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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第一章 A.R.I.C.E

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第三話 両親のメッセージ

 電源区画での調査と復旧作業は特に大きな問題もなく進んだ。

 といっても、現状でルカに対応できそうだったのは、腐食や脱落で給電経路が断線していたものを予備のケーブルに差し替えるくらいだった。

 ラボ内の電源設備からの電源供給状態は6%から11%まで若干改善したが、ラボ外、つまりサテライト側からの受電状態はどうにもならない。

 B.N.I.C(ビーニック)の知識やアリスのアドバイスを総合的に判断しても、これ以上はサテライト側の対応を行わないと何も改善しないだろう、という判断だ。

 とはいえ、電力供給の状況は数%とはいえ改善したのだ。照明システムや壁面の電源コネクタを一時的に起動するくらいはなんとかなるだろう。

 ルカは一度中央制御区画に戻り、アリスとラボ全体の状態を再確認する。

「アリス、照明と壁面の電源くらいは動かせそうか?」

『はい、暫定的ではありますが。ルカがここから出立するくらいまでなら問題ないでしょう。それでは各機能を有効化します。』

 壁面モニター下部に数行ほど処理内容や状況を示すログが流れ、やがて部屋の照明が点灯した。

 照明器具も故障なしというわけではないので、まばらにしか点いていないが、先ほどまでに比べれば部屋を見て回る分には十分な明るさである。

「じゃあちょっと生活支援区画に行ってくるよ。」

 そういって生活支援区画に移動する。

 例の情報端末の復帰を試みるためだ。実はずっと気にかかっていた。照明だけではなく、壁面の電源を回復可能かアリスに聞いたのもこのため。

 生活支援区画に入って照明のスイッチを操作すると、こちらもすべてとはいかなかったが、いくつかの照明器具はまだ生きていたようで、部屋の中を照らしてくれる。

 ルカは奥のテーブルの前まで進み、情報端末を手に取った。

「確か所定の位置に置いておけば充電されるんだったな……」

 端末の充電は壁面に据え付けられた棚に刻まれたマークの上に置いておくだけで良いのだそうだ。

 先ほどまでは壁面の電源コネクタへの給電が止まっていたため、この棚への給電も止まっていたわけだが、今は復旧済みである。

 そっと棚に端末を置くと、端末側面のインジケータがうっすらと明滅し始めた。

 バッテリーへの充電が始まる。

「しばらくかかりそうだな……」

 待つのも良いが、それよりもひどく疲れた身体をなんとかしたい。

 中央制御区画での小休止はあったにせよ、覚醒してからたったの数時間しか経っていないし、電源区画での作業もこの貧弱な身体には重労働だった。

 とにかく体力がない以上、細かく休憩を挟まないと満足に動けない。

 ルカはテーブル横にある簡素なベッドに目をつけた。

 長い年月を経てマットレスやシーツなどはボロボロではあるものの、とりあえずひと眠りするくらいなら役目は果たせそうだ。

「俺のバッテリーも充電しよう……」

 重く感じるようになった身体をベッドに横たえ、深く呼吸を数回。

 疲労感と気怠さに誘われるように睡魔が瞼を落としにかかってくる。

 ゆっくりと明滅を続けている情報端末のインジケータを見ていた瞳は、時を待たずして睡魔に抗うことを諦め、心地よい微睡みの後、ルカの意識はそっと手放された。


 ◇◇◇


 小一時間ほど経っただろうか。

 ルカがゆっくりと目を覚ました。

 小さくあくびを噛み殺しながら、上体を起こし、ベッドに腰掛ける。

 そういえば──と気づき、情報端末に目を向けた。

 いくらかバッテリーが回復したのか、インジケータは点滅ではなく、点灯しているのがわかる。

 静かに歩み寄って端末を手に取り、画面を操作しながら再びベッドに腰掛けた。

 有用な情報があるのではと探っていると、画面の隅にあった1つの動画データが目に留まった。

 ルカは特にためらいなく再生を試みる。

 すると端末の画面がすっと暗転して、画面上に小さなホログラム映像を映し出す。

 現れたのは、短く揃えた黒髪に栗色の瞳を持つ白衣を羽織った男性と、長くしなやかな金髪に碧色の瞳を持つ白いブラウス姿の女性だった。

「これは……」

 ――両親だ――

 目にするのは初めてにもかかわらず、疑いようなく確信を得てしまう。

 少しだけ胸の奥がグッと締め付けられるような感覚が通り過ぎた。

 メッセージの1つでもあるかもしれない、くらいには予想していたが、可能性としては中央制御区画のシステムか、生体培養室のシステムのどちらかが有力だろうと考えていた手前、不意に視界に飛び込んできた映像に若干の驚きを隠せない。

『何から話そうかな。』

『ふふ……緊張するわね。』

 男性の側から言葉が紡がれる。追うように女性も。

『ルカ、はじめまして。二人で頑張って考えた名前なんだけど、気に入ってくれたかな?』

『どうかしらね。良い響きだと思うのだけれど。あぁ、どんな顔をしているのかしら。クロードに似た優しい顔かしら……』

『ミリアみたいにきれいな目をした美人かもしれないね。』

 二人は顔を寄せ合い、柔らかい笑みを浮かべていた。

 クロードが左手でファーミリアの肩を抱き、右手を彼女の右手にそっと重ねている。

『さっきまで二人でたくさん話しかけようと言い合っていたんだけど、いざその時になると、何も出てこなくなってしまうね……』

 クロードが言葉を詰まらせる。二人とも言葉が出ずに、少しの間沈黙が流れた。

『黙っていても困らせてしまうね。本当に申し訳ないけれど、私たちは君に親としてほとんど何も残してあげられない。ただ、できるだけ自由に生きて、多くの人と関わり、できれば素敵な誰かと人生を謳歌してほしいと切に願っているんだ。そのことをアリスを介さずにちゃんと私たちの声と言葉で伝えておきたかったんだ。』

 表情にわずかばかりの緊張を宿して、クロードの声が響く。

『私たちの勝手な思いからではあるけれど、君はちゃんと望まれて生まれている。私たちは君のことを心から愛しているけど、勝手なことだと恨んでくれても構わない。ラボでできるだけの準備をしたら、外の世界に出て、そして私たちのことは気にせず好きに精一杯生きなさい。』

 少し目を伏せながらクロードの声を聞いていたファーミリアが顔を上げて口を開く。

『私たちの子として生まれてくれて……ありがとう。抱きしめてあげられなくて……ごめん……なさいっ……貴方の人生が、幸せなものであることを祈っているわ……愛してる……』

 今にも溢れそうになるのを必死にこらえていたファーミリアの瞳から、すっと一筋、こぼれ落ちたのが見えた。

『あぁ、ダメね。最初で最後の親子の会話なのに、泣いてばかりいては貴方の記憶にも泣き顔ばかり残っちゃう。』

 涙を手のひらで拭って無理矢理笑顔を作るファーミリア。

 優しくファーミリアの頭を撫でるクロードが言葉を続けた。

『最後にもう1つ。中央制御区画の操作パネル横のボックスに小さなクォーツがあるから、持っていきなさい。』

『ええ、大したものじゃないけれど、小さいからペンダントトップにでもして身につけていて。きっと貴方のお守りになるわ。』

『もし生活費や路銀に困ったなら、売ってしまっても構わない。君が生き延びる助けになるなら、それが一番だからね。』

『……できれば、ずっと持っていてほしいけれど。』

 少しの間、二人は言葉なく佇み、深く一息呼吸を整えようとしているのがわかる。

 二人が視線を交わし合った次の瞬間、ルカをしっかりとその目に捉えるようにこちらを見ながら、口を開いた。

『『ありがとう。行ってらっしゃい。』』

 旅立つ息子への二人の最後の言葉。背中を押すようなその言葉が途切れたのを最後に、映像はふっと途切れた。

 ホログラムを構成していた光の粒子がサラサラと中空に溶けて消えていく。

 ルカは端末を見据えながら、ふぅと息を吐いた。

 おそらく勝手に未来に生み出すだけ生み出して、何もしてやれないけど、せめて何か一言――そんな自己満足のビデオレターだったのだろう。

 ただ、そこに両親の思いの一端のような何かを、ほんの少しだけ垣間見た気がしてならなかった。

 大事なことを伝えたかったのかもしれない。何もなかったのかもしれない。人生といっても実質まだ数時間しかないルカにはまだそういったものを読み取れるほどの経験もない。

 ハッとして強く緊張はしたものの、感情が溢れて涙するようなこともなかったし「愛している」という言葉にも、なんだか反応に困ってしまう。

 もしかしたら自分はどこか冷酷だったりするのかも。と思いながら、ただ1つ「自分は望まれて生まれたらしい」ということだけは理解できた。

 悪い気分ではない。

「お守り代わり、か。」

 まぁそれくらいなら願いをきいても悪くはないかと端末をテーブルに無造作に置き、ルカは軽く伸びをする。

「準備だけしたら、ラボから出るか。自由に生きろって言われたし、これまた勝手に生み出されてしまう《妹》もいるみたいだしな。」

 二人に言われたからというわけではない。自分だけの意志や目的があるわけでもない。

 かといってラボに居続けるのも、無為に生き続けるのも、何か違う。

 今のところ無条件に明るい未来を夢想できるような状況でも気持ちでもないが、流れるままに歩いていれば、いつしか自分だけの《何か》が見つかるかもしれない。

 ルカは小さく言葉をこぼした後、出立の準備に取り掛かることにした。

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