#5 空席の窓際
人物画の提出は無事に終わった。
内川先生に提出したとき、「いい表情になったな。」
と言った。その一言で胸の奥がじんわりと温まった。
でも、不思議だった。完成したはずの絵を前にして、
どこか「終わっていない」ような感じがした。
次の日は、放課後に、いつもどおり美術室に向かっていた。もう人物画は描き終わったのに、自然と
足が向いていた。たぶん、また翼と話せるような
気がしていたからだと思う。
けれど、美術室に翼の姿はなかった。
窓際のイスには、誰も座っていない。
そのことに、とても不思議に思った。
「今日は用事があるのかな」
そう自分に言い聞かせて、帰り道を歩いた。
でも、その日も、次の日も翼が美術室に
現れることはなかった。
3日目、僕はついにスマホを開き、翼のアウスタを
のぞいた。最後の投稿は、1週間前。
写真は、あの日の美術室の夕焼け。
キャプションには「きれいな夕焼けだったな~」という言葉と、「#最後の一枚かも」と書かれていた。
胸の奥がぎゅっと引き締められた。
なにかがおかしい。だけど、なにが起きているのかが
分からない。
翌朝、教室の翼の席は、空いたままだった。
先生が、「翼さんは、体調不良でお休みです。」と
だけ言った。これが本当なら少しは安心する。
でも、体調不良以上のことが起きていたら…
その瞬間、僕の中ではなにかがはっきりした。
あのときの笑顔、あのときの言葉、あの揺らいだ目。
全てが「さよなら」という意味だったんじゃないか。
僕は放課後、美術室の窓際に座り、
翼がいた場所を見つめながら、スケッチブックを開いた。まだ、何も描かれていないページ。そこに、
震える手で筆を走らせた。輪郭にならない線が、
静かに、静かにページに浮かび上がっていった。
(#6に続く)