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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第四章 北の森

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第十五話 焚き火を囲んで

 夕食を終えて一息ついた後、俺はエリナと話をすることにした。

 あれこれと教える事が(はばか)られる情報を曝け出すつもりはないが、一緒に行動する以上、軽口であれ何であれ考えていることを言い合い、持っている情報を共有することは信頼関係の醸成に一役買ってくれるはずだ。

 ブレーヴェ村で出会ってから、まだ二週間程度。信頼関係が機能するほどの関係性はまだないしな……

「さてと……それじゃあ休む前に少し話そうか。」

「え? うん、良いよ。」

 何やら少し楽しそうにしていたエリナだったが、こちらから会話に誘うとほんの一瞬だけ視線を空の方に向けたあと、こちらに向き直り同意してくれた。

 それからは取り留めのない話題に花を咲かせた。というか、どちらかと言うとエリナが一方的に喋っていた。

 なんせエリナは年頃の女の子。それこそ陽だまり亭に手伝いに来ている時、リサとの会話の様子は(かしま)しいの一言に尽きる。

 加えて俺は弁が立つわけでは無いし、出生の関係で初めて声を出してから二か月も経っていないこともあり、たくさんのことをつらつらと話すこと自体に慣れていない。

 結果、適度に相槌を打ちながら、彼女の言葉に耳を傾けている時間の方が圧倒的に多くなってしまう。

「――ってことがあってね、ほんと面白かったんだ~。」

 自分のこと、家族のこと、村のこと、幼馴染のこと、旅人たちから伝え聞く世界のこと――

 エリナは本当に楽しそうによく喋った。言葉の裏には嫌らしい考えも後ろめたい気持ちも無いのだろう、可愛らしく可憐な声は耳にするりと入ってくる。

 心地よく、どこか暖かい。にこにことよく笑い、パッと笑顔の花を咲かせたかと思えば、時に自分で暴露する少し恥ずかしいエピソードに頬を染めたりしている。

 彼女との間でパチパチと小さく音を立てながら燃える焚き火の揺らめく赤が、その瞳の中で小さく輝いて見えた。

 あぁ、本当に、本当に……――羨ましい

 マリウス、セリーナ、リサ、陽だまり亭の関係者や常連たち、門番担当の青年たち、気の良い旅人たち……絆と言ってしまえば陳腐でしかないが、エリナがこれまで歩んできた人生で得たであろう繋がりがそこに確かに見える。

 それらを持たず、またその機会すら持ち得なかった俺からは眩しくて眩しくて――明るい光によってできる陰が、どうしようもない寂寥(せきりょう)が、俺の胸の奥に広がる。

 こんな気持ちになるために話をしようと思ったわけじゃないんだけどな……

 俺は少し目を伏せ、焚き火を見つめながら、その音にすらかき消されそうなくらいの小さなため息に、胸中につかえたままの寂寥(せきりょう)の澱を押し出す。

 こんなものは今はいらない。捨てて隠してしまおう、と。

「ルカ? どうかした?」

「いや、エリナは楽しそうだなと思ってさ……」

「ほんとー? なんだか微妙そうな顔してたよー?」

「はは……そんなことないよ。」

 微笑んで返してみたが、エリナは怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「そういや森の奥に行くのはなぜかって話、まだだったなと思って。」

「あ……うん、そうだね。もう教えてくれないのかなーとか思ってた。」

 ちょっと強引だが、話題をすり替えることにした。これまで何度か聞かれてはいたものの、濁したままにしていた話だ。

 捨てて隠した成れの果てから、彼女の意識を逸らすにはちょうど良い話題なのをいいことに、敢えて自分から口にする。

「で? どんな秘密が出てくるのかなー?」

 狙い通り、エリナは見事に話題に食いついてくれた。まぁずっと知りたかったことだから、というのはあるのだろうが。

 エリナの満足行くような秘密だと良いけどな――と一つ前置きをしてから、あらかじめ考えておいた()()を伝える。

「前に兄弟みたいな人に会わなきゃいけなくって、そのための準備として行くべき場所がいくつかあるって話、しただろ?」

「うん、あったね。むしろルカの旅の目的ってそれくらいしか知らないもん。」

 抗議のつもりなのか、その可愛らしい唇を小さく尖らせて見せる。

「だな。実はほとんど知られてないことなんだが、王国ができるよりもはるか昔に古い文明があったと言われててね。まぁ旧文明、とでもしようか。兄弟みたいな人って言ってた人物はその旧文明についての情報や遺物を必要としてるんだ。」

 事実と嘘を混ぜた「もっともらしい事情」をでっち上げる。

「そ、そうなの!? 旧文明なんて……そんなものがあったんだ……」

「ほとんど知られてないって言ったろ? まぁ、その旧文明の調査の中で、この森に当時の遺構がありそうだってことが分かったんだ。」

 エリナの興味は完全にこの話に移ったらしい。俺の言葉にいちいち頷きながら、その目を輝かせ少し身を乗り出し、耳をそばだてている。

「ただ旧文明の遺構ってことは相当に古いわけだし、今の常識では理解できない危険なものも結構あるから、調査に必要な知識と経験を持ってる人間が行く必要があるんだ。」

「それが、ルカってこと?」

「そういう事。まぁ旧文明のことはいろいろと聞かされたからな……他に適任者がいないんだよ。」

 でっち上げた()()はエリナにうまく受け入れられたのか、彼女は腕を組みながら「そうなんだー」「すごいなー」とうんうん唸っている。

「とりあえず土地神様の巨岩とやらの辺りまでは普通に一緒に行けるだろうけど、遺構の近辺からは危険だから一旦別行動になると思う。」

 危険があるとわかってて連れて行くのはセリーナさんとの約束を違えることにもなるしな――と追加で釘を刺すことも忘れない。

「えっ? えー……最後まで一緒に行けないの?」

 頷きながら興味深そうに話を聞いていたエリナだったが、遺構の近くは別行動と言われてピタッとその動きを止めた。

 やっぱり最後までついてくるつもりだったらしい。森の異変についての話も嘘ではないんだろうけど、好奇心の塊みたいなところがあるエリナのことだから、あわよくばついていこうとは考えていたんだろう。

「ダメだ。本当に何が起こるかわからないからな。逃げ場のない空間で天井が崩落とか、突然床が崩れて奈落へ真っ逆さまとか、挙句の果てには調査しようと触れた遺物が爆発とか。嫌だろ?」

「うっ……」

 即死級のトラブル例を聞かされ、エリナの喉からゴクリ、と生唾を飲み込む音がする。

 実際のところ、ラボや関連施設は一億年以上の耐用年数を有する素材でできているらしいし、ラボで過ごしていた時にアリスから聞いた話では構造物質の修復機能をもたせたナノマシンも組み込まれているようなので、施設の強度にさしたる問題は無いと思うけど。

「でもそれって、単独行動中に何かトラブルが起こったらもう帰ってこないって可能性もあるんじゃ……」

「そりゃそうだけど、だからこそそのための知識と経験なんだよ。」

「あ、そっか。」

 もっともな可能性について心配されたものの、そこへの質問は織り込み済みである。これくらいは何かしら回答できないと信じてはもらえない。いくつかの想定質問と回答は準備済みだ。

「さて、これでとりあえず森の奥に行く理由は分かってもらえたか?」

「うん、まぁね……」

 日が落ちたらしく、感応術で真上に開けた穴から見える空には星が瞬き始めていた。夜の帳が下り、小さく聞こえるのは焚き火の音と木の葉の葉擦れの音だけ。そして二人の間にある焚き火の揺らめく明かりが周囲を暖かく照らしている。

 エリナへ向けて小さく微笑んで見せると、彼女は視線を少し下げ、焚き火を見つめて答えた。

「特に気になることがないなら、単独行動中どうするかを考えておこうか。」

「うーん……気になることは正直たくさんあるんだけど、とりあえず今はいいよ。」

 その表情には、わずかなもどかしさが見て取れるものの、彼女は拾い集めておいた小枝を数本焚き火に加えながら、話題の変更に同意してくれた。

 まぁいきなり旧文明云々と特大の話題の種を撒いたようなものだし、興味は尽きないだろうけど、同時に彼女の知識の埒外の話だろうから正直なところ「何を聞けば良いのかがわからない」というところだと思う。

 それならば、聞きたい質問が何かしら頭の中でまとまるまでは、現実的な話をした方が良いという判断をしたのだ。

 この二週間のエリナとの付き合いで、いくつか分かったことがある。彼女は見るからに感覚派だが、それにしては意外なことに、この辺りの現実的な判断能力と思考の切り替えは、目を見張るものがあった。

「じゃあ、まずはこの森で確認されている獣について、教えてもらえる?」

 その夜休むまでの間、俺とエリナは単独行動中の行動指針と、この後の野営での役割分担について、話を詰めていくのだった。

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