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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第六章 帰還

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第二十七話 術のリスクと帰村準備

 暗い。

 空には月明かりはおろか、星の瞬きもなく、眼下に広がるのは漆黒の森だけ。

 光源と言えるものもなく、目的地がどこなのか判別は困難だった。

 村の近くから飛び立ち、進む先の方角に、眼下の黒が少し"薄い"場所が見える。たぶんあの場所がサテライトじゃないか。目を細めて見るが、確証は持てない。

「(アリス、だいたいこっちの方だと思うんだけど、合ってるか?)」

『(大丈夫です。ちゃんと合っていますよ。巨岩への衝突だけは避けるようにしましょう。)』

 どうやら合っているらしい。

 方向と高さを調整しつつ、目前まで迫ってきた目的地に、着地のための感応術を発動して巨岩周辺の草原に降り立った。

 足元すらよく見えないほどの暗さに目を凝らしながら、サテライトの入口である巨岩の窪みに向かって足を踏み出す。

「さすがにちょっと疲れた……?」

 窪みの影が、巨岩が、周囲の森が、よく見えない。唐突にルカを襲う妙な浮遊感。

 膝ががくんと折れ、ルカは思わず地面に両手をついてしゃがみ込んだ。

「な……え?」

 状況が飲み込めず、焦点が定まらない視界に困惑する。

『(ルカ? 大丈夫ですか? 何があったのですか?)』

 アリスが異変を感知したのか頭の中に声が聞こえる。

「(あ、あぁ……突然視界が暗くというか、一瞬意識が飛んだというか……)」

 ルカは膝をついた状態のままの姿勢で動きを止めている。というよりは"うまく力が入らない"と言ったほうが正しい。

『(ルカ、とりあえず今のところ、周囲のセンサーに森狼(フォレストウルフ)などの存在は確認できませんので、そのまま少し身体を休めましょう。)』

 アリスはサテライト周辺のセンサー情報から、危険な生物が接近していないかを確認しつつ、ルカの状況についての分析をはじめた。

 幸いサテライトに到着してからの彼の行動はブレーヴェ村に滞在していた時以外のほぼすべてを把握している。

 村との往復の間のことも定期的に連携できていたので、ある程度の予測は可能だ。

 サテライトのリソースのうち、自由に使えるものは多くはないが、アリスはその残存リソースをうまく調整しながら分析を進めていく。

 ほどなくして、アリスは一つの可能性へたどり着いたが、説明よりも先にルカにサテライトへの帰還を促すことにした。

 予想が正しければ、一時的だが多少の回復が見られるはずだ。

『(ルカ、どうです? 動けそうですか? おそらく少しですが身体を休めたことで、多少は動けるはずです。今のうちに、サテライトの中へ……)』

「(え? あ、あぁ……)」

 アリスに促され立ち上がろうと試みる。

 まだ頭がぼんやりするし、足取りも怪しい感じがするところもあるが、何とか歩けそうだ。

 ヨロヨロと左右に小さくふらつきながらも、ルカは巨岩の窪みからサテライトへ帰り着いた。

 通路を通り、階段を下りて中央制御区画へ入ると、操作パネル前の椅子に腰掛ける。

「突然何だったんだ……エリナみたいに森狼(フォレストウルフ)から怪我させられたりとかもないはずなんだけど……」

 それなんですが――とアリスが話し出した。

『おそらく先ほどの不調は軽度の"低血糖脳症"のようなものではないでしょうか。詳細な検査をしたわけではありませんが、十中八九正しい所見と考えます。』

 低血糖脳症――脳のエネルギー源であるブドウ糖が少ない状態になると起こる症状だ。ひどくなれば意識障害や死に至ることもあるはずである。

『細かい原理や説明は省きますが、感応術を使いすぎたことが直接的な要因でしょう。感応術を使うということは、術の発動の為に脳に極度の集中状態を強いることと同義です。一般人であれば気怠(けだる)いだの疲れただのといった程度で済みますが、貴方はB.N.I.C(ビーニック)の"思考補助機能"による支援によって、同時並行で多数の感応術を発動できてしまう。脳に高い負荷を与え続けた結果、脳が大量のエネルギーを必要としたため、一時的に低血糖脳症の状態に陥った、というところでしょう。』

「確かにあり得るし、筋も通ってる。となると戦闘時の術の使い方は少し考えなきゃな。」

『えぇ、今後は術の使い方やエネルギー源となるものの摂取タイミングなど、考えていく必要があるでしょうね。』

 残念ながら、便利な能力ではあるが、際限なく行使できるものではないということだ。

 特にルカの場合は、強力でかつ多重発動できるがゆえにリスクも高くなると考えねばならない。

 このリスクが今わかったのは幸運だったと言える。先日の戦闘中に先ほどのように意識を失っていたらと思うとゾッとする。

「何にせよ今も低血糖の状態のままだし、エリナの様子も見つつ飯にするか……」

『はい、それがいいでしょう。エリナも先ほど目が覚めたようなので、声をかけておきました。まずは顔を見せに行きましょう。』

 まだ少し重い身体に力を込め、ルカはエリナのいる個室の方へ行こうと中央制御区画を出ていった。


 ◇◇◇


 ブレーヴェ村からルカが戻り、それから二日の間、ルカはエリナの回復のために時間を費やした。

 とはいえずっと彼女を寝かせたまま世話を焼くだけというのも手持ち無沙汰ではあるし、やることが何もないというわけでもない。

 アリスから森の異変に関して調査分析してもらった結果を再度確認し、村へどう伝えるべきかを考えたり、セラフのレールガンモードでの射撃を試してみたりといった感じだ。

 特にセラフのレールガンモードでの試射を行ったのは正解だった。通常の銃としての運用もこの世界では驚異的な威力ではあったが、レールガンとしての威力はさらにその数段上を行くものだったのである。

 これはセラフ本体の性能が良いのもあるが、発射に必要な電力供給手段を変更せざるを得なかった事情が良い方向に転がった。

 そもそもセラフ自体は携行可能な専用バッテリーにより供給される電力でレールガンとしての運用を可能にしていたのだが、この世界には電力を扱うという考え自体がない。となると専用バッテリーを充電する手段を得ることも難しくなる。

 ラボやサテライトであれば可能な設備もあるだろうが、専用バッテリーの充電のためにその都度どこかのラボやサテライトに寄り道するわけにもいかない。

 そこでバッテリーの代わりとして感応術による給電を試してみたところ、これがハマった。

 小規模ながら自然界で発生する雷すら再現できるのだ。専用バッテリーの代わりどころか、より高威力での射撃を実現してしまったのだ。

 試射では空に向かって撃ったために問題にはならなかったが、アリスの分析によれば石積(いしづみ)の壁や総金属製の盾ぐらいは問題なく撃ち抜けるだろうとのことだった。

 つまりセラフは目視での回避が難しく、盾で受けても貫いてくる以上、現時点でこの世界最強の対人兵器と言うことになる。

 もっとも、通常モードでの銃弾にしても、レールガンモードでの発射体にしても、今のところ手元にあるものしかなく常用できる武器ではない。

 特に通常モードで使用する銃弾はラボやサテライトにあるものだと古すぎて不発弾の混入率が高く、信頼できない以上、威力や条件、リスクなど、諸々考慮した上でここぞという時にだけ使うレールガン、という扱いが妥当だろう。

 アリスによれば鋼などの金属のみで構成する発射体であれば、この世界の職人でも作ることはできそうなので、どこかで頼りになる鍛冶師か金属加工職人に協力して貰う必要がありそうだ。

 また、森の異変については、旧文明そのものではない、まったく別の「昔の機構によるもの」とすり替えた上で、村人たちへ伝えてしまうことにした。

 エリナに対して道すがら説明していた、サテライトや本来の旧文明の話を伏せた「旧文明の遺構調査」という内容を、そのまま転用するのである。

 土地神様の巨岩近辺は、元々古い遺構跡であり、当時は近隣地域の土壌改良を行う仕組みを備えたものであったこと。

 永い時を経る中で様々な細かい不具合が積み上がり、土壌改良の機構が制御不能になっていたこと。

 際限なく土壌改良が進められてしまった結果、常に過剰な栄養素を与え続けられたような状態になり、木々や草など森の植生が変化してしまったのだということ。

 動物は森の中での動きを制限されてしまった結果、より強力な個体だけが生き残り、かつ必要に応じて共生するなど行動変容が見られるようになってしまったこと。

 そしてこの遺構の異常については、元々秘密裏に動いていたルカが調査し、手を加えることで安定化が図られ、今後徐々に改善に向かうであろうこと。

 多少強引だとは思ったが、このあたりが落とし所ではないだろうか。

 合わせて状況が好転し始めるまでには時間がかかるので、少なくとも向こう数年は森への立ち入りは避けるように、とでも言い含めておけばすぐに調査だなんだと粗探しされてしまい、早々にボロが出ることもある程度押さえられるだろう。

 実際のところ、巨岩周辺の地面に見えていた筋状の金属質の物体がサテライトに備わっている環境調整モジュールのアンテナのようなものらしく、それの異常が原因の一端なのであながち外れでもない。

「(これで村へ戻るための準備は概ね整ったかな……)」

 ルカは頭を巡らせながら、一つずつ部屋を回り、やり残したことが無いかを確認していく。

 アリスから提示された確認や修復対応、整備室での有用な品物の探索、セカンダリラボの状況の確認、そして最後に突然倒れることになってしまったエリナの看病。

 不測の事態もありはしたが、セラフの驚異の性能や感応術のリスクなども知ることができ、まぁまぁ有意義な滞在だったとも言えよう。

 また、薬の生成ができたことも大きかった。今後のことを考え、いくつか薬を生成し、複数のバイアルに封入して持ち出すことにしている。

 部屋を一通り回り終えたルカは、最後にエリナのいる個室に向かった。

「エリナ、調子はどうだ?」

「あ、ルカ。体調ならもうかなり良くなったよ! まだ気怠(けだる)さもあるけど、とりあえず歩き回るくらいなら問題無さそう。」

 ベッドの上で上半身を起こして座っていたエリナが、白い歯を覗かせながら、ぱっと明るい笑顔を見せる。

 一時は昏睡に近い状態にまでなっていたことを考えれば、ずいぶん回復したものである。

「じゃあもう少しってとこか……早く帰ってマリウスさんとセリーナさんを安心させてあげないとな。」

「あー……そうだね~……」

 何やら心配事があるのか、エリナは少し表情を曇らせた。

 心配させたことは確かではあるし、叱られはしないまでも何かしら言われるんじゃないかと思っているところだろうか。

「ねぇルカ。村に戻ったらそのあとどうするの?」

「ん? そうだなぁ……まぁ色々とあったから、数日か一週間ほど休息をとって、そのあと次の目的地に向かって旅を再開することになるだろうな。」

「ふーん……まぁそうだよねー……」

 エリナが村への帰還後について、ルカに問いかけた。

 わかっていたことでもあるので、どちらかというとルカの行動予定の確認、といった感じである。

 旅を再開するとわかると、腕を組んで瞑目し、うんうんと唸りだした。

『となると、村で二人の旅はおしまい、ということになりますね。ルカは一人旅ですか……寂しくて困りますねぇ……』

「別に子供じゃあるまいし、一人旅ってのもそれはそれで気楽だっての。(どうせ遠隔通信機能で話しかけて来るんだろ……)」

『(ふふふ……そうでしたそうでした。良かったですね。)』

 面白がるような様子のアリスに、ルカはため息混じりに返す。遠隔通信での会話に関しては、さすがにどこでも可能というわけではなく、ある程度稼働可能な状態であるラボやサテライトから、専用の通信波が届く範囲である必要があるらしい。

 また、現状では電力問題も十分なレベルに改善したわけではないので、道中の話し相手というのも難しいようだが。

『ところでルカ。現状のエリナの回復ぶりだと森の中を歩いて帰るのは少々無理がありそうですが、どうするのですか?』

「あぁ、それについてはちゃんと考えてるよ。」

 何やら思案顔のエリナを横目に、アリスが村への移動方法についての懸念を口にする。

 アリスの言う通り、現状のエリナの回復状況や体力を考えると、サテライトまで来た時のように徒歩で移動するのは、彼女への負担が大きすぎる。

 かといって先日村まで往復した時のようなゴリ押し感応術を、エリナを背負ってやるというのも、別の意味でエリナへの負担が無視できない。

 諸々の課題を解決しつつある程度早く移動できる手段はないかとこの二日間考えた結果、ルカは後方の足元から感応術でつむじ風を作り出し、自身の重量を極小化する方法を思いついた。

 重量が極めて軽い状態になってしまえば、自身の跳躍力だけでかなり高く、そして速く移動できるはずである。

 跳躍後は高度が下がってきたタイミングで足元に瞬間的に超圧縮した空気の膜を形成し、再度ジャンプすれば良い。

 重量が軽い状態であれば、ジャンプや着地の衝撃もごく小さいものになり、エリナを背負っていたとしても彼女の負担になるほどの衝撃にはならない。

「問題はエリナをどうやって運ぶかかなぁ……」

 さすがに巨岩の窪みに飛び込んだ時のように肩に抱えるのはなしだろうしなぁ……とルカは独りごちる。

 何やら二人それぞれが悩ましげな表情を浮かべているのを見ながら、アリスは小さく呟いた。

『二人とも何を悩んでいるのやら……』

 その声は呆れつつもどこか優しげな体温を感じるものであった。

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