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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1.ああ、愛すべきモブ女騎士(28)、捕まってしまう!

作者: 栗野庫舞

モブ騎士「わああああっ!」

 あなたには、ある地味な騎士の成り上がり物語を話そう。


 その始まりは昼間、王都で起きた。


「――侵入者だッ! 総員、即刻その者を捕らえよッ!」


 警備中の女騎士隊長が城門のほうから叫ぶ。


 本日は第三王女配下の、女性のみで構成された近衛騎士団が場内に配置されている。中庭でも女騎士が十数名、警戒態勢をとり始めた。


 ここへ侵入者が襲来する。


 暗い色のローブとフードを身に着けていて、小柄。そして動きが素早い。


 侵入者は、騎士達と同じ長い警棒を持っている。手際良い連続の打撃で次々と騎士達を倒す。


 複数相手でも難なく撃破する。誰にも止められない。


 この侵入者の次の標的に選ばれたのが、――あなたが着目するべき騎士だ。


 長い黒髪を左右で細い三つ編みにした、背の高い女騎士。彼女も侵入者の動きを止めようと警棒で振りかかる。だが、機敏な動きの侵入者に防がれ、逆に攻撃を入れられる。


 さらに追撃を受け、この女騎士も侵入者を止められずに沈む……前に、彼女は行動を起こすことが出来た。二度の攻撃をどうにか耐えた彼女は最後の力を振り絞り、侵入者へと小瓶を投げつける。


 小瓶の中身を侵入者はもろに食らった。痺れ効果のある液体の効果は絶大で、侵入者の動きが明らかに落ちた。


 侵入者は程なくして、別の騎士に倒される。即座に捕らえられ、この騒動は終了した。


   ■


 三つ編みの騎士は意識を取り戻す。


 ここは中庭ではなく、城内の一室だった。


 床で寝かされていた彼女はこの時、捕縛されていることを知った。


 しかも、鎧は脱がされ、身に着けているのは上下の白い下着だけになっていた。


 彼女は両手に手錠をされている。右足には足枷(あしかせ)がつき、(つな)がった鎖の先には頭ほどの鉄球があった。よって、彼女はこの場から移動出来ない。


 そして、あなたには重要なことも伝えよう。


 動けない彼女は、小柄な者に見下ろされていた。――あの時の侵入者だ。


「ごきげんよう、親愛なるモブ騎士どの。ご気分はどうです?」


 そう喋った侵入者は、フードを脱ぎ、素顔を見せた。


「……え、……王女様?」


 騎士は目を疑う。侵入者の正体が第四王女ライアールだったからだ。


「私のほうは、とても気分が悪いですね。半裸で拘束されている貴女(あなた)よりも」


 短めの金髪を後ろで一つに縛った王女は、モブ騎士を(にら)みつける。


 モブ騎士は唯一自由に動かせる左足を使って上半身を起こし、座った。なるべく肌や下着を(さら)さないよう、拘束された両手を正面に持って来る。


「どうしてこのようなことを……ッ」


 あなたから見ても二十八歳には見えないであろう女モブ騎士の顔は、非常に赤面していた。長い三つ編みの下部が、石の床に触れている。


「ご説明してあげましょう。……私は本日、侵入者を装って容赦ない無双を実演し、最後には(みな)へ、もっと精進するよう偉そうに語り、爽快(そうかい)な気分になる予定でした。ですが……誰かが妨害をしたせいで、私の計画が狂ってしまいました。誰なのか、貴女(あなた)には分かりますよね?」


 第四王女は姉妹の中で最も武に()けている。姉である第三王女レーズィアの近衛騎士団を単騎で全滅させるのも容易いだろう。


 だからこそ、モブ騎士の放った痺れ薬だけが誤算だった。


「わっ、私はっ、侵入者が王女様だったなんて知らなかったんですっ!」


 モブ騎士は言いわけする。その間も、出来るだけ体を隠すのを(おこた)らない。


「――ですが、王女である私を邪魔したのは事実です」


「私は騎士としての役目を果たしただけですっ!」


「ならば、私も王女としての役目を果たしましょう。モブ騎士から屈辱(くつじょく)を受けたままとあっては、王族の地位を落とすことにもなりますから……」


 第三王女は小瓶を持っていた。モブ騎士の大きな深緑色の瞳が、小瓶へとひたすらに注がれる。


「それは私の……。どうしてッ?」


貴女(あなた)は、あの投げつけた小瓶の他にも二つ、隠し持っていましたね。コレはそのうちの一つです。私は王族の誇りを取り戻すため、今からコレを貴女(あなた)にかけてみようと考えています」


「えっ……、あっ、やめて下さいっ! それは大変危険なものなんですっ!」


「でしょうね。だから貴女(あなた)で試すのですよ」


 王女がわざとらしく小瓶を(かか)げつつ、モブ騎士へとゆっくりと近づく。


 モブ騎士の顔は、(おび)えがいっそう強まっていた。


「こっ、来ないで下さいッ!」


 モブ騎士は左足を暴れさせ、運悪く王女の体にぶつかってしまった。


「――あっ」


 モブ騎士は失態に気づく。


「……今、この私を蹴りましたね?」


「すっ、すみませんっ! でも、違うんですっ! 王女様を蹴るつもりじゃなかったんですっ!」


「ですが、蹴ったのは事実です」


 あなたにも分かりやすい笑顔を、王女は浮かべた。


「王女への暴力行為は、――許されることではありませんッ!」


 王女が声を唐突に荒げると、ますますモブ騎士の顔は恐怖に染まった。


「おおお王女様がっ、私を脅すからいけないんですっ! 私のは正当防衛ですッ! どうかレーズィア様をっ、貴女(あなた)様のお姉様をお呼び下さいッ! あのお方なら、きっと私の無実を証明して下さるはずですっ!」


「私は宣言しましょう。少なくとも今日一日は――、絶対にレーズィアお姉様をここへ呼んだりするものですか」


 第四王女は限りなくモブ騎士に近づく。脅しの小瓶は彼女の目と鼻の先だった。


「お願いしますっ! ライアール様! なんでもしますから、それだけはおやめ下さぁい~ッ! あぁーーーッ!」


 瞳を閉じて(わめ)くモブ騎士に対して、王女は小瓶の中身をぶちまける……わけではなかった。その代わりに、彼女が防御態勢をとっている両手の手錠を外した。


「……えっ?」


 音に反応して見開いたモブ騎士は、王女の行動に驚いていたようだ。


 続いて王女は足枷(あしかせ)も取り除き、モブ騎士は自由の身になった。しかし、彼女は座ったまま王女を見上げている。


「あの、どうして……」


「まさか、第四王女でもあるこの私が、本当に拷問(まが)いのことをするとでも思っていたのですか? ちょっとした“いたずら”に決まっているではありませんか」


「いたずら……」


 モブ騎士は、とてもそうは思えなかったという顔をしている。


 一方、王女は微笑みの表情を作った。


「私は貴女(あなた)を断罪するどころか、むしろ高く評価しています。……あの時、私の動きを鈍らせて他の者達に後を託した貴女(あなた)の行為は、私達の国を守護する騎士として、正しい判断でした」


 モブ騎士の主張に同意し始める王女を見て、当のモブ騎士は混乱していた。


「改めて、ご紹介をさせて頂きます。私は、第四王女ライアールです」


 王女は動きやすい格好でスカートは着用していなかったが、スカートをつまむ仕草をしてモブ騎士に挨拶の格好をした。


「私は――」

「いえ、貴女(あなた)のほうは結構。今後もモブ騎士と呼ぶので」


 王女は拒否した。なお、あなたに補足すると、王女はモブ騎士の基本情報は名前も含め、すでに押さえてある。


「実はですね、本日の騒動は、私がレーズィアお姉様の配下の中から、私の近衛(このえ)騎士を選抜するための試験でした」


「……もしかして、私が選ばれたのですか?」


「ええ、そうですよ」


「それは大変な名誉ですが、どうして私なんかを……」


 モブ騎士は自身の実力を、第三王女の近衛騎士団の中でも平均以下に過ぎないと自覚している。よって、疑問に感じていたのだろう。


貴女(あなた)もご存じでしょうが、私は姉妹の中で最強の剣士です。それゆえ、これまで近衛騎士を周囲に置く必要がありませんでした。ただ、レーズィアお姉様から体裁(ていさい)だけでも整えるように、とのことだったので、見どころのある貴女(あなた)抜擢(ばってき)したのです」


 第四王女の説明を、モブ騎士は静かに聞いている。


「先ほど、なんでもするとおっしゃっていたので、まさか、辞退はしませんよね?」


「はい、もちろんです。王女様がご希望であれば、私は喜んでお従い致します。ですが……着ていたものを返して頂けませんか?」


 モブ騎士は、十六歳の第四王女が身に着けていても子供っぽいと評されてしまうような、白い下着を着けていた。とても二十八歳には思えない。ただ、胸部は第四王女よりもずっと豊かであった。


「こちらをどうぞ」


 王女は用意しておいた着替えを持って来た。それは黒と白の服で、鎧のような金属的な要素は見られない。――メイド服だった。


 渡された服を、モブ騎士はすぐに着る。背が高めの彼女は、丈の長いロング・エプロンのモブメイドになった。


「……こちらはメイド服ですよね? 私、近衛騎士では?」


「何度も言いますけど、私に近衛騎士は不要であり、貴女(あなた)は単に名目上の近衛騎士に過ぎません。あるいは雑用係とも言い換えが可能です」


「雑用係……」


 その役職のほうが似合いそうではある。


「ええ、近衛雑用係ですね」


「雑用係だとしても、一応は、私は任命された近衛騎士で、ゆくゆくは新たな近衛騎士を増やして、もしかしたら私が近衛騎士隊長になる可能性も、あるのですよね?」


 モブ騎士は騎士隊長昇進の条件を実力ではなく、年功序列(ねんこうじょれつ)に求めるらしい。


「もう配下の騎士は増やさないので、『隊』にはなりません。残念でした。ですが、貴女(あなた)以外に人がいないのも事実なので、隊長を名乗りたければご自由にどうぞ」


 王女の冷めた返答にメイド姿のモブ騎士は(ひる)んだものの、前向きな姿勢は捨てていなかった。


「では、時と場合によっては、隊長を自任させて頂きます。ところで……お給料は、これまでよりも上がりますか?」


「もちろんです」


 笑顔で王女が対応すると、モブ騎士の曇っていた表情が快晴のようになった。実に小者らしい姿に、王女は満足する。


「これから楽しくなりそうですね……」


 王女はつぶやいた。


 あなたは、モブ騎士にヘッドドレスがついていないことが気になるだろうか。やはり、メイドにそれがないのは寂しい。


 次にこの姿をさせる際には、ぜひとも似合うものを用意するつもりだ。


                    (終わり)


強大な相手に対してモブが一矢を報いるのと、拘束されてやられちゃいそうになる場面を描きたかったのでした。


最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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