第三十四話 護衛依頼
あれから数日が経った。
朝、ルカとエリナが役場前でアーヴと合流し、三人で少し他愛のない会話をした後、役場に届け出られている村周辺の害獣の情報がないか確認して、その日の午前中に討伐するターゲットを決める。
それから午前中のうちにターゲットにした害獣を討伐して村に戻り、リサと合流して彼女が持ってきてくれる弁当に舌鼓を打ったら、そのあとは試合形式で手合わせしてみたり、お互いに課題や気になるところを指摘し合ったりしながら、四人で夕方まで過ごす。
ちなみにリサが眺めているのは主にアーヴである。手合わせ中のエリナを応援したりもするが、ルカに至ってはほとんど気にもしていないようだ。
「リサ、あんた本当にアーヴさんばっかり見てるわね……」
「いや、だって今しっかり見ておかないと、次いつ会えるかわかんないし。」
「あっそ……」
そうやってこの数日は過ぎていったのだが、今日は違った。
いつも通りに一日を過ごし、夕方に四人で村の中央広場まで戻って、解散しようかとしていたところに、背後から声が掛かったのである。
「お話中のところ失礼します。少々お時間よろしいでしょうか?」
声のする方を振り返ると、そこに立っていたのは、以前陽だまり亭の前で会話したことのある、騎士の青年――ノアだった。
「これはノア様。私たちに何か御用でしたか。」
話しかけてきたのがノアだとわかり、ルカが普段とは態度を変え、改まった口調で応じた。
「ルカ殿。そしてそちらの傭兵の方は、アーヴ殿、でしたでしょうか。お二人に依頼したいことがありまして、お声掛けさせていただきました。」
「依頼、ですか。」
ノアはルカとアーヴの二人を交互に見るようにしながら、話しかけてきた。
依頼があると言われ、ルカとアーヴが顔を見合わせる。
「はい。人の往来のある場所では話しにくいことですので、あちらへご足労いただければと……」
ノアが陽だまり亭の方へ手で促す。
その先に目をやると、陽だまり亭の入口のところでエディルが満面の笑顔で戸を開けて待っていた。
アーヴを見やると、彼は小さく一度頷いて見せた。
「わかりました。とりあえずお話は伺います。」
「ありがとうございます。」
感謝の言葉とともに小さく頭を下げたノアに会釈を返し、ルカはエリナに向き直る。
王国の関係者がルカとアーヴを指名しているわけだが、この時点で"お国の事情"に一枚噛むことになるのは明白だ。
となると、不用意にエリナを連れて行き、その事情とやらに巻き込むのは彼女のためにならないだろうと考えたルカは、エリナを先に帰らせることにした。
「エリナ、話だけしたら帰るから、先に家に戻っていてくれ。」
「わかった。じゃあまた後でね……」
エリナに先に帰るように伝えると、ルカとアーヴ、加えて陽だまり亭が自宅であるリサの三人は陽だまり亭へ入っていく。
食堂スペースに足を踏み入れると、食堂に並ぶテーブルの一つに、一人の騎士が座っていた。
ノアがルカやアーヴを連れてきたことに気付き、椅子から立ち上がると、こちらに一歩近付いて軽く頭を下げる。
「ルカ殿とアーヴ殿とお見受けする。私は護衛隊の隊長を務めているセオ=エルヴァンと言う。お越しいただけたということは、こちらの話を聞いていただけると考えても?」
「ええ、依頼があるとだけ聞いていますので、詳しい話をお伺いできればと。」
「それでは……リサ嬢。」
「は、はい!」
セオとルカが言葉を交わすのを眺めていたリサは、唐突に名を呼ばれて驚き上ずった声をあげた。
「これから場合によっては機密情報を含んだ話になるかもしれん。すまないが席を外して貰えるだろうか。」
「も、勿論です! この後は夕食の準備ですので、キッチンに引っ込んでます!」
エディルとは違い、セオは立ち居振舞いがかなり貴族然としていて、丁寧ではあるが村娘にはかなり緊張する相手のようだ。
退出を促されて「失礼しました!」と大声で言うと、深々と頭を下げてから食堂奥のキッチンの方へ消えていった。
「ああも恐縮されてしまうと、なんだか申し訳なくなってしまうな。」
少し困ったような苦笑いを浮かべ、セオは先ほどまで座っていた椅子のところまで戻り、ルカとアーヴにも腰掛けるように促した。
「では失礼して。」
ルカとアーヴは小さく会釈するようにしてから、それぞれ椅子に腰掛ける。
それを見たセオも続くように椅子に座った。
「さて、依頼というのは他でもない、我々の追加要員として、護衛隊に加わってもらいたいのだがどうだろうか。」
「護衛、ですか。」
「ああ、あまり詳しいことは話せないが、我々の任務はある女性を目的地まで無事お連れすることでな。途中、事情があり欠員が出たので、その補充だとお考えいただきたい。」
「詳しい情報が出てこないとなると、護衛としてまともな働きは期待できないぜ? 少なくとも護衛対象の人数や移動中の隊列の形、目的地、移動経路辺りは欲しいとこだな。」
横からアーヴが口は挟んできた。おそらくこの手の話は傭兵の仕事で慣れているのだろう。
「それに、だ。そもそも護衛対象がどういう人物かすら伏せようとするほどの念の入れようなのに、素性のわからねぇ俺たちを加えるという判断も理解できねぇな。」
アーヴの言っていることは正しい。依頼の詳細がわからぬままではまともに対応できないし、たまたま村に逗留していただけの旅人や傭兵を護衛部隊に組み込もうとするのも疑問だ。
セオが少し眉をひそめるのがわかる。
「アーヴ殿の仰ることももっともだ。少し時間はかかるがもちろん話せることはすべて話す。そうだな、今の時点で話せることと言うと……」
セオは言葉を選びながら、今の時点で開示可能な情報を順に話してくれた。
護衛対象は貴族の女性が一人であること。
目的地はブレーヴェ村から北東の方角にある、ロイナー辺境伯領の領都バルディアであること。
隊列は一般的な貴族の護送隊列であり、移動経路も整備済みの街道を使用する予定であること。
「最後に、素性の知れない貴殿たちに依頼する判断について、だが……正直なところ、我々が採れる数少ない選択肢のうち、取り得る最善だろう、というだけだ。」
セオの説明によれば、追加要員の手配の為に王都に行くとなると、その間の護衛が手薄になるため、そちらの方がリスクが大きいと判断しているようだ。
そのため追加要員を現地調達できないかと考えた結果、ルカとアーヴの存在に行き着いたということらしい。
「人柄や素行などについては、申し訳ないが直近数日の行動を観察させてもらい、加えて村人たちに聞き込むなどした上で、問題ないと判断した。」
とはいえ、素性がわからないことは確かなので、実際には護衛部隊の中でも護衛対象からはある程度離れた場所で、護衛任務についてもらうことになると説明された。
「もうちょい細かいところまで聞きたいところだが……まぁいいか。相応に依頼報酬を支払ってくれるなら、俺はやってもいい。」
最低限の情報は引き出せたと判断したのか、アーヴは依頼を受けることにしたようだ。
先ほどまでは固い表情だったセオの顔に、少し安堵の色が見える。
「依頼の報酬については、相応の対価として一人につき金貨五枚分を約束しよう。領都バルディアにあるお屋敷まで無事護衛できれば、成功報酬を支払い、途中襲撃などがあればその際の働きに応じて報酬を追加する。支払い方法は金銭以外でも、宝飾品、武具など、その時点で準備できるものであれば別のものでも対応しよう。」
「……経費の方は?」
「依頼対応中の必要経費もこちらが負担する。それでどうだろうか。」
「わかった。それでいい。あと、出発の予定は?」
「早く出たいところではあるが、あと数日はこの村に留まる予定だ。できれば女性の護衛も一人追加したいのでな。」
最悪諦めるが、できれば男では差し障りのある場所やタイミングでの護衛が可能な女性を加えたいのだそうだ。
とはいえ残念ながら、現在村に女性の傭兵や旅人はいないので、数日粘りはするが、諦めることになるだろうとセオは言葉を濁した。
「で、ルカはどうするんだ? この依頼、乗るのか?」
「そうだな……セオ殿、前向きには考えますが、正式な回答は少し待っていただけますか?」
「承知した。出発の予定があるので、早急に頼む。」
「ええ、明日のうちには。」
ルカの回答は、一旦保留だった。
セリーナに依頼しているクォーツの状況確認や、次に向かうつもりだったサテライトとの位置関係とタイムリミットまでの余裕、エリナたちへの事情の説明など、セオへの回答の前に先に済ませておきたいことがいくつかあるからだ。
そうして二人は、セオやノア、エディルに軽く挨拶をしてから陽だまり亭を後にすることにした。
もう少し早く帰るつもりではあったのだが、内容が内容だけに少し時間が掛かってしまい、空はだいぶ暗くなっている。
アーヴは特にすることもないからと、さっさと役場へ戻っていってしまい、中央広場に残されたルカもエリナの家へ帰ろうと、すっかり暗くなった広場を雑貨屋に向かって足を進めていく。
広場と言っても辺境の村では広さも知れている。目的地に着くのにかかる時間は数十秒もかからない。
「ただいま戻りました。」
雑貨屋の正面ではなく、裏手の扉から家に入り、中にいるであろう三人に向けて声をかける。
「はいは~い。ルカさん、おかえりなさい。夕食までまだ少し時間がかかるから、お部屋で休んでてくださいね~。」
返事をしてくれたのはセリーナだった。可愛らしいエプロン姿で夕食の準備を進めている。
ちなみにマリウスは今日の店の在庫確認や売上の計算をしていて、エリナは自室でゆっくりと過ごしているらしい。
「了解です。じゃあ少し休ませてもらいますね。」
ルカはセリーナに一言断りを入れ、自身に割り当てられている部屋に向かった。
二階へ続く階段を登り、廊下の突き当りの右側にある客間が今ルカが使っている部屋だ。
元々は亡くなった両親の部屋だったと聞き、一度辞退しようとしたものの、今はただの客間であり、そこしか空きはないのだからと少し強引に押し込まれてしまった。
部屋の中は至極シンプルであり、ベッドと一対のテーブルと椅子があるだけだ。調度品の類はない。
ルカは手に持っていた荷物をテーブルに置くと、ベッドの上に仰向けになるように身体を放り投げた。
先ほど陽だまり亭で依頼された護衛の話の内容を思い出しながら、頭の中でアリスに話しかける。
「(アリス、今話せるか?)」
『(はい、大丈夫ですよ。明日の天気ですか? エリナの好みですか? それともセカンダリラボに行くまでの猶予の話、ですか?)』
さすがというかなんというか、アリスはよく分かっている。冗談めかしながらも、ルカが何を聞こうとしているのか、ちゃんと理解していた。
ルカがセオへの依頼の回答を即座にしなかった最も大きな問題はこの"猶予”を気にしていたからだ。
次に行くつもりだったサテライトは、方角的にはブレーヴェ村から見て南に位置しているが、依頼で伝えられた目的地は北東の方角にある辺境伯領である。
方角はほぼ真逆になるので、日程のロスには注意しておきたい。
それにしても、なぜエリナの好みの話などしようとするのか、なんとも反応に困る話である。
「(とりあえず、エリナの好みはどうでもいいよ……十分猶予はあったと思うけど、念の為に確認をね……)」
『(おや、残念ですね。楽しい話ができるかと思ったのですが……猶予の方は特に問題はありませんよ。そもそも最短で進めなければならないような日程でもありませんし、途中で大怪我など何らかの事情で数カ月の足止めもあり得ると見ていますしね。)』
元々ラボから各地を回ってセカンダリラボまで、複数の国境を跨ぎながら、長い距離を踏破する必要があるとわかっていたので、アリスとしては様々な理由での足止めや寄り道は織り込み済みのようだ。
また、理由はどうあれ様々な場所をルカが自身の目で見て回るということは、ことを成し遂げたあとに「どこでどうやって行きていくか」を考える指標にもなると考えていた。
そういった事情も改めて説明され、ルカはぼんやりと天井の模様を眺めながらアリスの気遣いのありがたさに破顔する。
『(もちろんリスクもあります。あまりルカの能力や知識について知られると、利用するなり取り込むなりしようとすることは容易に想像できます。)』
エリナには「できないはずの感応術の同時発動ができる」と指摘され、アーヴには「おそらくどんな武器でも高いレベルで扱える」と指摘されている。
アリスやラボ、サテライトに由来する「今の世界には存在し得ないもの」も複数持っている。
この辺りが貴族や権力者に知られるのは、無用の干渉を受けることになると言っているのだ。
『(まぁサテライトに行くわけではないですし、ルカがちゃんと自制した行動を取ってくれれば問題ないでしょう。)』
何やらやけに自制しろというところに圧を感じるが、意識せずに行動した結果エリナやアーヴに指摘される結果になっているので、ルカも強く反論はできない。
アーヴの指摘については、彼の傭兵としての経験や知見によるところが大きい気がするが、エリナからの指摘は世界の常識のようなものなので、似たようなボロは出さないように気をつけたいところではある。
「(自制できるかどうかはあんまり自信ないけど……じゃあ依頼は受けようか……一人で旅をするよりは、しばらく誰かと行動する方が良さそうな気もするし。)」
『(そうですね。護衛ということなので、若干の危険はあるかもしれませんが、一人で街道を歩くより、騎士や兵士のいる団体と行動する方が安全でしょう。)』
「(……そうだな。)」
そうと決まれば、クォーツの状況確認とエリナたちへの説明である。
夕食の時にでも話をすれば良いかと考え、ルカは夕食のお呼びがかかるまでの間は休憩時間にすることにしたのであった。




