そっくりさんじゃダメだから
メーリア・リヴィエールは、仮面舞踏会の夜を一生忘れられない。
音楽が鳴り響く広間、煌びやかな灯火に照らされ、色とりどりの仮面が踊る中――彼と出会った。
仮面で顔の半分は隠されていたけれど、舞踏の最中に偶然すれ違い、差し出された手を取った瞬間、胸が高鳴った。
彼の手は大きく温かく、リズムに合わせて軽やかに導いてくれる。
「今宵の君は、誰よりも輝いている」
低く心地よい声に、メーリアの頬は赤く染まった。
ほんの数刻の舞踏。
けれども別れ際、偶然は訪れる。彼が外套を羽織る瞬間、袖口からのぞいた肌は陽に焼けたように浅黒く、仮面の奥の瞳と相まって忘れがたい印象を残した。
――誰なの、この人?
その問いが、メーリアを突き動かしていく。
***
後日、彼女は親戚の貴族家を訪れた。
「仮面舞踏会で出会った方を探したいのです。背が高く、浅黒い肌で……」
だが親戚の家は顔をしかめる。
「おまえ、以前あの派閥に粗相をしただろう? その相手に頼めというのか」
それでもメーリアは食い下がる。結局、紹介状を得て相手派閥へ赴いたが――。
彼らは意地悪く笑った。
「そのような人物など知らぬな。だが……似た者ならば用意できよう」
そして次々に現れる「そっくりさん」たち。
背丈も肌の色も似ているが、あの夜の温もりも、胸を焦がした声も違う。
メーリアは毅然と答えた。
「いいえ。この方ではありません。私の想い人は、こんな気配をまとっていません」
彼女はすべてを一蹴した。
密偵を雇い、舞踏会の記録を調べ、出席者の名簿を追い……ついに辿り着く。
――ローゼンブラック伯爵家の令息、アルヴィン。
やはり彼だった。
メーリアは震える手で紹介状を握りしめ、彼のもとを訪ねた。
「……あの夜、あなたと踊ったことを、私は忘れられません」
驚いたように目を見開いたアルヴィンは、やがて微笑む。
「私もだ。君の瞳に映る光景を、何度夢に見たことか」
二人の心は確かに通じ合った。
だが、そこに立ちはだかるのは現実だった。
ローゼンブラック伯は強硬な派閥の重鎮であり、リヴィエール家とは相容れぬ立場にある。
「令息、あの娘との縁談は断固反対だ!」
「彼女の家系では我が派閥の名誉に傷がつく」
派閥は徹底して二人を引き裂こうとした。
しかし、メーリアは退かなかった。
「私は、そっくりさんでごまかされるような恋をしていません。私が愛したのは、あの夜に私の手を取ってくれたアルヴィン様ただ一人です!」
噂はやがて王宮に届いた。
舞踏会を主催した王太子が、二人を呼び寄せる。
「仮面舞踏会は、出会いの場であると同時に、縁を結ぶ場だ。二人の出会いは偶然ではないだろう」
王宮の後押しを受け、派閥もさすがに逆らえなかった。
こうして、メーリアとアルヴィンの仲は公然と認められ、結ばれることとなったのだ。
再び舞踏会の夜。今宵、仮面はない。
アルヴィンが手を差し出す。
「もう、君を手放さない」
「はい。あなた以外は、絶対にいりません」
メーリアは誇らしく微笑んだ。
――だって、そっくりさんじゃダメだから。