食事を済ませると、それぞれ休息を取るのだった。

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