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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第三章 ブレーヴェ村にて

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12/29

第十一話 雑貨屋にて

 翌日、朝からしっかりと陽だまり亭の朝食を堪能し、外出の準備を済ませたルカは、前日の衣服の下取りの件もかねて雑貨屋へ行くことにした。

 二階の自室を出て階段を下り、出口へ向かう。

「あら、おはようございます。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」

 出かけようとするルカに、カウンターの内側から店員と思しき女性が声をかけてきた。

 昨日、給仕をしていた女の子とどこか面影が似ているので、母親か親戚なのだろう。

「えぇ、行ってきます。」

 ルカは軽く手を上げて答えると、宿を後にした。

 宿を出て広場に出るとぐるっと周囲を見回す。

 目的の雑貨屋「ブレーヴェの樹」は目と鼻の先だが、まだ開店準備中のようだった。

 せっかくなので、少し村の中を見て回ってみることにした。

 まだ朝の涼やかな空気が少し残っているものの、村人たちは各々の家事や仕事に動き出し、人の往来が増えてきている。

 役場や商店は開庁・開店の準備を始め、農業に従事している村人が農機具を持って農場の方へ歩いていく、近所の奥様方が集まって世間話を楽しみ、子どもたちが元気に遊び回る。

 おそらくこれまでずっと繰り返されてきたであろうこの村の日常がそこにあった。

 人々の生活がどのように営まれているのか、ルカには今まさに目の前に見えている景色しか知らない。けれど、これから歩み続ければその土地々々での様々な景色が見られるのだろうか。

 そしていつかどこかでどんな景色の中の一人になることができるのだろうか。あるいはどこまで行っても自分と世界の間に横たわる隔絶感を拭いきれぬまま生きるのだろうか。

 まだ自分は世界にとってはどこか異物なのではないかという思いは拭えないままで、少し苦笑いする。

 いつの間にか村の入口になっている門まで歩いてきていたルカは、遠く自分が歩いてきた西の街道を朝日を背に浴びながら眺めていた。

 門の横には、昨日の豪快な彼とは別人だが、村の青年が一人門番として立っている。

 その視線は街道ではなく、村の北側にある森に向けられていた。まだ日が高くなっていないからか、その中はかなり暗そうである。

 木々は思ったよりもかなり密集しているようで、奥の方を見通すことはできそうにない。

 アリスの情報では、あの森の奥に最初の目的地と定めたサテライトがある。ざっくりとその位置や目印などは教えられているので、それほど迷うことはないと思うが、あれだけ鬱蒼(うっそう)としていると、その場所へ到達するのは少し骨が折れるような気がする。

 森の端から手前に数メートルくらいのところ、ただの草原といえばそれまでなのだが、不自然な盛り上がりがいくつもあるのが見て取れた。

 場所によっては草とその下の土が浮くように盛り上がっており、一見すると木の根であることは確かだが、どうも普通の木の根とは違う違和感めいたものを感じてしまう。

「ん?旅人かなんかかい?」

 思わず呟いたルカの声が聞こえたのか、門番を務めていた青年がこちらを見ていた。

「あ、えぇ。昨日から村に留まっていまして。朝の散歩に村を見て回っていました。」

「そうかい。あんまり見て回って楽しいもんは無いけど、悪い村じゃねぇ。ゆっくりして行ってくれ。」

「えぇ、そうさせてもらいます。」

 軽く言葉を交わし、ルカはもと来た道を戻ろうと振り返る。

 門番の青年はそれ以上声をかけてくることはなかったが、また視線を森に戻し、目を細めていた。

 その顔は不安か焦燥か、はたまた畏怖か。恐れを孕んだ表情をしているが、歩き去っていくルカはその表情に気付くことはなかった。


 村の表通りを歩き、中央広場まで戻って来ると、先ほどまでの空気は一変し、文字通り賑やかな活気のある村になっていた。

 準備中だった役場や商店は営業を開始し、農業に従事している村人はそれぞれの田畑で農作物の世話をしている。

 ちなみに近所の奥様方と子どもたちは変わりなく世間話と遊びに夢中だ。

 広場に面した雑貨屋「ブレーヴェの樹」に向かって歩いていると、奥様方の会話が少し耳に入った。

「……森の話、聞いた?」

「えぇ、最近……人から。」

「やっぱり……らしいよ……」

「どうなっちまうんだろうね……」

 すべてが聞こえたわけではないが、どうやら村の北側にある森の話のようだ。

 少々不穏な空気を感じる。先ほどみた限りだと「思ったより鬱蒼としている」という程度ではあったが、長くこの地域に住んでいるものからすると、何かあるのかもしれない。

 ただの深い森というだけでないなら、携帯する荷物もいくらか吟味する必要が出てくる。

 とりあえず、どんなものがあるのかの調査も兼ねて、雑貨屋「ブレーヴェの樹」へ向かった。

 今日の雑貨屋の入口は昨日と異なり開けっ放しになっていて、店の奥が見えている。

 昨日応対してくれた店主と女性が二人見えた。

 女性の片方は、昨夜陽だまり亭で給仕をしていた女の子――エリナだった。

「邪魔をするよ。」

「おや、昨日のお客様ですか。いらっしゃいませ。」

「あ……お兄さん」

 ルカが店に入り一言声を掛けると、店主の挨拶が返ってきた。エリナも昨夜陽だまり亭で少しだが会話していることもあり、こちらの顔を見て誰が来たのかわかったようだ。

「昨日話していた下取りの件ですが、服を持ってきました。確認してもらえるでしょうか。」

 小脇に抱えていた「ラボから着てきた服」を店主に手渡す。

「はい、承知しました。査定しますので、店内で少々お待ちください。セリーナ、飲み物をお出しして。」

 店主は服を受け取ると隣に控えていた女性に飲み物を準備するよう指示をして、彼は店の奥に下がっていった。

 セリーナと呼ばれた女性は「は~い」と笑顔で返事をし、手慣れた様子でグラスに液体を注ぎ、ルカの方に歩み寄る。

「簡単なもので申し訳ございませんが、お茶をご用意しました~。マリウスが商品の査定を終えるまでの間、よろしければこちらをお飲みになってお待ちくださ~い。」

 間延びした感じの話し方でふわりと優しげな笑顔を浮かべ、グラスを差し出すセリーナ。小さく礼を言ってグラスを受け取り、ルカは口をつけた。

 店内をゆっくりと見回しながら、店主――マリウスが戻るのを待つ。

「あ、あの……」

 先ほどから店内にはいるものの、所在なさげにソワソワとしていたエリナが、声をかけてきた。

「えっと、こ、こんにちは~……」

「え? あぁ、こんにちは。陽だまり亭で給仕をしてた子だね。」

「あ、はい。エリナと言います。この雑貨屋の店主マリウスの妹です。ご迷惑でなければ、少しお話できますか?」

 おずおず、といった感じでエリナが尋ねてくる。

「あらあら~、エリナちゃん、()()なの~?」

「ちょ……お義姉ちゃん! ……あ、こっちは義理の姉のセリーナさん。店主をやってるのが兄でして。」

「店主マリウスの妻のセリーナと申します。うふふ~、エリナちゃん、ごめんね~。」

 ふわりと柔らかい雰囲気をまとい、小さく頭を下げるセリーナ。すぐさまエリナに向かっていたずらっぽく笑って見せる。

「この子、村の外の世界にと~っても興味があって、旅の方とお話する機会があると、す~ぐお話しようと……」

「だからお義姉ちゃん! 恥ずかしいこと言わないでよっ!」

 セリーナに自分の興味や関心についてバラされたからか、慌てて止めに入っている。

 バタバタしながらルカとセリーナの間で慌てふためくエリナと、その様子をあらあらうふふと笑いながら楽しむセリーナ。

「も、も~~~!」

「お義姉さん、もうその辺りで。話をするくらいでしたら構いませんので。」

 さすがにちょっとかわいそうになってきたので、苦笑いしつつも会話に割り込んでみた。

「うふふ、そうですか?ありがとうございます~。エリナ、良かったわね~。」

「うぅ……」

 どうやらエリナはこの姉にはどうにも勝てない間柄らしい。

 セリーナはエリナに向かって手をひらひらと振って、店の奥の方へ引っ込んでいった。

「で、話って何? お姉さんが言ってたみたいに村の外の話を聞きたいってこと?」

 エリナの方に向き直って問いかけてみる。

「あ、はい。お願いできますか?」

「良いけど、大したことは話せないよ? 俺も事情があってそれほど詳しいわけじゃないんだ。」

 澄まし顔のまま、さらりと嘘をつく。

 本当のところ、外の話はB.N.I.C(ビーニック)のおかげで、知識量だけで言えばかなり博識と言っていい。

 ただ、やはり実践の伴っていないただの知識でしかない以上、胸を張って話してやれるものではないと思っている。

「そうなんですか? でも旅をされてるんですよね? 私は普段ほとんど村から出ないから、やっぱり私より知ってると思うんで……」

「わかった。じゃあ話せる範囲で。あと俺はルカ。俺に対して丁寧に話す必要は無いよ。年も二つ三つしか違わないでしょ? お互い楽なスタンスでいこうよ。」

「ほんと!? ありがとう! じゃあ私に対しても普通に話して欲しいな。名前も呼び捨てで良いから!」

 さっきまでのそわそわおどおどした素振りは一体何だったのかと言わんばかりの変貌ぶりに若干閉口しながら、ルカは苦笑いで答えた。

 本来の性格の明るさがよくわかる。

「じゃあ、まずはね……」

 さて、この好奇心の塊は一体何を聞いてくるのだろうか。

 国内外の地理や風習、文化とかそういう話だろうか。

「ルカって、どこから来たの? これからどこに向かうの? 旅の目的とかも聞きたいな~」

「!!」

 最初は差し障りのない話だと高をくくっていたルカに投げかけられた直球の質問。

 これはどうしたものか……

 ルカは思わず目を見開き、顔を引きつらせて数拍の間、固まってしまった。喉の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚える。

 この質問はそのまま答えることはできない。ラボで生まれて村に来ました。他の施設――サテライトを巡って、妹を迎えに行きます。なんて言えないし、そもそも理解されないだろう。

「あ、えっと……聞いちゃまずかった……?」

 こちらの表情の変化に気付いたエリナが気まずそうに聞いてきた。

「あ、いや……もっと国内外の様子とか特産物とか、そういう話を聞かれると思ってたからさ……」

 笑顔を取り繕いながら、もっともらしい言い訳を並べながら、必死で考える。

 「それは言えない」と答えられなくもないが、ゼロ回答ではさすがに怪しいし、まさかの第一問目からだとそれはそれで気まずくなりそうで、何とか答えをひねり出す。

「この村からは西の方だよ。今までそこで過ごしてたんだけど、行きたいところというか行くべき場所っていうか、そういう場所がいくつかできたから、一つずつ巡っていこうとしてるとこ。」

 嘘は言っていないが、これでもかというくらいにぼかして答える。

 これでは「西から来ました」くらいしか情報が無い。

「ふ~ん。そうなんだ~……その()()を回ったら終わりなの? というか回るのが目的?」

「う~ん……なんて言えばいいかな? 会わなきゃいけない人がいる……みたいな。あまり詳しくは説明できなくて……」

「え? 何なに~? 恋人?」

「いや、そういう相手では……まぁ、兄弟みたいなもんだよ。」

 結構無理矢理ぼかして答えたわりに、エリナの食いつきは良好だ。

「兄弟? 何か所か回るってことは何人か兄弟いるの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。会う前にいろいろと準備がいる、って感じかな。」

 これも嘘ではないが、口にしていて結構厳しいのではないかと逡巡する。

 だが、エリナは止まってくれない。

「じゃあこれからその()()のためにどこかに行くってこと?」

「あぁ、そうだね。」

 肯定だけして言葉を切ったものの、今にも「どこ? どこなの?」と聞き出しそうなほど瞳を輝かせてエリナがこちらを見る。

「えっと……そのー……」

 顔が近い。

 話しながら店内に設置されたベンチに腰掛けていたのだが、エリナはベンチに腰掛けたルカの前にしゃがみ込み、じっとこちらの顔を見ている。

「おまたせしました……ってエリナ、またそうやってお客様に……」

 店の奥から店主のマリウスが顔を出し、エリナに質問攻めにされているルカを見つけると、眉間を押さえるようにして頭を振った。

「北の森に……」

「森!?」

 ガンッ!!

 ルカがポツリと目的地を口にした瞬間、エリナが跳ね上がるように立ち上がり、大声を上げた。

 同時に突然のエリナの大声に驚いてマリウスも跳ね上がる。

 バランスを崩したマリウスは目の前にあるカウンターに足をひどくぶつけてしまい、もんどり打って倒れ込んでしまった。

「いっ……」

 査定を終えた衣服だけは落とさぬように死守したものの、あまりの激痛にマリウスの口からは声も出ない。

「兄さん大丈夫!? ……あぁ~……痛そう……」

 エリナが立ち上がってカウンターまで移動し、しゃがみ込んでいるマリウスを覗き込む。

「……ふふっ……あははは! 兄さん驚きすぎー」

「お、お前がいきなり大声出すからだろ……」

 マリウス本人は相当痛かったようだが、エリナに笑われてしまい、恨めしそうに見上げていた。




 しばらくして、痛みから復活したマリウスが、査定金額を伝えてきた。銀貨50枚ではどうか、という。

「銀貨50枚? 兄さん、ただの服でそんな金額って聞いたことないよ?」

 査定金額を聞いてエリナが驚きの声を上げる。店頭に並んでいる一般的な衣服はどれも銀貨数枚程度であり、確かに桁が一つ違う。相場に詳しくないルカからみても破格と言える金額だった。

「確かに"服"としては銀貨50枚は高すぎるんだが、布の素材がすごいんだ。何でできているのか、さっぱりわからないけど、生地はとても丈夫で水も驚くほどよく吸う。それでいて乾くのもかなり早い。何よりもこの縫製技術だよ。完全に等間隔に縫われていて、直線も曲線もそんじょそこらの職人じゃ再現できないよ。」

「ほんとだ……すっご……」

 マリウスが金額の根拠をエリナに説明する。話を聞いたエリナも改めてじっくり見直し、縫製技術の高さに目を見開き驚きの声を上げていた。

 とはいえ、旧時代の技術で作られた衣服なのだから、生地の素材も縫製技術も今のものとは違って当たり前だ。

 現在、布といえば綿や麻の近縁種から作られた糸を元に作られているが、ラボから持ち出した衣服は旧時代の超高度文明で作られた高分子化合物ポリエステルなどをベースとした生地だし、縫製はもちろん職人ではなく機械によるもので、出来上がりに差ができるのも当たり前と言える。

「差し支えなければ、どこで作られていたのか、お教えいただきたいくらいなのですが……」

 マリウスが商人らしくなんとか仕入先として確保できないかと期待を込めた眼差しでルカを見ている。

「それほどのものだったんですか。すいません。俺にとってもこれは頂き物でして、出所はわからないんです……」

 可哀想だがラボ製のものについてはその出所を明らかにするわけにはいかないし、分かったところで生産設備があるわけでもない。適当な事情をでっち上げ、誤魔化した。

「そうでしたか……それは残念です。もし製造元などの情報がわかりましたら、ぜひともお教えいただけませんでしょうか。」

「そうですね。旅もあるのでお約束はできませんが……あ、すいませんが、いくつか買いたいものがありますので、店内を見させてもらってもいいですか?」

 困ったような愛想笑いを浮かべて答えを濁した後、少し強引だとは思ったが、話題をすり替えた。

 もちろん買い物をするつもりなのは本当だ。昨日の野狼との戦闘で唯一の武器であったナイフは折れてしまい、ルカの手元に武器の類は無い。

 村の雑貨屋レベルでは売られている武器の程度も知れているが、無いよりは遥かにマシなので、いくつか見繕うことにしていたのだ。

「はい、もちろん。ご希望の品物の金額と衣服の下取り金額とで差し引きさせていただいて、過不足分をお返しするかお支払いいただければ。」

「ええ、それで大丈夫です。お願いします。」

 マリウスと言葉を交わすと、ルカは武器や防具が並んでいるコーナーへ足を運ぶ。

 ちょっとしたナイフから大ぶりの剣、手斧、短槍、盾や軽鎧など、ごくごくスタンダードな武器や防具が並んでいる。鋳造加工で作られたものや大量生産されている既製品ばかりだ。専門の鍛冶屋がいるわけでもない小さな村では仕方がない。

 ルカには明確な戦闘スタイルがあるわけではない。おそらくナイフのような小型のものから両手剣や斧のような大型のものまで、扱うだけなら扱える。

 しかし、優れた筋骨隆々な体躯というわけではなく、ある程度筋肉はついているものの均整の取れたスタイリッシュな体付きであることから、あまり重量のあるタイプの武器は取り回しに難があるし、同様に重い防具も動きが悪くなると考えていた。

 そのため、ルカはごくごくオーソドックスなものを基本に選ぶことに決めた。並べられた商品を一通り眺め、一つずつ手にとり、サイズや重量、形状などを確かめ、選んでいく。

「ではこれで精算をお願いします。」

 しばらく時間をかけて一通り選び終えたルカは、カウンターに商品を並べ、マリウスに精算を願い出た。

 武器は刀身に厚みのある片刃のダガーとショートソード、また森へ分け入るために使う草木の伐採用のマチェットを、防具は肘と手首の間、つまり前腕部分に固定するタイプの円盾と薄い鉄板に革を張り合わせただけのシンプルな胸甲を、それぞれ選定している。

 既製品ばかりなので、どれも大した金額ではなく破格の値段が付けられた衣服の下取り金額と相殺された結果、ルカの出費は何とか許容範囲内に収まる結果になった。

「ところでさぁ……」

 精算を終えるタイミングでルカの買い物を静かに眺めていたエリナが声をかけてきた。

「さっきの話だけど、ルカって北の森に行くの?」

「え? あぁ、そのつもりだけど。」

 事前にアリスから教えられているサテライトの座標は北の森の奥だ。サテライトまで行くのであれば、必然的に森に分け入ることになる。

「あそこ普通の森じゃないし、おすすめしないよ?」

 困惑した表情を湛えたまま、エリナは森に入らない方が良いと言う。兄のマリウスの方を少し目配せするように見て、また視線をルカに戻す。

「お客様……」

 マリウスがエリナの言葉を引き継ぐように話し出した。

「北の森は元々この村にとって重要な場所でして、森の奥にある巨岩にこの地の土地神様が宿ってらっしゃると考えられていたんですが、ここ数年異常な状態が続いてまして……」

「と、言いますと?」

「はい。正確に表現するのは難しいのですが、とにかく一言で表すなら()()()()()()()()()()()()のです。」

「際限なく、ですか?」

「そうです。すぐ横に他の木があろうが、先に生えていた木に日差しを遮られていようが、お構い無しにどの木も成長し続けてます。しかも、それは老木であろうと、若木であろうと関係なくです。」

 際限なしに成長し続ける、というのはおかしい。

 森というものの基本的な成長過程については、B.N.I.C(ビーニック)のおかげでルカも知っている。

 普通であれば、すぐ横に他の木があれば、土の栄養分を奪い合うことになるし、先に生えた木が日差しを遮っているのであれば、太陽の光を受けることができず、光合成による成長ができないのだから、成長できないか、弱々しい細い木にしかならないはずだ。

「元々人の手の入ってなかった場所はもちろん、土地神様のいらっしゃる巨岩までの道も成長し続ける木々に埋もれてしまいました。今では森の範囲が外側へ向けて徐々に広がっていることも確認しています。」

「それは……ちょっと普通では考えられませんね……」

「ええ、最近では何か良からぬことが起こっているのではないか。土地神様がお怒りなのではないか。などと村の者たちも気味悪がって立ち入ることを避けております。」

 土地神様の怒りだ呪いだと騒ぎ立てる気は無いが、森の生態系が異常なのは確かなのだと、マリウスは眉を(ひそ)めながら教えてくれた。

「森が村に近づき始めたことがわかってからというもの、他の村や街に移り住む者も出てきております。」

「なるほど……」

 マリウスの話がどこまで本当なのかはわからないが、確かに見た限りかなり鬱蒼(鬱蒼)とした森ではあったし、奥まで分け入るのが大変そうだとは感じたものの、サテライトへ行く目的がある以上、火山だ谷底だ海底だなどと人の身で行くのが現実的でない場所でないならば、ルカにとって森へ入るのを諦める選択は無い。

「ただ、俺もそれなりに行く理由がありますし、目的地の座標……いや、目的地の場所も森の奥だと聞いているので、人間が立ち入れないような場所でないなら、行けるところまで行ってみようと思います。」

「そうですか……お客様は村の関係者でもありませんので、強くお止めすることもできないのですが、どうしても行かれるのであれば、しっかりとご準備いただいた上で、十分注意して入られるようにしてください。」

 森の異常を伝えてみたものの、ルカが森へ入る決断を曲げる気がないと知り、マリウスはせめて準備と注意を怠らぬようにと伝えてきた。

「わかりました。じゃあまずはしっかり買い物しておかないと、ですね。」

 苦笑いしつつ答えたルカは、マリウスの進言を受けて準備の算段を始めていた。携行品について考えるのはもちろんだが、購入したばかりの武器や防具についても試してみる必要はあるだろう。

 そういえば、昨日役場の担当者から、野狼(グラスウルフ)の群れが他にもいるという話も聞いている。使い勝手を試すのに討伐してみるのもありだ。

 顎先に右手を添え、伏し目がちに考えていると、ちょうどルカの視線の先に割り込むようにエリナがひょこっと顔を出した。

「えっとさ、私、着いて行こうか?」

「――えっ?」

「エリナ!?」

 突然何を言い出すのか、エリナが同行すると言い出した。自身も森には行かない方が良いと進言し、兄からもその理由を説明させておきながら、なんとも軽い口ぶりである。それこそ友達を食事に誘うくらいのノリだ。

「いや、実際のところ、メリットもあると思うよ。まだ小さい頃、それこそ森がこんなことになる前には、まだ生きてた両親や兄さんと土地神様のところまでピクニックとか行ってたから、方角とかはある程度わかるし、二年前の調査隊にもついて行ってたから、結構最近の状況も知ってるもん。」

 調査隊の時は内緒でついて行ったから、後で大目玉を食らっちゃったけどね。と可愛らしく舌を出す。

「エリナ……何を言ってるんだ。二年前の調査隊の時は、森の異常が想像以上で結局土地神様のところまで行くのを断念したほどだったじゃないか。」

 マリウスがエリナを諭すように話しかけた。先ほど「まだ生きてた両親」とも言っていたので、すでに両親は鬼籍に入っているのだろう。それぞれ唯一の肉親ともなれば、心配もする。

「それに……」

 マリウスがルカを一瞥して口をつぐんだ。言いにくそうにしているが、()()()()()()だろう。

「行き先の森の異常もそうだけど、そもそも昨日今日出会ったばかりの相手、もっと言えば男と一緒に、お兄さんの目の届かないところへ行くのは良くないだろう。」

 ルカがマリウスの気持ちを代弁する。マリウスからすればルカが信用に足る人間かどうか判断などできるほどの関係性がない。

「うわー……兄さんの気持ちはわかるけど、ルカがそれ言うんだー……ルカって面白いよね。でもそういうところは逆に信用できるんじゃない?」

「いや、普通はそうだろ……」

「すいません。気を遣わせるようなことになってしまい……」

 妹は心配だが、かといって客を下げる発言をするわけにもいかず、言葉に窮していたのだろう。代弁してくれたことに対し、申し訳なさそうにマリウスがルカに頭を下げている。

「それに俺としても連れて行って何かあっても責任は取れないし、()()()()()()()()()()()()()を連れて歩くのも良くないだろ……」

「まぁそうなんだけどさー……()()()()()()んだよね……」

 ふぅと小さくため息をついて、エリナが続ける。

「結局さ、村のみんなも"異常だ"ってわかってから、土地神様の巨岩どころか奥の方にすら行ってなくて、原因の調査も何もできてないでしょ? 調査隊が引き返したのも、"気味が悪いから"って何人かの意気地なしが怯えて手がつけられなかっただけだし、ただただおかしくなっていく森を眺めて怖がってるだけで、解決することも考えることもしないで立ち止まったまんま。」

 小さい頃から変わらない日常への不満はあれども、村の中で明るく元気に過ごしてきた。村のみんなも日々いろんな出来事やトラブルがありながらも、毎日前を向いていたし、協力して村を盛り立てていた。

 それが森の異変を皮切りに少しずつ村の空気が変わり始め、不安や焦燥、怯え、畏怖といった感情が村人の中に芽生えているし、林業を営んでいた家のいくつかは仕事をやめて、村を離れてしまった。

 村の女性たちは井戸端で日々森の様子についての不安を口にし、門番たちはその不安に警戒し続けている。

「だからね、ずっと異変の原因を知りたかったの。原因がわかって何とかできるなら、村のみんなのためにも何とかしたいって思ってた。たとえわからないとしても実際に森の奥まで行って、どうなってるのかその様子だけでも見て来たいなーって。」

 エリナは窓際まで歩き、窓の向こうに見える森に視線を向けて言葉を続ける。

「私は森の中をいくらか知ってるし、これでも見かけによらず身軽でさ、門番の兄さんたちに混じって国境警備で村に来てくれるカイルさん……あ、定期巡回にくる国境警備隊の小隊長さんなんだけどね、その国境警備隊のみんなの訓練にも参加させてもらって、戦闘訓練とかしてるんだよ。野狼(グラスウルフ)の群れは難しいかもだけど、少数の小型害獣相手ならなんとか渡り合えるつもり……でも調査隊はあれから調査をやめちゃったし、万が一のことを考えたら一人で森に入るなんてリスクが大きすぎるでしょ。」

 森に行きたいのに行けないもどかしさだろうか、少し物憂げな表情で目を伏せ、窓を背にして身体をルカたちの方へ向ける。

「森の奥に人が入る目的なんて、元々土地神様のところに行くくらいしかなかったから、旅人が立ち入ることなんてないし、傭兵を雇えるほどのお金も無いし……」

 いつの間にか店の奥から戻ってきていたセリーナがマリウスの横に寄り添うようにして、ルカたちと一緒にエリナを見つめている。ただ心配が先に立っているマリウスとは違い、セリーナはどこか優しげで、口元は微笑んでいるようにすら見えた。

「そしたらさ。」

 エリナは顔を上げ、真っ直ぐにルカを見た。

 視線はルカの碧い瞳を捉えている。

「ルカが来たの。森に入ろうとする、私以外の人が。二人だったら行動中や休憩中の警戒とか、緊急時の救助や救援要請ができるようになるし、こんな人、いつまた現れるかわかんないでしょ。ううん、来年十八歳になったら独り立ちだし、リヴィエナにでも出て住み込みでどっかの商店に働きに出るとか考えてたから、それまでを期限だとしたら、これが最初で最後だと思って……」

 この世界では、十八歳を迎えると家族の庇護(ひご)を離れ、一人前とみなされるようになる。

 もちろん身分や土地、本人を取り巻く状況により多少の前後はあるが、要は自分のことは自分で決めて、生きていく年になるということだ。

 そしてエリナも例外なくその先を考えていたようで、これを機に村を出て近くの街へ行くつもりだったのだろう。

「いや、しかし、危険なことに変わりはないだろう? きっとリヴィエナに行けば目新しいものもたくさんあるし、森のことなんか気にならなくなるんだから……」

 困惑した表情のまま、なんとか思いとどまってくれないかとマリウスは声をかける。

 すると、横で二人のやり取りを聞いていたセリーナがおもむろに口を挟んだ。

「私、いいと思うわよ。ルカさんについて一緒に森に入るの。もちろん危険なこともあるかもしれないし、怪我もするかもしれないけど、ルカさんは悪い人には見えないし、ちゃんとエリナちゃんのこと、助けてくれると思うの。」

 まさかの援護射撃だった。呆れたように手を目頭に添え(かぶり)を振るルカ。

「お義姉ちゃん……」

「セリーナ、何を……」

 義妹からは期待を、夫からは困惑の目を向けられながら、セリーナが続ける。

「あなたが心配なのもわかるけど、エリナちゃんは独り立ち間近でれっきとした大人よ。ずっと村と森のこと、考え続けてどうしたら良いのか模索し続けてたんでしょう?その気持ちは汲んであげましょうよ。」

 セリーナはそっとマリウスの左手に自身の手を添えて、ゆっくりとマリウスに語りかけた。

「ルカさんが信頼に足る人なのかどうかは……そうね、ルカさん?」

「はい、なんでしょうか?」

 優しい微笑みを湛えたまま、セリーナがルカに向き直る。

「当店で武器をお買い上げいただいたようですけど、今日明日いきなり森には入りませんよね?」

「そうですね。うまく扱えるか、切れ味や強度が十分か、試してからにしないと心配ですからね。二週間ほど鍛錬や村の周囲で野狼(グラスウルフ)などの害獣討伐でもして、慣らしてからのつもりです。」

 伐採用のマチェットは別にしても、ダガーとショートソード、円盾は取り回しの確認が必須だ。とてもではないがこのまま森へ直行するつもりなどない。

 その旨をセリーナの質問に答える形で伝える。

「ですよね? じゃあ森へ行くまでの間、村に滞在されるのでしょうし、毎日少しずつで構いませんので、お店へ足を運んでいただけませんか?」

 ちいさく、そして可愛らしく小首を傾げて、ルカに問いかける。

「日々の鍛錬や害獣討伐のこと、当店でお買い上げいただいた物の使い勝手や評価なんかの話を短くで構いませんので、夫と言葉を交わしていただきたいんです。エリナちゃんに用事が無い日なら、村から目の届く範囲での害獣討伐を一緒にこなしてみるのも良いと思います。そうやって日々コミュニケーションを取っていただければ、いざ森へ行くとなった時に、夫はルカさんが信頼に足るか、ルカさんはエリナちゃんが同行させるのに足手まといにならないか、お互い判断できるのではないかと思うんです。」

 ルカはマリウスの方を一瞥した後、大きくため息をついた。

 ただ森の奥に入って異変の調査をするのであれば良いが、ルカの目的はサテライトの施設へ行き、必要な対応を行うことである。

 事情を知らない、ましてや文明レベルが違いすぎる今の世界の人間であるエリナに気軽に見せてしまうのは考えものだ。

 もしかするとそれほど困ったことにはならないのかもしれないが、それを判断できるほど、ルカはこの世界を見れていない。ラボでの覚醒から数えても一か月も経っていないのだ。判断材料としての()()()が無い。

 深く考え込んでいると、セリーナはマリウスの方へ向き直り、話しかけた。

「あなたはどう? ルカさんにしばらく通ってもらって、考えてみたら? どちらかというとルカさんの人柄よりも、森の危険性の方が心配かしら……でもその辺りも何度か害獣討伐に同行させていただいて、ルカさんに判断してもらいましょう?」

 ルカとマリウスに強く迫ったりはせず、ただただゆっくり落ち着いた声音で語りかけ、妥協点を探る。エリナを含めた三人が納得の行く妥協点を。

「(サテライトのことは……なんとか上手くやりすごせないか考えるか……)」

 ふぅと小さく息を吐き、腹をくくる。頭をガシガシと掻きながらルカが答えた。

「わかりました。俺はそれで良いですよ。まぁ同行するに値するかを見る前に、こんなやつに同行できないと呆れられるかも知れませんけどね。」

 ただ――と、まだ苦虫を噛み潰したような表情で声を発することもできないマリウスに目をやりながら、言葉を続ける

「やはり最終的には家族三人で話し合って決めて下さい。俺、今日は森はもちろん村の外に行きません。購入した武器と防具に早く馴染めるように体を動かすだけにしておきます。」

 購入したダガーとショートソードはそれぞれ腰の左右に下げる形にする。ダガーは本体に付属していた鞘を使って右、ショートソードは左だ。

 円盾は左手の肘下に固定する。

「皆さんの判断がどうあれ、しばらく()()()はしますし、購入した商品の感想も伝えに来ます。森に入るのもやめるつもりは無いので一人でも行きますが、入るタイミングもちゃんと事前にお伝えします。」

 マチェットやその他に調達した雑多なものをバッグに放り込み、ルカは店の出口に向かって歩き出した。

「マリウスさん、セリーナさん、エリナ、その日までに三人が納得の行く決断ができることを待ってますね。それでは、今日のところはこれで。」

「はい、気を遣わせてしまったようで申し訳ございませんでした。また明日お待ちしてますね~」

「ルカ、ありがとう! またね!」

「はい……ありがとうございました……」

 店を後にするルカの背中を見送りながら、三者三様に声をかけてくれた。

 これ以上は家族で話し合ってもらうしかないだろう。付いてくるにしても、ちゃんと自分たちで判断して決めてもらいたい。ルカとしては、こちらの考えや思いで付いてくるべきかどうかを決めてもらいたくはなかった。多少なりとも危険が伴う以上、何かあったときに周囲に流された結果では納得することなどできなくなるのだから。

 店先から陽だまり亭の方へ向かって遠のいていく背中を見ながら、エリナは心の中で思う。

「(そう。気になるの。ルカの見てる"今"って……"世界"って……一体何なのか。昨日もそうだったけど、今日もやっぱり私や兄さんやお義姉ちゃんを()()()()()()()()()。)……」

 エリナの目にはルカがよくわからない。何かある種の矛盾を孕んだ存在のように思えて仕方がない。

 だから普段なら絶対に聞かない質問を投げかけた。

 ――どこから来たの? これからどこに向かうの? 旅の目的は?

 わかったことは三つだけ。西から来たこと、行くべき場所があること、兄弟のような"誰か"に会うこと。

 正直わからないことだらけだ。ゼロ回答と言って良い。

 西から来たという話も、兄弟のような"誰か"も、ややもすれば事実では無いかも知れない。

 ただ、寂しさなのか、悲しさなのか、なんだか少し泣きたくなるような背中と、踏み込んでも踏み込んでも近づいているように感じることのない妙な距離感が、ルカと世界の間に横たわるどうしようもない隔絶感が、エリナにはあるような気がして仕方がない。

 エリナはルカが去っていった陽だまり亭の建物の裏手の方を見つめたまま、胸元に添えた左手をキュッと握りしめた。

 今夜は陽だまり亭での給仕の仕事はない。時間はあるのだから、兄さんとお義姉ちゃんとゆっくり話そうと思う。

 最初の一歩を踏み出すために。


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