第三十八話 幼馴染
「なんだかすごいことに首突っ込んだねー。」
「ほんとほんと。自分でもびっくりだよ。」
陽だまり亭の外、客が多い時に使っている軒先のテーブルを挟んで、エリナとリサが椅子に腰掛けていた。
ブレーヴェ・ベリーの果実水を片手に、幼馴染同士の二人が会話に興じている。
辺りは日が落ちたこともあり、だいぶ薄暗くなってきていた。日中は多かった雲も流れたようで、西の山際に見える鮮やかな茜色から東の草原の向こうに見える紺青色にかけて、ため息の出るような美しいグラーデーションが二人の目を楽しませていた。
「で、結局騎士様たちと村を出ていくこと以外は教えてくれないわけ?」
リサがテーブルの上に身を乗り出しすようにして、下からエリナの顔を覗き込んだ。
「うん。全部終わるまでは他言無用だってさ。」
「なんだ、ざーんねん。」
リサの期待には応えられないと苦笑いするエリナは、さして気にもしていない様子で返してくるリサを見ながら、今日の出来事を思い出していた。
今日の午前中のこと。エリナは陽だまり亭を一人で訪れていた。
滞在中の騎士団が探していた女性の護衛要員として随行したいと願い出るためだ。
隊長のセオにはかなり厳しいことも言われたが、エディルの助け舟もあり随行自体は認められることになっていた。
そのあと、ここしばらくの恒例になっていたルカ、エリナ、アーヴ、リサでの昼食のために、弁当を作ったリサと共にルカやアーヴと合流し、リサには少し離れてもらった上で二人に事の経緯を説明している。
ルカは元々の事情を知っているため何も言わなかったが、アーヴにとってはかなり意外だったようで驚いてはいたが、結果的にはアーヴも納得し受け入れていた。
「まさか一緒に仕事することになるとはなぁ……じゃあこれからは同僚ってことでもう"嬢ちゃん"とは呼べねぇな。これからはよろしくな、エリナ。」
「あ、うん。よろしくお願いします……」
「あー、ダメだ。敬語とか使うんじゃねぇ! 明確に上下関係がない同僚ってのは対等なんだからよ、変に持ち上げたりへりくだったりすんじゃねぇ。お前も俺を呼び捨てにしてタメ語で喋るんだよ。わーったか?」
「うわわっ! ちょっ……やめっ! ……わかった、わかったわよ~!」
身長の高いアーヴに抑えつけられるような形で頭をガシガシと撫で回され、エリナが慌てふためくなどという一幕もあったが、そこはさすがというべきか、エリナもすぐに順応してしまい、彼女のアーヴに対する態度はほどなくしてルカやリサに対するものと同じようになっていったのだった。
「私まだアーヴさんと呼び捨てで呼び合う仲になってないってのに、いつの間にかエリナが先に距離を詰めてるのだけは認められないわ……」
リサのボヤキで思考が現実に引き戻される。
「いや、あれは店員と客って立場から同僚になったからってことらしいし、認められないって言われてもなぁ……」
ボヤキの中に若干の怨念めいたものを感じて、少し背筋が寒くなるが、こればかりはアーヴ本人がいい出したことなので、エリナにとっては不可抗力だ。
鋭い視線で睨まれたところで、苦笑いで躱すしかない。
「で、エリナはいつ帰ってくるの?」
「あー、それなんだけどね……」
身体を座っていた椅子の背もたれに預けるようにして、リサは遠くを眺める。エリナへの問いかけの答えがどんなものであるかは、何となく予想ができていた。
「時々は顔を見せにくるかもだけど、ちゃんと帰るのがいつになるかはわかんないかな。」
「……だろうね。」
「騎士団の人たちとの仕事のあとは、自分が見たいと思うものを沢山みて、いろんな経験して、ルカが彼の旅のゴールに辿り着いたら、たぶん帰ってくるよ。」
「……は?」
途中まではいい。どうせ期限なしだと思っていたし、そのとおりの答えだったが、後半の答えはリサには想定外だった。
特に最後。見たいものを見る、いろんな経験をする、その辺りはエリナの性格からもわかるが、ルカの旅のゴールまでとは何なのか。
「ちょ、ちょっと待って。ルカさんの旅のゴールが何かわかってんの?」
「うーん……多分。もしかしたら沢山目的やゴールがあるかもしれないけど、とりあえず一つは知ってるよ。」
「へぇ……一応知ってるのね。で、それって何なの?」
人差し指を唇に当てながら、少し考える素振りをしたが、エリナは瞑目して頭を振った。
「ダメ。一応普通に聞いて教えてもらったんだけど、いろいろ彼の個人的事情に関わってるっぽいから、本人に確認できない状況じゃ話せないや。」
エリナはルカの旅の目的が「兄弟のような人」の元へ行くことだと知っている。
それだけなら大したことはないが、偶然とは言えその「兄弟のような人」を含め、ルカやアリスという存在が今の時代とは異なる時代に関わりがあったり、明言は避けられたけれど、ルカ自身の存在の異質さみたいなものまで知ることになってしまった。
ここまで知ってしまうと、旅の目的自体もエリナがおいそれと他人に開示していい情報とは思えない。
「なにそれ~? 二人だけの秘密ってやつじゃない。やるわね……」
「そんな色っぽい話じゃないってば……」
リサがからかってくるのを手をひらひら振って躱し、果実水を口に含んでこくりと飲み下す。
二人の間に会話がなくなり、村の中央広場を行き交う村人の声や足音だけが響く時間が流れる。
「……寂しくなっちゃうね。」
膝を抱えるようにして、リサがポツリと呟いた。
「そうだね……」
二人は物心着いた時から、お互いたった一人の同い年で幼馴染だった。
相手がいることこそが自然であり、ほとんど毎日顔を合わせて生きてきたはずのその片割れが、唐突に村を出て行くと言う。
元々十八になったら、という話はあったし、多少の覚悟もあったが、急な前倒しに少し心が追いつかない。
「どうしよ。エリナがいない日々とか想像できないや……」
「……うん。」
リサは寂しそうに話しだしたが、何を思ったのか突然いじけたように半目になり、次第にぐちぐちと文句を口にし始めた。
「あ~あ。どうせエリナはいろんな場所に行って、村にはないものをたくさん目にして、興味の向くまま突っ走って……たまに帰ってきたと思ったら、マリウス兄が仕入れてこないようなオシャレな服やらアクセサリー身につけて垢抜けた都会女子になってるんだわ。きっと。」
「なにそれ。」
「やっかんでるのよ……」
呆れるエリナをよそに、ぶーぶーと口を尖らせてリサは文句を言っている。本気で怒っているわけでも拗ねているわけでもない。
ただそうやって寂しいのだと言外に伝えているのだろう。
「らしくないなぁ……」
「わかってる……」
リサは抱え込んだ膝に顔を埋めるようにしながら、広場の方へ視線を向けている。エリナの方へ視線を向けることはない。
「遠くの国にでも行ってなきゃ、年に一回くらいはお土産持って帰ってくるわよ。」
「そういって遠くの国に行ってたりするんでしょ?」
「もう……ああ言えばこう言うんだから。」
エリナが呆れたように文句を言うと、リサは顔を少しだけエリナの方へ向け、視線だけをエリナに向けた。
「……手紙くらい、出してよね。」
「もちろんよ。兄さんとお義姉ちゃん、リサは最初からそのつもり。返事も待ってるから、ちゃんと手紙書いてね。」
対するエリナは、テーブルに頬杖をついてリサに微笑む。
お互いの笑顔も、しばらくはお預けになりそうだ。
「さてと……」
エリナは、残った果実水をこくこくと喉を鳴らしながら飲み干し、椅子から立ち上がると、数歩歩いてリサに向き直った。
「じゃあそろそろご飯もできてるだろうし、帰るね。また、明日。」
「ん。また明日ね。」
また明日、この別れの挨拶も、あと一度言えるかどうかだと思うと、お互いに複雑な面持ちになってしまうが、エリナはそんな気持ちを振り払うように、努めて笑顔で手を振る。
そんなエリナを見ながら、リサもため息を一つついてから、手を振り返した。
エリナが帰っていく後ろ姿を見送りながら、リサは空になったグラスを手に、誰にも聞こえないくらいに小さな声で呟いた。
「頑張ってね。私も頑張るから……」




