第三十九話 準備と傭兵登録
エリナとリサが陽だまり亭の軒先で過ごしていた頃、ルカとマリウス、セリーナの三人は閉店後の雑貨屋「ブレーヴェの樹」にいた。
村から出て護衛依頼やその先の旅を見据えて必要そうなものを見繕うためである。
「お二人共、手伝ってもらってすいません。」
「いえいえ~、女の子が必要なものって男性視点だと気が付きにくいでしょうし。」
三人で長期の旅に必要になるものを選び、手元のバッグに入れて持ち歩く物と、隊列を構成する馬車の荷台に置かせてもらう物とをわけていく。
ルカにとってはセリーナが手伝ってくれたことがかなり助かっている。彼女の言葉の通り、女性目線で必要なものというところについては、ルカにとっては盲点になりやすいからだ。
「そういえば、マリウスさんはリヴィエナ以外へは仕入れに行ったことがあるんですか?」
包帯や当て布など、怪我の応急処置で使用するものを手に取りながら、ルカはマリウスに問いかけた。
目的地であるバルディアの名前を出すわけにはいかないので、あえて「リヴィエナ以外」とぼかして聞く。
「そうですね。リヴィエナ以外だと王都エレドリア、港湾都市セルディア、バルディアとその先にあるウォートランドくらいでしょうか。あとはそれらの都市間に点在する村にも立ち寄ってますよ。」
一番必要なのはバルディアの情報だが、他の都市もいずれ立ち寄ることがあるだろう。
事前情報なしで行くとなると、拠点となる宿探しや各種携行品の調達などで困ることになりそうなので、できるだけ有用そうな情報は聞いておきたい。
「やっぱりいろいろ行ってらっしゃるんですね。じゃあリヴィエナ、エレドリア、セルディア、バルディア、ウォートランドそれぞれで、分かる範囲でいいのでオススメの宿や店、立ち寄るべき場所なんかを教えてもらってもいいですか?」
「もちろんですよ。ただセルディアとウォートランドは少し距離があって一度行ったっきりですし、この二つは参考になるようなお話はできないと思います。他は何度か仕入れにも行ってますので、そちらだけお話しておきましょう。」
そうですねぇ、と前置きしてから、マリウスは三つの都市について、情報を教えてくれた。
エレドリア――言わずと知れた王都で西にリヴィエナ、北西にバルディア、東に学術都市のシルヴァーレンと街道で繋がっていて、王城であるエレドリア城を中心に円状に広がる王国最大の都市とのこと。
オススメの宿は繁華街の一角にある「白銀の鴎亭」で繁華街内にあるため、夜は酔っ払いなどがいて騒がしいところもあるが、貴族街にも近いため衛兵の巡回も多く、トラブルは少ないらしい。
商店や扱う商品については、王国内のものがすべて集まってくるが、地方の特産品などは総じて高くなりがちなので、注意が必要。ただし、職人は多くいるため、武具などの作成や修繕には困らないのだそうだ。
一般人や傭兵向けだとローデン工房がオススメで、量産品からオーダーメイドまで扱ってくれるらしい。
また、王国最大の都市であるということは、つまり人口が多いということであり、必然的に貧富の差や社会的に弱い者はどうしても一定数出てくるらしく、王都を囲む壁の外側に貧民街があってその辺りは治安も悪く近寄らないほうが良いとのことだ。
ブレーヴェからは東のリヴィエナを越えたさらに東。
リヴィエナ――西のブレーヴェ、北のバルディア、東のエレドリア、南西のセルディアと、街道で繋がっていることもあり、地方都市でありながら、人口や経済規模は中々のものらしい。
オススメの宿は商業区にある「白羊亭」で、治安のいい街区にあるので、安心して利用できるとのこと。商店や扱う商品については、街道で繋がった先の都市からの流通によって流れてくるものがほとんどでリヴィエナの特産品のようなものはあまりないようだ。
ブレーヴェからはすぐ東。
バルディア――ギルベルト=ロイナー辺境伯の統治する辺境伯領の領都で、南西にブレーヴェ、南にリヴィエナ、南東にエレドリア、北東にウォートランド、東に港町のリムウッドと、街道で繋がっている。
西側には領軍関連施設とその中心であるバルディア西砦が配されており、そしてこの二つの城と砦に囲まれる形で街があるという少し不思議な形の都市とのことだ。
オススメの宿は平民街近くにある「槌と麦亭」で、平民街近くで下町の賑やかさがある。また宿の名前にもある通り、主人は「槌」を振るう職人でもあり、武具の作成や修理も受けてくれるらしい。
そのため、旅人だけではなく、傭兵や兵士にも好まれているとのことだ。南は草原と森、北は少し距離はあるが海になっており、林業や木材加工、漁業も盛んで、北の冷たい海で育った身の締まった海産物が名産品とのこと。
ブレーヴェからは北の森とその北の山脈を東側から回り込まねばならないが、方角としては北東。
セルディアとウォートランド以外の都市についての情報はざっとこれくらいだ。
バルディアについては、宿と食堂の主人が武具を扱う職人ということで、この拠点が押さえられると動きやすそうだな、などとルカは意識しておくことにした。
「さすが、商人ともなると他の街のことも良くご存知ですね。」
「いえいえ、これくらいは押さえておかないと仕入れ先で足元を見られてしまいますよ。」
いわれてみればその通りだ。仕入れ先の情報は商人にとっては必須の情報。その土地、風土、特産品、隣接する都市との取引状況など、しっかり押さえていて初めていい取引ができるということなのだろう。
口には出さないが、改めてさすがだなぁと感心していると、セリーナが店の奥に引っ込み、何かをトレイのようなものを持って戻ってきた。
「ルカさん。ご依頼の品、できたので確認していただけますか~?」
彼女が持っていたトレイには、ペンダントと小物がいくつか乗っていた。
水色のクォーツの上下両端を白銀の金具が挟む形になっており、その金具同士がかなり目の細かい鎖を編み込むようにして作られた網で繋がっている。
網は首からかけたときに身体の方側になる半分だけを覆っており、反対側は美しいクォーツの表面はしっかり見えるように露出しているが、網のちょうど上下真ん中あたりから露出している側の真ん中にかけて同じ色の鎖が巻きつけられ、その中央に小さな十字星の金具がワンポイントで取り付けられていた。
このペンダントトップの金具にある輪には、目の細かい金属製のチェーンと黒い革紐が一体となるように編み込まれた紐が通されている。
ひと目見て、セリーナの丁寧な仕事ぶりが見て取れる逸品であった。
「これは……すごいな……デザインも素敵ですし、こんなに丁寧に仕上げていただけるなんて、正直想像以上です。ありがとうございます。」
「ふふふ……喜んでいただけたようで、良かったです~。石がとても綺麗で、手に取っていると不思議とじんわり暖かく穏やかな気持ちになってしまって……こんなに幸せな気持ちでアクセサリを作れたのは初めてでした~。何か特別な石なんですか?」
セリーナはトレイに乗せられたネックレスを手に取り、ルカにそっと手渡した。
ルカの手に乗せられたクォーツは、不思議と柔らかな光を湛えているようにすら見える。
「どうなんでしょう? 実はどういう名前のどういう石かも知らないんですよ。両親が持っていけと言って持たせてくれただけで、意味も何も語ってくれませんでしたので。」
「そうなんですか……じゃあご両親のおかげかもしれませんね~。」
ルカはネックレスを手に取り、早速首から掛けて見せた。
何がそうさせるのか、不思議と違和感なく、最初からそこにあったかのようにしっくりとくる。
「ありがとうございます。これで失くす心配をせずにすみます。」
「気に入っていただけたようで、良かったです~。あ、あとこちらも。」
セリーナは同じトレイに乗っていた革の飾りがつけられた金属製のクリップを差し出した。
「ネックレスをつけるとき、タグが邪魔になるでしょうから、このクリップで長さを調整して手首につけるとか、荷物に巻き付けて止めるとかしてもらえればと思って~。」
「……タグ……ですか?」
「ん?」
「あら?」
セリーナの説明を聞いても何のことだかわからず、ルカは呆けた顔で止まってしまう。
「もしかして……ルカさん、傭兵タグを持ってないんですか?」
「え、えぇ……お恥ずかしながら何なのかすら知りません……」
ルカの言葉にマリウスとセリーナは顔を見合わせて苦笑いするのであった。
恥を忍んでどのようなものかを聞いてみたところ、傭兵タグとは、本業であるかどうかは別として、傭兵としての活動を行う者が持つ金属製のタグなのだそうだ。
ルカが身につけているところは見たことがなかったが、バッグの中にでも入れているのだろうと思っていたらしい。
「詳しい話は役場の職員から聞かれる方がいいと思いますよ。」
「はい……お恥ずかしい限りです……明日、役場行って発行してきます……」
顔から火が出そうとはこのことか。ルカは羞恥に顔を赤らめながら、小さく答えたのだった。
翌日、ルカは朝から役場を赴くと、傭兵タグの発行と詳細の説明を願い出た。
職員の説明によると、タグには名前、生年月日、性別に加え、発行した役場を示す記号が刻印されていて、主に傭兵としての実績や賞罰といった情報の管理に使われるのだそうだ。
特定の村や街で害獣討伐なんかをしている分には無くても問題はないのだが、都市間を行き来したりするようになると、実績と賞罰などの情報をどこかで管理する必要が出てくる。
その管理を各都市の役場が取りまとめ、王都にある役場の本部とやり取りすることで国内全域で個人の情報管理を行っているとのことだった。
加えてその情報は国家間でも連携されていて、かなりのタイムラグはあるものの、ほぼすべての国で情報は共有されているという。
ただし、敵対関係にある国家間の場合は、中立の第三国を経由で情報は渡っていくものの、スムーズにはいかないのだが、こればかりは仕方ない。
ルカの場合、これから騎士団の護衛依頼を受けるわけで、その依頼結果なども記録する必要があるのだから、持っているのは当たり前だろうとマリウスたちは思っていたらしい。
それ以前にこの村まで旅をする中で必要だったでしょう? などと言われたのだが、ルカにしてみればラボから出て初めての都市かこの村なわけで、タグの必要性に迫られることも、それ自体を知る機会もなかったのである。
「説明はこのくらいですかね。あ、ルカさんが村に来てからの害獣討伐の実績は登録情報と一緒に各地に共有しておきます。あと詳しいことは聞かされていないのですが、明日例の騎士様たちの依頼で一緒に村を発たれるんですよね? 目的地に着いたらあちらの役場で報告しておいてください。それがまたルカさんの実績として残っていきますので。」
説明してくれたのは、村に最初に来た時から、害獣討伐時の報告を処理したり、報奨金を手配してくれていた職員だ。
「ルカさんが来てくれてから、村の回りの害獣もだいぶ減りましたし、かなり助かってたんですよ。普段頑張ってくれてる門番連中と国境警備隊だけだとちょっと厳しいので、また近くに寄った時は手伝いに来て下さいね。」
短い期間ではあったが、頻繁に害獣討伐していたこともあり、彼らにしてみれば村の安全の寄与した者として、評価は高かったのだろう。
「ええ、機会があれば、また。」
いずれにせよエリナと行動を共にするのだから、何らかのタイミングで一時帰郷に付き合うこともあるかもしれない。
とはいえ、将来的にルカは遠方のサテライトに向かうために国外に出ることになるし、エリナがそこまでついてくるのかはわからない以上、滅多なことは言わずにおいたほうが良いだろう。
ルカは、一言二言職員たちと挨拶を交わし、役場をあとにする。
中央広場に出ると、役場横のベンチに腰掛けて、エリナとリサ、アーヴの三人が何やら話しているのが見えた。
話している、というよりは、アーヴが何か説明しているようだ。
「――つまりだ、俺みたいに普段単身で依頼を受けて動くやつのことをシングル、数人でチームを組んで動くやつらのことをパーティ、十から数十人で一団になってる団体はカンパニーって呼ばれるっつーことだ。百人以上の大所帯になるとブリゲードなんて言われるが、そんなんは戦争中とかに一時的に組織されるくらいだから特に覚えなくていい。」
「じゃあ今回は私とルカとアーヴで三人いるからパーティってこと?」
「エリナの契約ってアーヴさんかルカさんがまとめてくれてるわけじゃないんでしょ? じゃあみんなシングル扱いで別々なんじゃないの?」
「あ、そっか。」
ベンチに座っているのはエリナとリサ、向かい合うようにアーヴが立っている。
あーでもないこーでもないと女子二人が話しているが、どうやらエリナよりリサのほうがいろいろと理解が早いようだ。
少し呆れながらもルカが歩み寄ると、エリナがこちらに気付いたようで、手を振って声をかけてきた。
「ルカ、おかえり~。タグの発行できた?」
「ああ、できたよ。そっちは?」
「えっと、今は傭兵契約する時の人数とかその辺の話をアーヴから聞いてたとこ。」
どうやらアーヴは傭兵の先輩として、ざっと一通り説明してくれていたようだ。
といってもルカがタグの発行時に聞いた話がほとんどなわけだが。
エリナは以前から細々した村の依頼をこなしたり、マリウスに連れられてリヴィエナに行ったりすることもあり、一~二年前に作っていたが、見事に説明を聞いていなかったのか、傭兵の基礎については全然覚えていなかったということらしい。
決して頭は悪くないのだが、興味のないことの覚えが悪いのは彼女らしいというかなんというか。
「うーん……やっぱり明日の出発前にあれこれ勉強しなおしか……」
「うっ……」
ルカが腕を組みながら小さく呟くと、勉強と聞いたエリナがあからさまに顔をしかめた。
以前も北の森に行く前日にルカやマリウスにみっちりと教え込まれたのを思い出したらしい。
前回は森に立ち入る事について知っておくべきことを説明していたが、今回は旅を見据えて知っておくべきことを説明すべきだろう。
「お誂え向きに傭兵の先輩もいることだし、ちょうどいいじゃないか。」
「まぁそういう事なら話してやらんこともねぇな。」
「じゃあ役場の打ち合わせ用の部屋借りなきゃね~。」
そうと決まれば、と役場へと先導するリサを追うようにルカとアーヴの二人は役場に戻っていく。
「うぅ……明日から頑張るぞー! っていう気持ちだったのに、どんどんテンション下がってくよ~……」
エリナの嘆きなど他の三人はまったく聞いてくれない。
広場に一人残されたエリナは、大きくため息をついたあと、足取り重く三人のあとについて行ったのだった。




