#3 線にならない距離
もうすぐ人物画の期限日が来る。
今日も放課後に美術室に向かった。
美術室に着いたら、翼はすでに窓際のイスに
座っていた。
「今日、ちょっと早めに来ちゃった」
笑顔でそう言う翼の声が、なぜか少しだけ弱く
聞こえた気がした。
「うん。じゃあ、始めるね。」
僕はいつも通りスケッチブックを開いた。
最初の頃よりかは、少し描くのが上手くなったような
気がする。また少しずつ描いていると、
「ねぇ、翔くんって…どうして人物画苦手なの?」
不意に翼が言った。
「え?」
「風景はいっぱい描いていたでしょ?outstagram(通称アウスタ)に載せてたやつも、めっちゃ綺麗だったよ。」
びっくりした。翼が、僕のアウスタを見てたんだ。
「見てたんだ…」
思わず声に出た。少し後悔をした。
恥ずかしくなって、思わず目をそらしてしまう。
でも翼は、そんな僕を見て、少しだけ優しい目をした。
「風景ってさ、動かないし、何も言わないから、
どこか安心しちゃうんだよね。」
自分でも気づかぬうちに、ぽつりと本音がこぼれた。
「人は、難しい?」
「うん。顔って、表情とか、目とか、たくさん伝えてくるじゃん。だから…怖いのかもしれない。」
翼はしばらく黙っていた。
その沈黙している時間が、なぜか気持ちよかった。
「翔くんは、ちゃんと人を見てるんだね。」
ぽつりと、翼が言った。
その言葉が、胸の奥にじんわりと広がった。
僕はもう1度、翼の顔を見て、筆を走らせた。
描きかけの線の先に、彼女の輪郭が少しだけ浮かんだ
ような気がした。
(#4に続く)