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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第七章 日常に差しはじめた影

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第三十一話 手合わせしてみる

 雑貨屋「ブレーヴェの樹」が開店時間になると、村のご婦人たちがその日必要なものを買いに訪れる。

 開店時間から一時間ほどはこうしたご婦人たちで少し混雑する時間帯だ。

 そんな中、商品の精算、店頭の不足品の品出し、商品の詳細や次回入荷予定の説明と、店主のマリウスと妻のセリーナは忙しく動き回っていた。

 もちろんエリナも何もしてないわけではなく、いろいろと手伝いをしている。

 短期間とはいえ、今は居候のようなものなので、ルカは自分も何か手伝えないかと申し出てみたものの、マリウスにはやんわりと断られてしまっていた。

「お客様として特別扱いする気はないんですよ。ただね、簡単にお任せできるような作業ってのがそれほどなくって……」

 申し出があったものの、それを断ることがそれはそれで少し申し訳ないように感じるのか、少し苦笑いを浮かべながら続ける。

「買い物に来るお客様の一人ひとりが皆顔見知りの村人たちなので、それぞれのバックグラウンドや好み、最近買ったものなんかをちゃんと把握してお話する必要があるんです。ただ欲しがっているものだけを売りたいわけじゃなくて、本人が気付いていないけど足りなくなりそうなものや、買いすぎになりそうなものも、それとなくお客さん本人に気付いてもらえるように誘導したりしてましてね。小さな村の小さな雑貨屋ですが、小さいなりに考えて経営してるってことですよ。」

 村で唯一の雑貨店であり、惰性で経営しても相応の利益は出るのだろうが、マリウスは店にとっても客にとってもいい取引になるようにと考えているのだろう。彼なりの経営哲学なのかもしれない。

 そうなってくると、日頃の彼らの仕事ぶりを知らないルカにできることは本当に倉庫から指示された商品を運び出すくらいしか手伝うことがない。とはいえそのあたりはエリナがさらりとこなしてしまうし、これは無理を通して手伝おうとしたところで邪魔にしかならないだろう。

 ルカは無理を通すことはやめ、客の入りが落ち着くまでは大人しく一人、雑貨屋の裏手にある裏庭で身体を動かして過ごすことにした。

 これはもはや日課のようなもので、時間がある時は毎日何かしら鍛錬に勤しむようにしている。

 ラボで最初に三週間みっちり身体を追い込んだこともあり、人並みには動けるようにはなっているが、ルカとしては今後の旅のことを思えば決して十分な体力があるとは考えてはいない。

「やっぱりなんだか申し訳ないよなぁ……」

 ショートソードを片手に、身体の動きを確認しながら独りごちる。

 手にしたショートソードは森での戦闘でだいぶ切れ味が鈍り、刃毀れもひどくなっていた。

 元々が量産品で質のいいものでもなく、すでにルカが個人で手入れできるレベルではないし、武器職人なり鍛冶師がいれば手入れして刃を研ぎ直して使うこともできなくはないだろうが、この村ではそれも望めない。

 そういう事情もあり、ルカは朝食後に店の商品を見せてほしいとマリウスに頼んでいたのだ。

「まぁその分は買い物で返すか……」

 いずれにしても買い物は必要だし、手持ちで支払える範囲内であれば、店の売上に貢献することにしようとルカは考えている。

 幸い森に行く前の"慣らし"で村の周囲の野狼(グラスウルフ)などを討伐した報酬がそこそこ残っているので、足りないということはないだろう。

 マリウスが商品ラインナップを見直したとも言っていたし、多少は使えるものがあればいいのだけれどと思いながら、ルカは訓練を続けた。

 サテライトへ行っていた間に溜まった疲労は、まだ回復したとは言えない。身体の奥が少し重い感覚が残っていて、訓練は少し億劫だ。

「術を使いすぎるのも影響ありそうだよなぁ……地力を上げておかないと……」

 そうやって小一時間ほどが経った頃、エリナがひょっこりと裏手に現れた。

 服は着替えたのか、ワンピースではなく動きやすい服に変わっている。

「やっほー。お店、ちょっとお客さん減ってきたよー。」

 どうやら人の入りが落ち着いてきたので、店で商品を見る余裕ができたことを伝えに来てくれたらしい。

「そうか。ありがとう、すぐ行くよ。」

 手に持っていたショートソードを鞘に収め、薄っすらと額に滲んだ汗を拭うと、店へ向かおうと歩き出す。

 そこへ、唐突にエリナが駆け寄ってきた。

「ルカ。はい、これ。」

 手渡されたのは、しっかりと刃引きされたダガーだった。

 よく見るとエリナも同じものを一本持っている。

「えーっと……これは?」

「そりゃあ人気のない場所で男女が二人、刃引きしたダガーを持ってすることと言えば~? そう! 手合わせ!」

「なんでだよ!」

 イヒヒと白い歯をのぞかせながらいたずらっぽく笑って見せるエリナに、思わず強く突っ込む。

 なんでいきなり手合わせなのか……

「いやぁ、サテラ……っと。森からずっとゆっくりさせてもらってて、ようやくある程度動けるようになってきたし、なまった身体をほぐすには実戦っぽく手合わせするのがいいかなぁと思ってね。」

 二人だと気が緩むのか、思わずサテライトと口にしそうになって、慌てて言い直しながら、理由を並べるエリナ。

 確かに昨日今日とかなり体調も回復し、体力も戻ってきているようには見える。

「それにさ、まともにルカに手合わせしてもらったことなかったなーと思って。ダガー使ってる時のルカの動き、すごく参考になるし、気付かされることがたくさんあるんだけど、離れて見てるだけじゃなくて、間近でも見てみたいしね。」

 どうしたものかとルカがため息をつきながら思い悩んでいるのを横目に、エリナはそのまま続ける。

「ということで、三本お願いしまーす。そうだなぁ、一本でも取れたら私の勝ちね。一本も取れなかったらルカの勝ち。で、勝ったほうが一つ相手に何かお願いができるってことで、どう?」

「はぁ~? お前何を勝手に……」

 次々と手合わせの回数や勝利条件、賞品などを勝手に決めながら、ルカの横をすり抜けて裏庭の奥の方に向かう。

「感応術の使用は禁止、純粋にダガーと体術だけで有効打を当てたら一本!」

 エリナはくるりと振り返って、人差し指をピンと立てて笑う。

「おい……」

「まぁまぁいいじゃない。どうせ一本数分もかからないんだから、三本やっても十五分もかからないって。ね?」

「はぁ~……わかったよ。」

 こういった感じで絡んでくる場合、エリナはだいたい折れる気がない。このまま強引に話を進めようとする。

 抗議をしてもおそらく意味を成さない。ルカはそうそうに諦め、仕方なく付き合うことにした。

「よぉし。私だってそこそこやるんだって見せてあげるよ!」

 気合は十分、早速始める気満々でエリナが構えているが、先に一つ突っ込んでおくべきことがある。

「ところでさぁ、勝った方がお願いできるってやつ、自分の勝率が低いのを分かった上で言ってるんだと思うけど、それって逆に俺の方がお願いできる権利がどんどん溜まっていくってこと、分かってる?」

「あ……あー……」

 気合を入れて格好までつけたというのに、指摘されるまでその問題にまったく気付いてなかったエリナは、真っ赤になって両手で顔を覆っていた。

「ごめんなさい。それは負債がすごいことになっちゃう……普通に手合わせお願いしますぅ~……」

「……はいはい。」

 それからしばらくの間、血気盛んに突っ込んでくるエリナ相手に、ルカが受けに回りながら、手合わせとは名ばかりに戦闘訓練が行われたのだった。

 といってもだいたいはエリナがムキになって突っ込みすぎたところを、あっさりルカにひっくり返されてしまい、エリナが目をパチクリする、というシーンの繰り返しだったが。

 結局三本と言いながらも何本か追加で相手をすることになってしまい、手合わせが終わる頃には二人ともしっかり汗をかく羽目になってしまった。

「で、なんでいきなり手合わせだなんて言い出したんだ?」

 左手を腰に当てて、少しため息混じりにルカが問いかけてくる。

 エリナは人差し指を唇に当て、うーんと考える素振りをしながら小首を傾げる仕草で少し黙ってから、おもむろに口を開いた。

「んー、なんというか、いろいろだよ、いろいろ。なまった身体をほぐすって話も嘘じゃないけど、私の実力がどんなものか見てもらいたかったし、ルカとの間にどれだけの差があるのか理解したかったし。あ、あともしかしたら何かの拍子に一本取れてお願いする権利をもぎ取れるかもとは思ったかな~。」

 苦笑いとも照れ笑いともつかない不思議な笑顔を見せながら答えるエリナを見ていたが、ルカにはその理由が本当だとは思えなかった。

 嘘でもないのだろうが、言外の意図があるということが、なんとなく見え隠れするのである。

「ふむ……別に俺にできることならお願いの一つくらい聞くけど?」

「あー、ダメダメ、そういうので権利貰っても意味ないから!」

 結局一本も取れてはいないのだが、ルカとしてはエリナの頑張りも見えているわけで、半分お情けではあるが「お願い」とやらを提案してみたものの、エリナはそれを手を振りながら拒否した。

「ちゃんと頑張って、ちゃんと一本取る。」

 左手をぐっと握り、半ば宣言するかのようにエリナが言った。

 一体何を「お願い」するつもりなのだろうか。そもそも「お願い」が目的なのかもわからないし、気にもなるが、おそらく今は聞いたところで話してはくれそうにない。

「(何か思うところがある、ってことか……)」

 そんなことを一人考えていると、エリナが続けて話しかけてきた。

「ということで、今日から私も一緒に訓練させて! お願い!」

 両手を顔の前で合わせて拝むようにしながら、少し首を傾げてこちらを見上げる。

 まぁ一緒に訓練するのは構わないが……

「それがお願いなのか?」

「あ、そうじゃない! いや、お願いだけど、そのお願いじゃなくて!」

「ははっ……」

 わかってはいたが、お願いと聞いてちょっと意地悪く返してしまい、エリナの慌てっぷりがおかしくて吹き出してしまった。

 手合わせを吹っ掛ける為の方便というわけではないのだろう。

 まぁ、村を離れるまでの間は結果はどうあれ付き合ってやることはやぶさかでない。

「わかった。まぁ俺も一人で身体動かしてるだけじゃ物足りないしな。前みたいに村の周辺の害獣駆除でもしながらやれることをやってみようか。」

「やった! ありがと!」

 ルカの言葉を受けて、心底嬉しそうに笑顔の花を咲かせながら小躍りするように喜ぶエリナ。

 現金なやつだなぁと少し呆れて見ていたが、そんなエリナの様子を見ていると、裏口の扉が開き、セリーナがひょっこりと顔を出してきた。

「エリナちゃん、ルカさん呼びに行ったと思ったら全然返ってこないじゃない。もうお昼よ~?」

 言われてみれば、太陽はほとんど南中の位置に来ているし、小腹も空いたような気がする。

「えへへ……呼びにはきたんだけどね~。ちょっとルカと話し込んでたらこんな時間になっちゃった。」

「あらあらまあまあ……そうなの~?……うふふ~」

 エリナの言葉をどう捉えたのか、セリーナはエリナの表情を眺め、微笑んでいた。

 じーっと自分を見る義姉に気付いたエリナは、少し引きつった顔で戸惑ったような表情を浮かべている。

「ちょっと、お義姉ちゃん……何考えてんのかわかんないけど、変なこと言わないでよ……」

「なんにも言わないわよ~。ほら、早く手を洗って戻っていらっしゃい。お昼にしましょ。」

「……(お義姉ちゃん、変な勘違いしてる気がするなぁ……)」

 楽しそうに笑みを浮かべながらセリーナが家に引っ込んでいくのを見送りながら、エリナはため息混じりに心の中で呟いたのだった。

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