第十四話 エリナから見たルカは
森に入って五~六時間くらい経っただろうか。
適度に休憩を挟みつつ、私とルカは森を奥へと進んでいた。
木々の生え方が本当にすごくて、数歩進んでは邪魔な草や枝を撥ね、また数歩進んでは倒木を跨ぎ、といった感じで、多分森に入ってから数キロくらいしか進めてないと思う。
進みが遅いだけじゃなくて、空気が澱んでて重いし、生い茂った枝葉で日差しは遮られて暗いしで、思った以上に疲れも溜まってきているような気がする。
ただ、そんな中でもルカは文句も言わずずっと私の前で森を切り分けながら進んでくれてるし、何なら私が歩きやすいようなルート選定をしてくれているようにすら見えて、ちょっと申し訳ない。
時折高い木に登って方角の確認をするのも、だいぶゴネてみたものの、なかなかいい顔はしてくれなくて、登りやすそうな木の時だけ仕方なく変わってくれるといった感じ。
しかも、ルカって感応術の扱いも慣れてて、木に登っていく時も、登る木を決めたら特に集中したり気合い入れたりといった、いかにも「よし、感応術使うぞ!」って感じの素振りが無くって、サッと発動させてササッと登っていってしまう。
何なら登るというよりもジャンプして周囲の木の幹や枝なんかを蹴りながらスタタタッって感じで上まで登っていっちゃう。
感応術って他の感覚みたいに見たり触ったりすることでそのまま感じたり使ったりできるわけじゃなくて、何をどうしたいか、みたいなことをしっかりイメージしたりする必要があるから、私はそんなに軽々しく使ったりできないし、私に教えてくれた人たちも思ったら即発動! みたいなことができる人はいなかった。
ここ一週間くらい、ルカが村の周辺の害獣討伐とかに行くのに同行させてもらったんだけど、身体の動かし方がものすごく上手で、決して私ほど身軽だったり素早かったりするわけじゃないのに、襲いかかってくる野狼を渓流を流れる水みたいにするするすり抜けながらダガーとショートソードでバッサリ切り捨ててた。
正直初めて会った時、なんであんなに返り血でドロドロになっていたのか、理由がわからない……
とにかく。まぁ大した能力もない私目線でしかないんだけど、通常戦闘も感応術もものすごい高いレベルで扱えるってことだけは嫌になるくらい理解できた。
年は三つくらいしか離れてないはずなんだけど、後三年でルカのレベルまで動けるようになれるかと言うと、多分無理。いろんなことを横に置いておいて戦闘技術と感応術の訓練だけに時間を割かないとあのレベルには到達しないんじゃないかな。
「はぁ……ほんと、やばいね。」
思わず口から漏れちゃうため息と語彙力のない感想。ほんと理由わかんない。
理由わかんないといえば、森の奥に何しに行くの? って聞いてみたんだけど、「うん……」とか「まぁ……」とかしか返ってこなくて、結局未だに目的も理由も教えてくれない。
同行させてくれてるわけだし、最終的には何するのか見られちゃうことになるんだから、教えてくれても良いのに。
そうこうしてる内に、少しだけ開けた場所に出ることができた。開けた場所というよりは、昔は土地神様の巨岩まで行く道だったみたい。ほとんどが次々生える木々で見る陰も無くなってるけど、ほんの少しだけスペースが残ったんだと思う。
「ちょうどいい。今日はここまでにしよう。」
立ち止まって周囲を見回していたルカが背負っていた荷物を地面におろした。今日はここが野営地、ということかな。
時間はまだ夕方というには早いくらいだけど、森の中に入ってくる光が少なすぎて実際にはそろそろ夜かと勘違いするくらいには暗いし、このタイミングで野営準備をするのは正解のような気がする。
「りょうか~い。野営の準備だよね。何したらいい?」
「焚き火するのに木の枝を集めてくれ。できるだけ乾いたやつが良い。」
「ん。じゃあちょっと近くで集めてくるね。」
「見える範囲で集めるようにしてくれよ。」
「はーい」
軽く作業分担。ちょうどここまで歩いてきたところや野営地にする場所の近くで落ちている小枝を拾い集める。
これだけ木々が生えていると、倒木も折れた枝も大量にあるので、持ち運べて乾燥が進んでそうなものがよりどりみどりだ。
ひょいひょいと拾って小脇に抱えていたら、突然野営地の方からゴウッ! と一瞬突風が吹き抜けたような音がした。
「な、何!?」
驚いて振り返ると、野営地の中央でルカが空に向かって手をかざしていた。少しだけ間が空いて、空から大量の枝葉が落ちてくるのに合わせて、ルカが何か呟いている。
――ゴヒュッ!!
また激しい風の音。今度は突風というよりはつむじ風のような風がルカの回りを巡りながら、落下してきていた枝葉を周囲の茂みに弾き飛ばす。
「風? 感応術で吹き飛ばした?」
多分上に向かって一回風を放って、野営地の真上の枝葉を切り裂いて吹き飛ばしたんだ。その後枝葉が落ちて来るのを邪魔にならないように、もう一度風を放って周囲に吹き飛ばした。
だいぶ暗くなってきたし、明るさの確保と、空が見えていたほうがなんとなく時間がわかりやすいからとかそういうことだと思う。
やっぱり感応術を使うのが上手だし、威力も私とは桁違い。しかも異なる動きの風を巻き起こす感応術を、間断無く二連発だなんて……
ほんの数秒だったと思うけど、唖然としたまま作業の手を止めてしまった。
何だろう、凄い? 悔しい? 決して強いものではない、小さなものに過ぎないけど、この胸に湧き上がる気持ちを形容することができない。
「凄いな……」
私はポツリと心の奥底に湧き出た気持ちを零したあと、それにそっと蓋をした。
集めた小枝を持ち直し、ルカのいる野営地に戻ることにする。
倒木や地面から盛り上がってる根などを跨いだり飛び越えながら野営地まで戻ると、ルカは野営地の中心辺りにあった枝や落ち葉を取り除き、焚き火用に地面を整え終えていた。
近場に落ちていた石を集めて、焚き火を起こす場所を囲むように置き、私が集めてきた枝をその中へ入れて《発火》で火をつける。
火がついたら薪代わりの枝を少し追加して、種火をしっかり枝に移したら、自分の荷物から黒い布のようなものを取り出し、焚き火から少し離れた場所に敷いた。
「エリナはここで休んでくれ。俺はこっちで」
ルカは焚き火を挟んで黒い布とは反対側に折れた枝葉を敷き詰め、自分の上着を敷いてその上に腰掛けた。
「あ、えっと……これは……?」
薪代わりの枝を拾い集めて戻ってきた後、なんだかオロオロしている内に全部ルカに野営のセッティングを済まされてしまった。
「ラバーシート。柔らかくて水を通さない布だよ。さぁ、座って休もう。」
「あ、うん……じゃなくて! 水通さないとかすごいけど、なんで私が使うのよ。ルカが使えば良いじゃない!」
「別にいいだろ。そっちの方が多分快適だし、使っとけよ。」
「いやいや、快適なんだったらなおさら自分で……ちょっと……」
あ、無視した。ルカってば全然こっち見ない。聞こえないふりしてる。
これ絶対私に使わせて自分で使わないつもりだ……
ちょっと唇を尖らせて小さな抗議の意思を表明してみるものの、ルカは全然意に介さず、少し早い夕食の準備に取り掛かろうとしている。
あーダメダメ! このままだと食事の準備まで取られる!
「あ、ちょっと待って、わかった! わかったから! 私が使うから! だから食事の準備くらいさせてよ!」
慌ててルカの手を掴んで食事の準備をやめさせる。ほんと、このままじゃ全部おんぶに抱っこ状態になっちゃうよ……
「そう? じゃあ悪いけど食事は頼むよ。」
少しだけ楽しそうにルカが笑っている。普段一人で旅してるみたいだし、こういうやり取りって無いだろうから、楽しいのかな。
そんなことを考えながら、荷物をルカが敷いてくれたラバーシートの上に置いて、中から食材と小さな鍋を取り出す。
日持ちのする根菜類の皮を剥いて切ったら、干し肉や乾燥させた香草類と一緒に鍋に入れて火にかける。根菜類から水分が出てきたら水を足して軽く沸騰するまで火を通し、少し火から離して具材が柔らかくなるまで軽く沸騰した状態を保つ。
最後に塩で味を整えて、干し肉のポトフが完成。
後は硬い黒パンをナイフで一口大に切り分けたら、それぞれを私とルカの分に取り分ける。
「できたよ。簡単で悪いんだけど……口に合うかなぁ?」
「おぉー……ありがとう。じゃあいただきます。」
食器を受け取るルカの目がちょっと輝いているように見える。いや、食材も器具も最低限だし、そんなに期待するほどのものじゃないんだけど……
「おぉ……すげぇ美味い……味付けって塩だけだったんじゃ……? エリナって料理上手いんだな。」
えっと、そんなに感動する? ってこっちがちょっと引いちゃうくらいに喜んでくれるルカ。
まぁお店が忙しい時はお義姉ちゃんの代わりに夕食作ってたし、陽だまり亭でも料理人であるリサのお父さんに教えてもらって、まかないやちょっとした一品料理なんかを作ることもあるから、そこそこちゃんと食べられるものは作れる。
兄さんもお義姉ちゃんも美味しいと褒めてくれてたけど、それにしたってちょっと大げさじゃない? いや、まぁ、嬉しいんだけどね。
「そんなに褒めるほどの味でもないと思うけど……」
「いや、ほんと、美味しいよ。そういや陽だまり亭でもたまに一品料理作ってもんな……何か任されるってことは料理人の人から見ても筋が良いってことなんだろ。」
……お店で私の料理も出てるって知ってたんだ……絶対リサだ。あいつこっそり教えてるな。
村に帰ったらきっちり問い詰めてやらなきゃ。
その後も、ルカは嬉しそうに「美味しい」と連発しながら、少しばかり鍋に残っていた分も含めてしっかり完食してくれた。
作ったものを美味しそうに完食してくれるのを見るのはなんとも気持ちが良い。こんな風に食べてくれると作るのは苦じゃなくなるし、楽しくもなる。
「さてと……それじゃあ休む前に少し話そうか。」
「え? うん、良いよ。」
調理器具や食器類を片付け、お茶を飲みながら一息ついていると、焚き火の向こう側からルカが声をかけてきた。
野営自体は早めに準備しはじめたこともあって、まだまだ休むには早いし、それに結局森の奥へ行く理由や目的についても教えてもらえてない。
もしかしたらその辺りも聞けるかも? なんて淡い期待を抱きつつ、私は雑談に応じることにした。
話の内容が何であれ、気になってることは何でも聞いておきたいしね。




