#10 窓の向こうの春
桜のつぼみが、少しずつ膨らみ始めていた。
病室の白いカーテンの隙間から、
淡い春の日差しが差し込んでいる。
翼は、窓辺のベッドにもたれて、小さく息を吐いた。
「退院までもう少しだって。あと一週間くらいかな」
そういった翼の横顔は、入院したばかりの頃よりも、
ずっと明るく見えた。
「そっか…。じゃあ、そろそろ美術室にも戻ってきてよ」
僕はそう言いながら、リュックから新しい
スケッチブックを取り出した。
「ねぇ翔くん。今度描くときは、もう『人物画』じゃなくていいよ」
翼がふと、いたずらっぽく言った。
「うん。でも、僕はたぶん…また君を描くと思うよ」
「え?」
「人物とか、課題とか関係なく。なんとなく描きたくなるんだよ、君を。」
翼は目を丸くして、それから少しだけ顔を赤くした。
「そういうの、反則だよ」
「え、なにが?」
「…なんでもない」
そのあと、ふたりでカーテンを開けて、窓の外の空を眺めた。うっすらと色づきはじめた並木道。
風に揺れる枝の先に、小さな春が確かに芽吹いていた。
「翔くん」
「うん?」
「ありがとね。私、たぶん…あのままだったら、自分のこと、嫌いなままだったと思う。」
「なんで?」
「弱い自分を、見せるのが怖かったから。でも、翔くんはちゃんと見せてくれた。絵に描いてくれた。」
「見えたから描いたんだよ」
僕は、静かに言った。
翼はまた、窓の外を見つめる。
その目に、もう曇りはなかった。
(エピローグに続く)




