第十二話 出発に向けて
翌朝から、俺は新装備の慣らしを兼ねた準備を始めた。
朝に一度雑貨屋「ブレーヴェの樹」に顔を出したら、前日の話やその日の予定を伝えて、日中は村の近くで武器の扱いや調子を確認したり、害獣の討伐をこなす。
夕方には閉店前の店に再度顔を出して、その日の報告や武器の使い勝手を伝え、短いながらも雑談に興じるようにする。
そうやって数日過ぎたころ、エリナが用事のない日は日中の害獣討伐に同行するようになり、夕方店で話す時には彼女の動きがどうだったか、危険はなかったかといった話や、また逆にエリナから俺の評価が伝えられたり、といった感じの会話が定番になった。
その後は役場で討伐報酬の精算を行い、陽だまり亭に戻って夕食と風呂で身体を休めて一日が終わる。
そうやって過ごしているうちに一週間を過ぎ、そろそろ十日になろうかという頃だった。
日々の過ごし方に変化はなかったが、それ以外にいくつかの変化が見られている。
エリナはいろいろと慣れてきたのか、だいぶ気安く話すようになった。セリーナも店の客に対する丁寧な立ち居振る舞いというよりは、義姉の友人を相手にするように少し柔らかい対応をしてくるようになっている。
マリウスもまだ複雑な思いはあるようだが、変に距離を置いたりするわけではなく、購入した武器や防具に関する使い勝手や評価の話は真剣に聞いて商品のラインナップや仕入れについて思案しているようだし、俺とエリナの二人での害獣討伐に関する話も心配が先に立ちはするものの、耳をふさぐようなことはせず、受け止めてくれているようだ。
また、俺の身体についても、ラボでの覚醒以降まだ浮ついた感じがしていたのが、なくなったような感じがしている。
地に足がついた、と言えば良いだろうか。ちゃんと自分の頭で考えるのと同じように身体を動かすことができている。
両親とアリスが作り出した俺の身体に、意識が噛み合ってきたのかもなぁ……と独りごちた。
ちゃんと考えた通りに動ける、というのは、存外に大切なことだ。
歩く、走る、跳ぶ、殴る、蹴る、避ける……特に戦闘中は思った時に思った通りに動けるかどうかというのが、生死に直結する。
人生初の戦闘の時は、うまくやれた気はするけど、無駄な動きも多く、反省点だらけだった。
あの時から考えれば、日々害獣討伐以外にも、宿の自室や裏庭などで、意識して身体を動かしトレーニングし続けていたのは、かなり良かったのだと思う。
おかげでエリナと初めて一緒に害獣討伐に出かけた時も、情けない姿を晒すことなく、うまく立ち回り危なげなく対処することができている。
むしろ、ダガーをメインに戦っている時の立ち回りは、彼女の戦闘スタイルと近いというより、順当な発展型になっているので、後からたくさんの質問を受ける羽目になってしまった。
エリナのスタイルはナイフやダガーといった短刀類をメインに戦う場合の基本の立ち回りに忠実だ。
相手の攻撃範囲の外側を周回するように素早く動き回り、隙を見つけると低く腰を落とした体勢からするりと懐に踏み込んで一閃し、そのまま横や後ろ、あるいは相手の向こう側へひらりと離脱する。一撃の殺傷力は低いが、細かく手数で相手を制する立ち回り。
力は弱いが身軽で素早いエリナにはよく合ったスタイルだ。国境警備隊の訓練に参加させてもらっていると言っていたが、隊の標準武装であろう剣や槍を獲物にさせなかったのは、カイルという国境警備隊小隊長の慧眼と言うべきだろう。
しかし、俺がダガーをメインにする時は、エリナが採るスタイルの他に、攻撃後に相手の攻撃範囲外に離脱せず、相手との位置関係や様々な状況を見た上で、足を止めて戦闘を継続する動きのパターンが加わる。
至近距離での戦いは相手の攻撃を受ける危険性が高い分、相手の攻撃をギリギリで躱したり、攻撃の起こりや居着きのようなタイミングでいなし、逸らしてしまえば、こちらが一方的に攻撃できる状況を作れるからだ。
もちろんしっかり回避した上で出のタイミングで体勢を崩すようなやり方もある。
そういった立ち回りができるようになると、一撃の威力が低いというデメリットを補って余りある結果が引き寄せられるようになるだろう。
何度かそういう立ち回りをしていたのを見たエリナが、食いつくのも無理はない。
「ルカの動きって何かすごく参考になるよね……何がって言われちゃうと困っちゃうんだけど。」
あははは……と頭を掻きながら苦笑いするエリナ。
「村の中ではかなりいい線行ってるし、カイルさんにもかなり褒めてもらってたんだけど、ルカには遠く及ばないんだなぁ。世界は広いや。」
エリナはほんの一瞬だけ物憂げな表情を浮かべた。すぐにふぅと小さく息を吐き、軽く頭を振ってから頬をパンパンと叩く。
「……よし、頑張ろう。」
俺には聞こえないくらいの小さな声で気合を入れ直している。
「さ、休憩が済んだら次の獲物の討伐に向かうぞ。」
「りょーかーい!」
「次はエリナがメインで頼むな。」
「えっ? マジで? わかった! 頑張る!」
左手で力こぶを作る仕草をして、右手で二の腕を叩きながらパッと太陽が輝くように笑ってみせる。
「ただし、さっきみたいに踏み込みすぎて、犬っころに抱きつかないようにな。」
「うぅ……それ言わないでよぉ……」
相手の懐に踏み込むつもりが、相手も踏み込んできた結果、お互い止まることができずに抱きつくような感じになってしまい、エリナと獣との間で一瞬時が止まったかのようになってしまったことがあったのだ。
指摘されたエリナは思い出したくないものを思い出してしまい、真っ赤に顔を染めてしゃがみ込んでしまった。
からかっておいてなんだが、俺も苦笑いするしかない。
新装備の慣らしを兼ねた準備は、今日も順調に進みそうだ。
雑貨屋「ブレーヴェの樹」での一件から二週間が経った。
新装備の慣らしも順調に進み、北の森についても外縁部から覗き見ることができる範囲は軽く探索するなど、奥に立ち入るための準備も概ね問題無く終えている。
特に何も問題が起きなければ、明日の朝から森へ立ち入る予定にして、今日のところは装備品や携行品のチェックと調整だけの予定だ。
それとあとひとつ。エリナ、マリウス、セリーナの三人がどう判断したのかを聞くこと。
正直なところ、エリナが同行することになると、サテライトを前に彼女にどう説明し、納得させるかが問題になる。
おそらく中に入れるのもルカだけなので、そうなると森の中でしばらく一人待機することになりかねない。
「森の危険性がどの程度なのかもわからないしなぁ……」
そう独りごちながら、少しばかり重たい足を「ブレーヴェの樹」へ向けた。
店の扉を押し開き、店内に進む。
ルカが来るのを待っていたのか、三人はすでに店内にいた。店の奥側にあるカウンター近くで和気あいあいと雑談に興じている。
待ち人が店に入ってきたのに気がついた三人はこちらに視線を向けた。
「ルカ、おはよう!」
「あぁ、おはよう」
「ルカさん、おはようございます~」
「おはようございます。」
「お二人も、おはようございます。」
それぞれに対して朝の挨拶を交わしながら、三人の近くまで歩み寄る。
「で、話し合った結果はどうなったんだ?」
エリナの方を見やりながら、結果を促す。
「へへっ……いえい!」
左手を腰に添え、右手をピンッと伸ばして満面の笑みでVサイン。
やりきったとでも言うような晴れ晴れしい表情である。
「……なるほど。同行してもいいことになったんだな。」
まなじりを下げながら、少し困ったような笑顔を浮かべて答える。
いよいよ諸々の問題点について、真剣に考えなきゃならないなと腹を括ることになった。
「セリーナさんは元から賛成のようでしたが、マリウスさんは良かったんですか?」
エリナが森の奥へ同行することを最後まで渋っていたのは彼だ。ルカは改めて彼の方に向き直ってその思いを聞く。
「えぇ、最後まで悩みましたがね。いずれは目の届かない場所へ行ってしまうわけですし、それならば先に近場で経験を積ませてやるのも良いのではと思いましてね……ルカさんの人柄についても、二週間だけではありますが、信頼に値するのではないかと判断しました。というより、セリーナの人を見る目は私以上なので、ひっくり返せる自信が無いんですよ。」
困ったような笑顔のまま、右手で頭を掻き、その思いを吐露する。
年の離れた兄の心配をよそに、少し照れたようにエリナが笑う。
「そうそう。エリナちゃんをちゃ~んと一人の大人として扱ってあげなきゃ、ね?」
相変わらずふわりと柔らかい笑顔でセリーナがマリウスに微笑みかけていた。
「じゃないと、しばらく晩御飯抜きにしちゃうわよ~って言われたのがトドメだったけどね!」
「ちょっ! ……エリナ! それはここで言わなくても良いだろう!」
「うふふふ……」
いたずらっぽく笑いながら暴露するエリナと羞恥に顔を染めながら慌てて声を荒げるマリウス、そんな二人を微笑みながら見るセリーナ。
本当に仲の良い、理想的な家族の姿だ。
「(良い家族……だな)」
ルカにはそれが目も眩むほどに眩しい。直視できず、不意に目を逸らしてしまう。
心の内を読まれてしまわぬよう、滲み出てしまったであろう感情をグッと押し込めた。
無理矢理笑顔を作り、もう一度三人に向き直り、エリナに話しかける。
「じゃあ今日のところは最後の準備と確認ってところか?」
「あ、うん。そのつもり。でも、大体のものはうちの店で揃っちゃうし、実は楽しみすぎて前から準備進めちゃってたから、もう終わってるの。」
へへっと白い歯を覗かせて笑顔を見せる。独り立ちを前に若干の幼さと少し背伸びした感のする大人びた感じが混ざりあったような微笑み。
まぁこの二週間彼女なりに思うところがあっての行動の結果である。その心の内に去来するものがあるのだろう。
「準備が終わってるなら、最後は座学だな。」
「――えっ?」
先ほどまでの素敵な笑顔はどこへやら、一気に表情が引きつっている。何となく感づいていたが、エリナは頭が悪いわけではないものの、じっと座って勉強するのは嫌いのようだ。
座学がダメならどうやってリヴィエナ市に出てから商店で働くつもりだったのか……深くは聞くまい。
「適当に感覚だけで旅や探索に出ても、それなりに正しい知識を持ってないと大変な目に遭うだけだからな。」
元々準備が終わったら明日に備えてゆっくりするつもりだったので、エリナの準備が終わっているというのなら、空いてる時間は知識面の強化に充てようということだ。
「ここに来てお勉強かぁ……兄さんの説得よりも高い壁が最後に来たかも……」
相当嫌なのだろう、エリナの深いため息が店内に響き渡る。
「面倒くさがらずにちゃんと教えてもらいなさい。どっちにしても街へ出るなら必要になる知識もあるだろう?」
「そうそう。ちゃんと教えてもらわなきゃダメよ~?」
「はぁい……」
大人二人から諭されたエリナは本当に渋々といった感じで座学を受けることになったのであった。




