第三十二話 女子たちの好み
エリナの自宅の裏庭でエリナと手合わせをした翌日のことだ。
ルカとエリナはブレーヴェ村の南東、隣街であるリヴィエナに向かう街道沿いの草原地帯まできていた。
目的は役場に届け出られていた害獣討伐の依頼対応の為だ。
今回は田畑を荒らす草原猪と、家畜や野営中の商隊の馬を襲う草蔭蛇が対象である。
草原猪は何と言っても猪なので、突進がかなり危険で、まともに喰らえば死の危険もあるが、それさえしっかり回避すればそれほど危険性はない。
どちらかというと、草蔭蛇の方が草むらに隠れていてわかりにくく、毒も持っているので、感応術で草を刈る、燻して草むらから追い立てるといった対応も必要で一苦労だ。
とはいえ、ルカが感応術を使ってしまうと、その辺りはあっさり解決してしまうので、どちらの害獣もそれほど苦労することなく午前中のうちに依頼されていた数を討伐することができていた。
「そういえば、"馬"は今も"馬"なんだな。」
「あー……なんかアリスが言ってたね。旧時代に存在してたものと似てるものに、同じ名前がつくように、頑張ったんだっけ?」
"鶏"は"ガリナ鳥"に、"じゃがいも"は"ドマリ芋"に、歴史の中で色々と名前はつけられるわけだが、似たものは同じ名前の方がルカが生きていく上ではいいのではないかと考えたアリスは、いくつかのサテライトなど関連施設が遺跡として見つかってしまう時に古文書や壁画のような形で文化の"調整"を試みたらしい。
さすがに成功例は少なかったようだが、それでもいくつかの近縁種は同じ名前にすることができたのだとか。
その一つが"馬"だ。まぁ四本脚でたてがみと尻尾を靡かせて走る姿は馬そのものである。頭に二本の角がなければ。
そんなサテライトでの思い出話をしながら、二人はセリーナが持たせてくれた弁当に舌鼓をうつ。
腹ごなしに訓練やエリナとの手合わせをこなしたあと、日が傾き始める頃に役場へ討伐報告のために向かおうと村の中央広場に差し掛かった時だった。
「あ、アーヴさーん! 村に来てらっしゃるってほんとだったんですね!」
やけにテンションが高く、嬉しそうな少女の声が聞こえた。
中央広場の外側まで聞こえるその声の主は、陽だまり亭の娘のリサである。
「リサ、テンション高……! あ、アーヴさんがいるのか。そりゃテンション上がるわ……」
ルカの横でエリナが引きつった顔でリサを見ている。
「というか、エリナもリサもアーヴとは知り合いなのか?」
「ルカもなの? いや、私たちは1か月前くらいにアーヴさんが陽だまり亭にしばらく泊まってたから、その時にね。」
「あぁ、それもそうか。陽だまり亭を勧めてくれたのはアーヴだったしな……それにしても……」
「リサでしょ? あの子、アーヴさんみたいながっしり筋肉質な人がどタイプなのよ……」
女性に扱いに慣れているのか、前のめりに攻めてくるリサを手慣れた感じでアーヴがのらりくらりと躱している。
エリナと半ば呆れたように眺めていると、アーヴがこちらに気付いたようで、軽く手を上げて声をかけてきた。
「お、ルカじゃねぇか。そっちは嬢ちゃんとデートか?」
「アーヴ、やめてくれ。彼女にも選ぶ権利ってものがあるだろう。」
「お、おぅ……お前、意外とそういうところしっかりしてんだな……」
軽く冗談のつもりだったようだが、ルカに至極まともに返されてしまい、アーヴは肩透かしを食らったような表情になっていた。
逆にエリナは元々が「陽だまり亭の店員と客」という間柄なせいもあり、否定したいが強く言うこともできず、一人で口をぱくぱくさせながら声にならない声をあげている。
「で、デートじゃないってんなら、二人で何してたんだ?」
改めてアーヴが問いかけてきた。特に隠すことでもないので、村の近隣で訓練を兼ねて害獣討伐の依頼を請けていること、エリナに頼まれて彼女の訓練に付き合っていることなど、簡単に説明して聞かせてやる。
しばらく相槌を打ちながら静かに聞いていたアーヴは、一通り説明したところでおもむろに口を開いた。
「なぁルカ。それ、俺も一緒に行っていいか?」
また冗談かとも思ったが、表情はへらへらとしているわけでもなければ、どうしても同行させて欲しいと懇願するようでもない。
言ってしまえば「ただ軽く誘ってみた」という程度のノリである。
「いや、俺は構わないけど……」
一応は二人で動いているわけで、ルカはアーヴの提案への回答をどうするのかと、エリナの方へ視線を向けた。つられてアーヴとリサもエリナを見る。
「え? わ、私? えっと……」
全員から見られる形となり、エリナは思わず一歩後退りながら口籠った。
それを見かねたのか、アーヴが頭を掻きながら口を開く。
「あー、いきなり言われちゃ困るわな。まぁなんだ、ここしばらく移動ばっかだったし、ここでも役場でダラダラしてるだけだからよ。俺も腕が鈍らないように害獣討伐に出るのはありだなと思ってな。だったら一緒に動いたほうがリスクも下がるし、いいだろ?」
「ま、まぁ確かに……」
目的自体におかしなところはない。
エリナから見て、陽だまり亭の客としてのアーヴしか知らないが、悪い人間ではなかったのもわかっている。
ただ、エリナにとっては害獣討伐に同行すること自体は重要ではない。彼女にとって重要なのは訓練の方だ。
それを見越していたのか、アーヴは一つ提案を加えた。
「あとあれだ、ルカに訓練見てもらってるみたいだが、やってるのはただのトレーニング的な訓練じゃなくて"戦闘訓練"だろ? 同行していいってんならそっちも手を貸すぜ。見たところルカと俺じゃ獲物もスタイルも違うだろうし、参考になることはあるだろ。」
「ほ、ほんと?」
アーヴの同行の提案に終始どう答えたものかと困り顔だったエリナの表情が、一変して明るいものに変わる。
確かに彼の言う通り、訓練を手伝ってもらえるのであれば、それはエリナにとっては願ってもない提案だった。
「じゃあ私はいいよ。その代わり、訓練お願いします!」
「……嬢ちゃん、やる気あんなぁ……」
エリナがやる気いっぱいの表情を見せ、アーヴが苦笑いしていると、横からもはや空気のようになっていたリサが声を上げた。
「ちょっとぉー! 私をほっとかないでよー! あ、その訓練、村を出てすぐのところにしません? 朝から三人で害獣討伐に出かけてお昼に戻ってきてくれたら、私が四人分のお弁当持ってくるんで! で、訓練はお昼のあとにしたらいいと思いません?」
「お! マジで? じゃあ昼はおやっさんのガリナ鳥料理が食えそうだな!」
名案とばかりに両手をぽんと叩き、弁当の持参を申し出たリサに、今度はアーヴが食いつく。
傭兵としての仕事帰りに陽だまり亭を目当てにブレーヴェ村に寄ったものの、目当ての料理にありつけず、それなりに残念に感じていたようである。
「それはそうと、アーヴは急ぐ予定とかはないのか?」
「ん? ああ、別にないぞ。元々仕事もだいぶ余裕があったし、次の仕事も特に入れてなかったからな。羽休めにこの村でゆっくりしてから帰るつもりだったんだよ。」
「そうか。じゃあ明日からしばらくの間、よろしく頼むよ。リサちゃんも、お弁当の提案ありがとう。明日から楽しみにしてるよ。でも、必要なお金はちゃんと請求してくれるかい?」
「あ、はい! ありがとうございます! アーヴさん! 頑張って美味しいお弁当準備してきますね!」
ルカへの返事もそこそこに、リサはアーヴに向かって熱い意気込みをぶつけている。
両手をぐっと握り、鼻息荒くアーヴに迫るリサを横目に、ルカとエリナは今日のところは役場に討伐報告をして帰るということを伝え、翌日の待ち合わせについてだけ決めてから、その場を離れた。
今日の討伐報告の内容などを確認しながら役場に向かって歩いていく二人の背を見ていたアーヴがポツリと呟く。
「ところでリサちゃんよ。あの二人って実際のところどうなんだ?」
「うーん……私から見てる限りそういうのではないですね。ルカさんがどう思ってるかは知りませんけど、エリナの好みはもっと王子様な優男風……というかアルヴェイン王子なので。」
「マジの王子様じゃねぇか。」
アーヴの問いにリサは自身の見解を述べた。
ちなみにアルヴェイン王子はヴェールスフィア王国の第一王子だ。
容姿端麗で性格は温厚、さらには頭脳明晰と三拍子揃った、まさに「理想の王子様」である。
「しゃあねぇなぁ、明日からあんまり弄らず真面目に訓練相手してやりますかね……」
「そのへんは私からもお願いします。あの子多分いろいろ考えてるんだと思うんで……」
すでに姿は見えなくなってしまったが、二人が去った方を見ながら、アーヴとリサの四方山話はその後日没頃まで続いたのだった。




