第三十五話 描きたい未来のために
ルカとリサ、アーヴさんの三人と中央広場で別れたあと、私は一人自宅に帰ってきた。
いつもならルカも一緒なんだけど、今日は中央広場まで帰ってきたところで村に滞在している騎士のノア様から、何やら声がかかって、ルカは陽だまり亭に寄ってから帰ってくることになっている。
ノア様や他の騎士様、兵士のみなさんについては、まだあまり知らなかったんだけど、訓練中にアーヴさんが少しだけ教えてくれた。
騎士様たちが着込んでいる鎧にヴェールスフィア王国の紋章が刻まれていることや、陽だまり亭の横にある馬や馬車を留め置く納屋に置かれている馬車などの作りからして、アーヴさんは十中八九、王都の上位貴族以上の人間が絡んでいる、と予想しているみたい。
私の知る限りブレーヴェ村には、王都にいる貴族がくるようなことはなかったから、何か特別な事情でもあるんだろうなとは思うけど、兵士や騎士様が村の中を巡回するだけで、村に来た理由も滞在する事情も一切話してこないので、詳しいことはわからないみたい。
おかしなことがなければいいけど、私にはどうしようもないから、深く考えることはやめている。
ちなみに関係者は全員陽だまり亭に寝泊まりしているし、リサは少しくらい事情を知っているのかもしれないけど、彼女もその辺りの話は一切してこない。
時々雑談している途中で難しい顔をしながら言い淀んだり、「あー」とか「えー」とか言ったりしているので、必死に黙っているんだと思う。
まぁ、陽だまり亭と貴族の関係者たちのことは、今はどうでもいい。
今の私にとって重要なのは「自宅にルカがいないこと」だ。
ルカが陽だまり亭から帰ってくる前に、兄さんとお義姉ちゃんと話しておかないといけないことがある。
今の時間なら、二人ともダイニングで閉店後の休憩と称して、仲良くお茶でもしてるはずだ。
「ただいまー」
店の裏側にある裏口を開けて家に入ると、予想通り兄さんもお義姉ちゃんもダイニングでゆっくりと過ごしていた。
微笑む二人に手を振りながら、二人の向かい側、いつも私が座る椅子に腰掛ける。
「おかえり。」
「お帰りなさ~い。あら、ルカさんは~?」
「ルカはなんか騎士様にお話したいから来て欲しいって言われて、陽だまり亭寄ってから帰ってくるみたい。」
「あら、そうなの? じゃあ夕食の準備はもう少ししてからにしようかしら~。」
お義姉ちゃんは、ルカが少し遅れると聞いて少し上を見上げるようにしながら考えている。
晩御飯の準備の算段をつけているんだろうけど、すぐに小さく頷いて一人納得すると、私用のマグにいつものブレーヴェ・ティーを注いでくれた。
さてと……
「ところで、兄さん、お義姉ちゃん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「いいわよ~。何かしら?」
私は居住まいを正して、二人に正面から向かい合った。
兄さんとお義姉ちゃんはお互いに顔を見合わせたあと、私がいつになく真剣な顔をしているのに気付いたのか、まっすぐに私の目を見ていた。
「あのね……」
サテライトから村に戻ってきた時から、ずっと考えていたことがある。
それは、私の将来のこと。ブレーヴェ村の若者は、だいたいが十八歳になって独り立ちすると同時に一度村を出る。
ほとんどは隣街のリヴィエナで自分の家業やそれに関連する仕事を探して、一人前になるまで働いたあと、村に戻ってくる感じ。
例に漏れず、私もうちの雑貨屋の仕入先や関係先あたりに行ってみるかなぁとか考えてた。そんなのは面白くないな、と思いながら。
でもそんな考えは、この約一ヶ月の間にすべて吹き飛んでしまった。
平凡な村に生まれて、平凡な将来しか思いつかず、平々凡々とした人生しか描けなかった私の目の前に、突然今までの知識も常識も何もかもが通用しない人が現れたの。
出会ってすぐの頃は、私がずっと気になっていた村の北の森に行くとか言い出すものだから、これ幸いとついて行って森のことを見てこよう、調べてみようと思ってただけだったの。
誤解を恐れずに言えば、都合のいい護衛役に近い感じかな。
あぁ、独り立ちするまでに森を見に行けるんだな、何かわかるといいな、くらいに。
その後は同行させてもらえるようにいろいろと頑張って、彼と兄さん、お義姉ちゃんに認めてもらって、なんとか森に行くことができたんだけど、そこからはずっと驚きっぱなし。
森の状況、凶暴化した野獣、彼自身の能力、土地神様の巨岩の中(下?)にあった施設、そこであったたくさんの出来事……
気の遠くなるほどの大昔にあったという文明や、その時代に生きていた人たちに何らかの関係を持つ彼。
今でも森に入ってから出てくるまでにあった出来事は、すべて夢か何かだったんじゃないかって思うほど。
ただ、そのあとサテライトから村に戻って、久々に自分の部屋のベッドで横になっているとき、ふと思ったの。
ううん、多分その前から薄々気がついてた。
未来を夢見て描くことを諦めてしまっていた私が、彼と一緒であれば描くことも描き切ることもできない、そんな思いも寄らないびっくり箱みたいな未来へ辿り着くことができるんじゃないかって。
一度そう思ってしまったら、もうダメだった。私には、この憧れを手放すなんて、もう考えられなくなっていたの。
だから……
「もうすぐ夏が来て、夏が終わる頃には十八歳になって独り立ちでしょ?」
「あぁ、そうだね。」
だからね……
「少し早いんだけど……」
「うん。」
私は今にも駆け出しそうなこの足を止めたくないの。
「……村を出ようと思うの。」
「……わかった。好きなようにしなさい。」
「……兄さん?」
誕生日を前にして村を出ると言った私に、兄さんは頷きながら答えてくれた。
隣のお義姉ちゃんはニコニコと微笑んだまま、何も言わない。
反対されるか、怒られるか、そうで無くても止められるくらいはあるだろうし、何かしらネガティブな反応があるものだと思ってたんだけど……
「エリナちゃん、ルカさんと一緒に行きたいんでしょ?」
「えっ!?」
私の喉からなんとも間の抜けた声が飛び出した。
ルカの名前は一言も出してないのに、あっさりと言い当てられてしまって、驚きと気恥ずかしさに少し顔が熱い。
「な、なんで……」
「はははっ! エリナ、僕とセリーナが何年お前と一緒に過ごしてきたと思ってるんだ? 見てればわかるさ。可愛い妹だからな。」
「貴女が森に行っている間に、そんなことじゃないかしら? ってお話してたのよ~。」
テーブルの上でぎゅっと握っていた両手を、お義姉ちゃんが微笑みながらそっと手で包んでくれる。
「昔から村の外の世界に興味津々で、いろんな旅人や行商人の人に話しかけたり、マリウスの仕入れに無理やりついて行ったり、ずっとしてたでしょう? この村に収まって大人しくしている子だなんて思ってなかったのよ。」
「本当は懇意にしてる仕入先にでも頭を下げて、お前の面倒を見てもらおうと思っていたんだけど、セリーナがそれじゃあダメだ、好きに自由に生きさせてあげなさいってね。」
いつぞやの、森に行くのにルカに同行するのを渋々了承してくれた時のような、いや、その時よりはずっと穏やかな笑顔の中に寂しさが見え隠れする表情で、兄さんが私を見ている。
「ルカさんは一週間くらいゆっくりしてから村を出るって言ってたから、エリナちゃんが何か言い出すならそろそろかなぁ? って思ってたのよ~」
あ~あ、この人には全部お見通しかぁ……ほんとよく分かってるし見てるなぁ……
なんだかいろいろと見抜かれてしまっていることが小っ恥ずかしくて、苦笑いを浮かべるしかない。
「まぁあとはちょっと時間稼ぎにもなるかもと思って、ルカさんに頼まれてるネックレス作りも最後の仕上げだけ残して置いてあるの~。何か言われるまで置いておこうと思って~。」
「うそ……」
お義姉ちゃん、そこまでしてるなんて、ちょっと私も引くよ……
「それでエリナ、ルカさんには話したのか?」
「あ、ううん。それはまだ。森へ行くときもそうだったけど、ルカって相手がちゃんと考えて答えを出したなら受け入れるよ、ってスタンスっぽいでしょ? だから兄さんたちに話をするのが先かなぁと思って。」
なるほどなぁとちょっと感心するような反応をしながら、兄さんが唸った。
「エリナは意外と人をちゃんと見てるなぁ、僕よりセリーナに似てる気すらするよ……」
「意外とって何よ、意外とって。まぁお義姉ちゃんとも長く家族やってるんだもん。そりゃ多少は似てもくるわよ。」
「はははっ! そりゃそうだ。」
嬉しいような困ったような、いや寂しさだろうか。いろいろな感情がないまぜになった笑顔の兄さん。
兄さんと私を交互に見ながら穏やかに微笑むお義姉ちゃん。
私のわがままとも言える意思表示に、一言の反対も苦言も挟まず、ただただ肯定してくれた二人にもう一度ちゃんと向き直って、私は頭を下げた。
「兄さん。お義姉ちゃん。話聞いてくれて、賛成してくれて、ありがとう。私、いろんなところ行っていろんな経験してくる。かっこいい大人になってくるよ。」
「私はかっこいいんじゃなくて、今の可愛いエリナちゃんから美人のエリナちゃんになって欲しいわ~」
そういう容姿的な意味じゃないのよ、お義姉ちゃん……
「まぁその前にルカさんに認めてもらわないとダメだけどな。」
「そうね~。じゃあ今夜の夕食の時にでもお話してみたらどうかしら? そうと決まれば、準備始めなきゃ~」
頭を上げて二人を見ると、二人とも何事もなかったかのように席を立ち、いつものように兄さんはお店の在庫確認や売上の計算をしに店舗の方へ、お義姉ちゃんは可愛らしいお気に入りのエプロンを身に着けてキッチンへ行ってしまった。
私が巣立っていくのは当たり前のことなのだと、努めていつも通りに振る舞ってくれている二人の気持ちが暖かくって、私の顔は自然と綻んでいた。
さぁ、ルカには何と言って認めてもらうか、夕食までに考えなくちゃ。
椅子からひらりと下りた私は、軽い足取りで自分の部屋に戻ったのだった。




