第十三話 森の中へ
翌朝、ルカとエリナは村の入口である門の前にいた。
天気は程よく晴れており、探索するには良さそうだ。
二人の目の前にはマリウスとセリーナが見送りに来ている。
「エリナ、十分に気をつけて行くんだぞ。森の状況や原因がわかろうとわかるまいと、無事に帰ることが一番なんだからな。」
「うん。わかってる。引き際はちゃんと見極めるよ。」
「ルカさん。エリナちゃんのこと、くれぐれもお願いしますね~。何か気になったものがあったりするとすぐに飛んで行ってしまうので……」
「ええ、危険な真似はしないように気をつけますね。」
「ちょっと、お義姉ちゃん……」
エリナの抗議の声に、あらあらうふふと微笑んで躱すセリーナ。からかっているようにも見えたが、エリナへ向ける眼差しは優しい。
「では、行ってまいります。」
ルカは二人に小さく頭を下げると、携行品の入ったバッグを持ち直し、エリナに目配せをしてから森に向かって歩き出した。
「じゃあね! 行ってきまーす!」
エリナも兄と義姉に向かって笑顔で手を振った後、先に歩き出したルカを追うようについていく。
村の入口から森の方へは細く舗装もされていないが道はあり、二人が並び立って歩いていくのをマリウスとセリーナは暫くの間見つめていた。
道に沿って森の端まで歩いていったルカが、マチェットで木々の間を埋め尽くすように生い茂っている雑草や細い枝を打ち払いながら森の中へ入っていくのが見える。
程なくしてルカのあとに続くように、エリナも森の中へ消えていった。
「行っちゃったわね……」
「あぁ……」
「さ、お店でゆっくり帰りを待ちましょう。」
セリーナに促されるようにして、マリウスは村の中へ戻っていく。
その背を追いながら一瞬だけ森の方へ視線を向けたセリーナは、誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。
「エリナちゃん、頑張って……」
森へ入って小一時間ほどが経った。
周囲から見ていても十分わかってはいたが、「鬱蒼」という言葉では足りないほどに木々や草が生い茂っている。
まだ正午前で、外は明るいはずなのだが、日没前後かと見まがうほどの暗さだ。
伸び放題の木々のせいか空気の通りも悪く、澱んだ重い空気に気が滅入りそうである。
「ほんと、暗いね。木や草がすごいのもあるけど、奥の方が全然見えないや……」
ルカの後ろを歩くエリナが奥の方を見通せないかと首を巡らせている。
そんなエリナはいつものスカートやワンピースなどではなく、丈の長い上着とパンツを着込み、指抜きの革手袋を着けていた。極力肌を露出させない装いである。
昨日の座学で教わったことではあるが、義姉からの「せっかく綺麗なお肌してるのに、傷ついちゃったら大変よ~」の一言でしっかり準備したようだ。
「わかってはいたけど、これじゃ進むだけでも時間がかかるな。」
マリウスから聞いていた通り、木の生え方がおかしい。とにかく隙間さえあれば生えてしまえ、といった感じだ。
伸びた枝葉が、幹が、根が、秩序なく伸び合い、さらに僅かにできた隙間にも草や蔦状の植物がひしめき合っている。
先行するルカがマチェットでそれらを打ち払いながら進んではいるが、そもそもの木々が邪魔で森の奥の方へは遅々として進まなかった。
ただ、ここまで木々が密集していると、森を縄張りにする野犬の一種である森狼なんかは徘徊すること自体に無理があるのか、幸いなことに遭遇することがない。
「二年前はここまでじゃ無かったんだけどね。やっぱりここ一~二年で森の端が外側に広がり始めた辺りから、森の中に生えてる植物の成長スピードも上がってるんだと思う。」
ここまで酷いと、昔あった道の目印は役に立たないかも。とぼやきながらも、エリナは昔の記憶を頼りに土地神様の巨岩があるおおよその方向を指示し、ルカも自身が知るサテライトの座標との差を意識しながら足を進めた。
途中何度か周囲の木々より育ち、頭一つ高くなった木を見つけると、ルカがするすると上の方まで登り、太陽の方角や自分たちの進行方向などを確認する。
感応術で身体能力を軽く強化してやれば、木を登るくらいは苦にもならない。
その様子を見ていたエリナが驚嘆の声を上げた。
「ルカ、感応術の発動すごいスムーズだよね。どれだけ練習すればそこまでできるようになるの……?」
「慣れ、かな。集中する必要はあるけど、回数こなしたり、それこそ戦闘中に必死になって使おうとしてると、できるようになってくるよ。」
「先は長そうだぁ~。」
何事も経験なのだと伝えると、暗い森の中でエリナの目がきらりと光った気がした。
「じゃあ次から木登り私にやらせて!」
危険な真似はさせないように気をつけるとセリーナと約束してはいるのだが、本人は瞳を輝かせ、やる気十分の様子である。
「困ったな……」
ルカが右手で頭を掻きながら呟く。
どうやらしばらくの間、ルカはエリナの対応について悩まねばならないようだ。
困り顔のルカと少しばかりテンションが高めのエリナという二人の足取りは、ゆっくりながらも少しずつ森の奥深くへと消えていった。




