第九話 エリナから見た彼
私はエリナ。ブレーヴェ村の雑貨屋「ブレーヴェの樹」の看板娘をやっている17歳。
元気溌剌、村の人気者!……ってのはさすがに言い過ぎかもしれないけど、まぁ村では結構うまくやってるつもり。
今日は村の宿屋兼食堂の陽だまり亭で幼馴染のリサを手伝う約束になってるんだけど、暇な店でぼんやりしてたら約束の時間ギリギリになってて、慌てて準備して出かけようとしたの。
店の奥にいる兄さんに声をかけて、店の外に出ようとしたその時、お客さんがいたみたいで、見事にぶつかっちゃった。
そんなに強くぶつかったわけじゃないけど、見事に尻もちついちゃって、かっこ悪いところを披露しちゃう私。
私の大事な可愛いお尻にアザができたらどうしよう……なんて考えながらさすっていたら、相手の男性が手を差し伸べながら声をかけてきたの。
「ぶつかってしまってすまない。怪我はなかったかい?」
「あ、いえ、大丈夫です。こちらこそすみません……急いでたので慌ててしまっ……て……」
声がする方を見上げた時、そこにいたのは黒髪に碧い目、整った顔立ちでスラッとした身体の男の人だった。多分2、3歳くらい年上だと思う。
別に好みってわけでもないし、なんなら着てる服には何かの返り血、顔や頬にも血を拭った跡がついてて、どっちかっていうと不快な見た目だった。(お風呂にでも行って、着替えてきたらそうでもないのかもしれないけど)
ただなんというか、「あ、私と違う世界の人だ……」って感じがしたんだよね。
もちろん今までも街道を行き来する旅人や行商人の人と話したりする機会はたくさんあって、自分と異なる場所異なる立場の人がいることは分かっていたんだけど、この人だけは「違う世界」だと感じちゃったの。
おかしくない? この世界にはいろんな場所があって、いろんな人がいて、自分の知り得ない物事がたくさんあって、そういう人や物のことを「この世界」にはいろんなことがあるんだなぁと思ってたのに、目の前のこの人にだけ「違う世界」だって……
何なんだろう。遠い未来なのか、それとも過去なのか、この人にとっての「今」じゃないものを見てる。そんな目をしてたの。私を見てるけど私を見てない……そんな感覚。
「怪我がないなら良かった。俺のことは良いから、急いでいるなら出かけると良いよ。」
続けて声をかけられて、急に現実に引き戻された。うわ~、何かじっと見ちゃった~。絶対変な女と思われたよ~……
「あ! そうだった! えっとごめんなさい! 失礼します!」
慌てて立ち上がり、ぶつかったことへの謝罪だけ言い放って、私はその場を走り去った。
リサも待ってるし急がなきゃ。
……でもうちの雑貨屋のお客さんだったみたいだし、どうせなら接客してみても良かったかなぁ……
いや、リサに怒られるし、身体中血の跡だらけで汚かったし、やめといて正解だわ。
強引に忘れることにして、私はリサが待つ陽だまり亭へ向かう。雑貨屋からは村の中央広場を挟んですぐなので、到着するのに時間はかからない。
いつも通り元気よく入口の扉をくぐって挨拶する。
「リサ、来たよ~! 今日は何から手伝ったらいい~?」
「エリナ、今日も元気ね。エプロンつけたらいつも通りテーブルの拭き掃除からお願い!」
「りょ~か~い♪」
いつも通り開店前の準備からこなしていく。
店内の掃除、カトラリーやテーブルクロスなどの準備、お客さんが来店し始めたら注文を取って店の奥のキッチンにいるリサの両親に伝え、出来上がってくる料理や飲み物をテーブルに運ぶ。
リサは私と同じ仕事をしながら、宿屋の受付なんかの対応もしている。
村には他にも何人か食堂を手伝ってくれる人はいるんだけど、今夜はリサと私の二人だった。
そうこうしているうちに、食堂は村の住人や仕事帰りの役場の職員さん、数日前から村に滞在している行商の人なんかが来店して、食堂のテーブルの多くが埋まってしまった。
「リサちゃーん、こっちにエール3つー!」
「はーい!」
「エリナちゃん、串焼き2人前とエール2つ頼めるかい?」
「はいはーい……っておじさん今日はもうエール5杯目じゃない! 奥さんにどやされるよー!」
「大人になるとな、たまにどうしても飲みたいって日があったりするんだよ~……」
「それ、昨日も聞いたけど?」
「うははっ! 覚えてやがる! こりゃまいった~」
まだ開店から1時間も経ってないのに、みんな出来上がってしまってほんと賑やかな、いつも通りの店内。
しばらく給仕仕事で動き回っていると、また一人お客さんが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ! お食事ですか? ご宿泊ですか?」
リサがすぐに反応して声をかけている。さすがリサは良い動きするな~と思っていたら、入ってきた人はさっきうちの店の前でぶつかっちゃったあの人だった。
仕事を続けながら、チラチラと視界の端で追う。
「食事も宿泊もお願いしたいんだけど、部屋の空きはどうかな?」
「今日はまだありますよー! 1泊2食付きで銀貨2枚ですけど、どうしますかー?」
「じゃあ2泊お願いできるかな。銀貨4枚ね。」
銀貨を取り出しながら、カウンターの前まで歩いてくる。
なんだか気まずくなってしまって、私は受けた注文内容を書いたメモを片手に、キッチンまで逃げてしまった。
「あと見てのとおり身体中汚れていてね。風呂はどうしたら良いかな?」
「2泊ですね! ありがとうございます! お部屋は2階に上がってすぐ左手の部屋になりますので、そちらを使ってくださいね。お風呂は2階の一番奥にありますので、ご自由にどうぞ! 共同なので、入る時は扉の外に札を出しておいてくださーい! じゃあお食事はお風呂の後かと思いますが、あまり遅いと出せるメニューが少なくなっちゃうんで、お早めにどうぞ!」
注文された飲み物が入ったジョッキを両手に持ってホールに戻ると、あまり彼の方を向かないようにしながら注文を受けたテーブルにジョッキを運び、また空いた食器を下げたりしながら2階に上がっていく彼を見る。
見るからに荷物は少ないし、行商人の類では無さそうだ。旅人かな?
2泊するみたいだし、泊まってるうちに村の外の面白い話でも聞けたりするといいんだけど……
「どこの人だろうね。村の人じゃないのは確かだけど、でもなんというか、あんまりエリナが喜びそうなお話とか知らなさそうな気がするなぁ……」
「そ、そう? どうだろうね~……」
私は何の変哲もないこの村にどこか飽き飽きとしていて、旅人や行商人が来ると、給仕の仕事に余裕がある時なんかに村の外の話をよくせがんでいる。
そのことを知っているリサが、彼が部屋に消えるのを見ながら話しかけてきた。
リサの指摘が正しいのか間違ってるのかはわからないんだけど、それでも私の知らない外のことを少しくらいは知ってるんじゃないかとは思う。
そんな期待と同時に"得体のしれない何か"という感覚が、脳裏にこびりついて離れない。
そんなほんの少しの、小さな小さな期待と戸惑いが、私の胸の中で脈打ち始めていた。
その期待と戸惑いがいつしか私の理解が及びもつかない世界の話につながっていくなんて、この時の私は露ほども考えていなかった。




