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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第八章 共に歩むために

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第三十六話 お願い

「エリナちゃ~ん! ルカさーん! ご飯の準備できたから下りてきて~!」

 階下からセリーナが呼んでいる。

 ルカは依頼のことを考えながら、うとうとと船を漕いでいたところを現実に引き戻された。

「はーい! すぐ下りまーす!」

 返事をし、少し疲れたのだろうかなどと思いながらベッドを下り、少し凝り固まった身体をぐっと伸ばす。

 部屋の外から聞こえる「今日のご飯なにー?」というエリナの声と、階段を下りていく足音を追うように、ルカも部屋を出てダイニングに向かう。

 ダイニングへ行くと、セリーナの料理がところ狭しと並ぶテーブルを囲むように、マリウス、セリーナ、そしてエリナの三人が椅子に座って待っていた。

 最後の椅子にルカが着席したのを合図に、夕食の時間が始まる。

 男性陣は地酒を水で割った食前酒、女性陣は村の畑でも栽培されているリヴィエナ・ベリーという木苺のような実と水を使った果実水で、小さく乾杯する。

「あれ? お義姉ちゃん、今日はお酒じゃないの?」

「ええ、ブレーヴェ・ルージュは好きなんだけど、酔っちゃうと後片付けの時困っちゃうのよ~」

 ルカとマリウスが飲んでいる酒は、ブレーヴェ・ルージュというハーブワインである。

 マリウスの説明によれば、リヴィエナ・ベリーを潰して煮沸したあと、ブレーヴェ・ティーの茶葉を加えて自然酵母で発酵させて作っているのだが、流通させるほどの量がないため、村の外ではほとんど飲めないのだそうだ。

 村のお祭りや、ちょっとしたお祝いごとの時に飲むことが多いのだが、大酒飲みのいないこの家では毎年村の各戸に割り当てられる量を消費しきれないらしく、せっかくなのでとルカの滞在中に一本開けてくれたらしい。

「じゃあ珍しいお酒なんですね。ブレーヴェ・ティーの茶葉のおかげか香りが爽やかで、美味しいですよ。」

「そう言ってもらえると村のものとしては嬉しいですね。専業で製造してくれる者がいれば、仕入れの時にでもリヴィエナに持っていって売ってくるんですが……」

 これがなかなか難しいのですよ、と笑いながら、マリウスが教えてくれた。

 セリーナが取り分けてくれた、葉物野菜のサラダを口にしながら、ルカがそう言えば、とセリーナに目を向けた。

「先日お願いしていたネックレスの件なのですが、どうですか? 形になりそうでしょうか?」

「うふふ……時間がかかっててごめんなさいね~。数日って言いながら興が乗ってデザインからじっくり考えちゃって~……一応あとは仕上げと最終の確認くらいかしら~。」

 ルカの問いかけを聞き、セリーナは普段と変わらぬ笑顔のまま、状況を答える。

 ただ、ルカと話しながらも、彼女はチラリとエリナに視線を向けた。視線に気付いたエリナの表情が一瞬こわばる。

「一応俺がつけるつもりなので、あまり可愛らしいデザインとかだとちょっと困るのですが……」

 セリーナの視線にも、エリナの反応にも気付いていないルカは、セリーナの言葉に素直に会話を続けていた。

 デザインはシンプルだとか、明日一日あれば仕上げと確認は終えられるだとか、ルカの疑問にセリーナが答える状況が続くが、エリナの耳には入ってこない。

 この話が出た以上、ルカはそろそろ旅立つタイミングを考えているのだと思うと、夕方兄夫婦と話したことをルカにぶつけられる時間はほとんどないことになる。

 最初から今夜話すつもりでいたものの、自分が腹を括るよりも先に話題が進んでしまい、エリナは食事の手が止まってしまっていた。

 緊張する。あっさり受け入れられるかもしれないし、バッサリ切り捨てられるかもしれない。

 偶然にもサテライトで秘密を共有することにはなったが、その事実がプラスに働くかマイナスに働くかもわからない。

「(うぅ……緊張する……)」

 何て言おう? 何て話そう? エリナは難しい顔をして考え込んでいる。

 森へ同行することを申し出た時のように、さらっと軽いノリで勢い任せに言ってしまえと思っていたのだが、いざとなってみると、不思議なほど緊張している自分がいた。

「……エリナちゃん?」

「えっ? あ、何?」

「何? じゃないわよ~。難しい顔してご飯食べる手も止まってるし。どうかしたの?」

 緊張で固まっているエリナのことを見かねたセリーナが、声をかけた。さりげなく話し出すきっかけを作ってくれている。

 エリナの隣に座っていたルカには、気付かれていなかったらしい。

 セリーナが話しかけたことでルカはエリナの様子がおかしいことに気が付き、疑問符の浮かんだ表情でエリナを見ている。

「あー、えっと……」

 手に持っていた食器をテーブルの上に置き、そのまま手を膝の上に下ろすと、エリナは少し俯いてもじもじと言葉を濁している。

 すると、マリウスとセリーナも手に持った食器から手を離し、なんだか優しい笑顔を浮かべて彼女の言葉を待ちはじめた。

 その様子を見たルカはエリナの様子もマリウスとセリーナの反応も、その理由がわからなくて少し困惑している。

 ただ、マリウスとセリーナの様子を見る限り、自分もエリナの言葉を待つべきなのだろうと考え、ルカも少しエリナの方へ身体を向け、彼女の言葉を待つことにした。

「ルカ、私ね、この夏の終わりに十八になるから、独り立ちすることになるんだけど……」

 エリナの言葉が途切れる。

 生唾を飲み込む音が聞こえてきそうな、静かな間を挟んでから、エリナはルカの目を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。

「ルカについて村を出て、一緒に旅がしたい。この村は大好きだけど、私はもっと広い世界を見て回りたい。行く先々でいろんなものを見て、経験して、たくさんのことを知りたい。私の見て感じるもの、旅先で出会う人たちが見て感じるもの、そしてルカが見て感じるもの、全部知りたい。」

「……」

 ルカもマリウスもセリーナも、黙ったままエリナを見ている。

「きっとたくさん迷惑かけるし、面倒もあるだろうし、困らせると思うけど……お願いします! 私も旅に連れてって……ううん、私が一緒に旅をするのを許してください!」

 あれこれ世話を焼いてもらって連れて行って欲しいなどとは言わない。自分のことは自分で頑張って、ただ一緒に旅をするから、そのことを認め、許して欲しい。

 エリナはルカに向かって深々と、さっきマリウスやセリーナにした時よりも一段と深く、頭を下げた。

 頭を下げたままルカの返事を待つこの時間のなんと長いことか。拍動する心臓がうるさく、胸元で握った両手が小さく震える。

 数秒なのか、数分なのかわからないが、幾ばくかの空白の後、ルカの声がした。

「……お二人が何も言わないということは、エリナがこんな話をすることを知っていたんですか?」

「ええ、本人から今日の夕方に聞きまして。まぁ数日前からなんとなくそうなんじゃないか、とは思ってましたけどね……」

 セリーナが微笑む隣で、マリウスが答えた。

 どこまでかはわからないが、エリナの訴えの意味を、彼らは理解しているということだ。

 ルカは頭を下げたままのエリナに視線を移し、努めて冷静に、しかし優しく声をかけた。

「エリナ、すまない。連れて行ってやりたいけど、ちょっとできそうにない。」

「……っ!? な、なんで……?」

 拒絶の言葉に、エリナが顔を上げた。

 かろうじて絞り出した声でその理由を問う。

「たぶんこれから先、北の森を探索したのとは比較にならないような場所に行くことが出てくるからさ。きっと守り続けてやることはできない。」

「そ、それはわかってるよ……だから、自分のことは自分で……」

「それに、さっき村に滞在中の騎士たちから、護衛要員として隊列に随行してほしいって依頼があったんだ。明日には依頼を受けると答えるつもりだし、そうなると関係者以外は連れていけないだろう。」

「……それは……」

「人数はいるから、ある意味では目的地まで安全に移動できる気はするけど、何かあった時、その相手は……おそらく人間だ。人を殺す覚悟を求められることになるかもしれない。」

 瞬間、エリナとセリーナの二人が息を呑み、顔を青ざめさせた。

 人の護衛をするというのは、護衛されるだけの理由があるということだ。その理由は護衛対象が誰かしらにとって()()()()()()()ということだ。

 その護衛対象を守るために、襲撃者の行動を妨害し、拘束し、時には殺害する判断と覚悟を求められる。

 正直なところ、この点については、ルカ本人もまだ覚悟が決まっているとは言えない。

 旅をする目的がある以上、護衛任務の件はさておいても、旅先で山賊や盗賊などの旅人を襲う勢力と相対する可能性を考えねばならないし、気が進まなくとも身にかかる火の粉は打ち払わねばならない。

 そう考えると、エリナのような少女を連れて行くなどとは、ルカには言えなかった。

「なるほど、確かに難しい判断と覚悟が必要になりますね。」

 唐突に沈黙を破ったのは、一人だけ表情を変えなかったマリウスだった。

「私はこれでも職業柄リヴィエナまで行き来しますので、その懸念はよくわかります。幸いエリナが付いてきた時はそういったことはありませんでしたが、実際に盗賊に出くわしたことも何度かありましたからね。」

 あまり表情を変えること無く、淡々と、しかしどこか遠くを見るように窓の外へ視線を向けながら、マリウスが続ける。

「近隣の町や村の同業者と隊商を組んだり、傭兵に護衛を依頼したりと、なんとか自衛の策を講じるわけですが、仕方がなかったとはいえ、かくいう自分も人を手に掛けたことはあるんですよ。」

 賊の類や軍人でもなければ、人を殺める行為は日常ではない。自身の経験を吐露しはじめたマリウスの表情は次第に暗くなっていく。

「兄さん……」

「ルカさん、この子はこの店で育ってきました。貴方に付いて行かずとも、そのうち家業を手伝うなり独立先の仕事を手伝うなりする中で、私と同じ道を歩むでしょう。そうなればやはりどこかで覚悟を決めねばならない時が来ます。」

 窓の外から視線を一度エリナの方へ向け、彼女へ微かに微笑みかけたあと、マリウスの視線はルカへ向いた。

「どうせ避けられぬのであれば……ルカさん、隣で支えてやってはくれませんか?」

「マリウスさん……」

 マリウスからのまさかの援護射撃に、ルカは困惑の表情を浮かべた。

 自分の覚悟すらも怪しいというのに、エリナを支えるなどできるのだろうかと思うと、あまり自信はない。

『(では、私からも一言いいですか?)』

 眉を(ひそ)めたまま難しい顔をしていたルカの脳裏に、突然アリスからの声が聞こえる。

『(私はエリナが付いてくることを受け入れてあげることには賛成です。)』

「(アリス……一体何を……)」

『(なに、簡単なことですよ。一緒にいれば私たちのことを知るエリナがおかしな真似をしないか監視していられますし、貴方も気兼ね無く話せる相手がいる方が気が楽でしょう?)』

「(いや……それはそうだが……)」

 アリスは一体誰の味方なのか。言っていることの筋は通っているし、理解もできるが、まだ判断に迷ってしまう。

 だが、アリスはそれも許してくれないようだ。

『(何をグチグチと……女が頭を下げてまで頼み込んでるんですから、男なら腹を括りなさい!)』

 エリナもやけに気に入られてものだ。唐突に強い口調で叱られてしまい、ドキリとする。

 エリナはルカがどんな判断をするのかと不安げに見つめていたが、アリスとの脳内でのやり取りのせいで目を白黒させている様子を目にして、ふと思い出した。

 サテライトで寝込んでいた時、村に向かったはずのルカとサテライトにいるアリスの間で意思疎通できていたことを。

「(アリスだ……遠くにいてもルカには話ができるって言ってた……)」

 サテライトにいる時、アリスはエリナへの情報開示を渋っていた。

 自分が一緒に旅をすることで、さらに情報が漏れるのを懸念してるのではないだろうかと思うと、気が気ではない。

 かといってアリスが何と言っているのかわからない上に、マリウスとセリーナの前で迂闊なことを口にしては、余計にルカやアリスの心象は悪くなってしまう。

「(どうしよう? 何て言えばいい? アリスは何を言っているの?)」

 焦りと不安で考えがまとまらず、何か言わねばと気持ちばかり焦る。

「ルカさん。」

 重く張り詰めた雰囲気になっていたところに、なんとも優しく柔らかな声が響いた。

「……セリーナさん?」

「あのね、ここ数日騎士様たちが村の家々を訪問して回っていたの、知ってるかしら?」

 先ほどまでと異なる話をしだしたセリーナに、ルカとエリナは疑問符だらけの表情を向けた。

「いいえ、俺はエリナたちと外出してましたし、そのような話は特に聞いてませんが……」

「そうよね……騎士様たちはね、護衛依頼を出す予定の人たちの人となりを聞いて回ってらしたの。私たちにはルカさん、貴方のことを聞きに来られてたわ。」

 そういえば、護衛依頼の話の時、隊長のセオは"行動を観察し、村人に聞き込みをした"と言っていたことを思い出す。

 しかし、今なぜその話なのかと訝しむ。

「でね、その時もう一つ聞かれているの。」

 セリーナの口調はいつものふんわりと間延びした感じではなかった。

 その目は真っ直ぐにエリナを見ている。

「誰か護衛依頼を受けられそうな()()()()()()()って。」

「……!」

 ガタッと大きな音と共に椅子を跳ね飛ばし、跳び上がるようにエリナが立ち上がった。

 手を強く握り込み先程までとは打って変わって、瞳を輝かせている。

「わ、私! やる! 護衛依頼受ける! そしたら行けるよね!?」

「いや、確かにそうかもしれないけど……」

「危ないことや人と相対するかもしれないとか、そういう覚悟の話は、ごめんなさい! 今突きつけられて理解したところだからこれから頑張るとしか言えないけど、護衛部隊の関係者になれるかとかは私がなんとかして見せるから!」

 マリウスにはいずれ覚悟する場面は来るし避けられないなら支えてほしいと言われ、セリーナにはこうなると分かっていて女性の護衛の話を持ち出され、更にはアリスにまで受け入れろと叱責される。

 これでは四面楚歌ではないかとルカは頭を抱えた。

「そこまで本気なのか……」

「……うん。それに、ルカの旅の目的の方も、できるだけ力になるから……」

 ここまで言われてしまうと、ルカとしても強く拒絶することができなくなってしまう。

 実際のところ、ルカの頭の中ではどう言って同行を拒絶するかというより、同行させた上でどこまで危険から守ってやれるかという心配の方が大きくなっていた。

 それについてもマリウスからは「どうせ経験するのだし、避けられぬのなら支えて欲しい」と言われてしまっているわけで、逃げ道としては塞がれているようなものだ。

「……外堀を埋められるってのは、こういうことなんだろうな……はぁー……わかったよ。」

 頭を掻きながら大きなため息をつき、ルカは諦めたように答えた。

「……っ!! やったぁ~~~~!!!!」

「おいおい、喜ぶのは護衛依頼の話を何とかしてからだろう……そればっかりはどうにもしてやれないんだからな?」

 目尻に涙を滲ませながら、エリナは両手を突き上げて喜びを全身を使って表現している。

 呆れながら突っ込みを入れてみるが、当の本人はそんなことよりもまずはルカからの理解を得られたことがただただ嬉しかったようだ。

 その後、興奮冷めやらぬエリナをみんなで宥めなければならなかったが、途中になっていた夕食を済ませると、四人はそのまま少し遅い時間まで取り留めのない会話に興じたのであった。

 夜半頃になって自室に戻ったルカは、窓の外を眺めながら小さく呟いた。

「護衛依頼を出すに足ると認めてもらえればいいんだけどな……」


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