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記憶の星座  作者: 喜々
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第2章:伝承の刻

 私は不思議でどこか切ない夢を見ていた。果てしなく広がる漆黒の闇空間に立つと、空には無数の星々が瞬いていた。しかし、その輝きはどこか不安定で、今にも崩れ去りそうな儚さを帯びていた。


 足元に目を向けると、小さな光の欠片が漂っている。それらは、忘れ去られた記憶の断片のように淡く光りながら宙を舞い、時折ふわりと揺れていた。私は静かに足を踏み出し、その光の道を辿っていく。歩むたびに、遠くからかすかな声が響くような気がした。


「記憶を集めるのです......」


 低く、悲しみに満ちたその声に、自然と引き寄せられるように進む。光の欠片に触れると、幼い頃の笑顔や温かな記憶が次々と浮かび上がる。しかし、あっという間にそれらは激しい悲しみと共に消え、闇に呑まれていく。幸福と痛みが交錯する一瞬の輝きが、私の心を強く打った。


 ふと足を止め、広大な夜空を仰ぐ。そこには、かつての輝きを取り戻すために結ばれるべき「記憶の星座」の断片が、光の帯となって漂っていた。しかし、その星々は部分的に欠け、バラバラに散らばっている。私の胸には、失われたものを取り戻したいという淡い願いと、それが儚く消えてしまうのではという不安が入り混じっていた。


 やがて、空全体を覆うかのような巨大な闇の塊が現れる。すべての光を吸い込み、静寂と孤独を漂わせる。闇が星々を呑み込むたびに、胸を締め付けるような喪失感が広がる。まるで自分自身が消えてしまうかのように——。


 しかし、その闇の向こうには、ひと筋の希望の光が残されていた。決して完全には消えない、まだ何か大切なものが息づいている証のように。




 目が覚めると、私は夢の余韻に浸りながら、胸の奥に確かな感覚が宿っているのを感じた。これまで感じていた断片的な呼びかけが、今ひとつの形を成し始めているような気がした。記憶を取り戻し、散らばった星々を再び繋ぐ――それが、私に託された使命なのだと。


 朝日が差し込む中、椅子に座り、窓の外で風に揺れる木々をぼんやりと眺めていた。昨夜の夢が、現実と地続きになっているような感覚があった。星々が闇に呑まれていく光景。そして、あのかすれた声——「記憶を集めるのです......」。


 夢の意味を考えているうちに、ふと、祖父の言葉が脳裏に浮かぶ。


「この家には、ずっと昔から受け継がれてきた記録があってな。記憶の守護者のことを知りたいなら、それを読んでみるといいよ」


 まだ幼かった頃、その言葉に導かれて古びた書物をめくったことがある。しかし、当時は意味がよくわからず、途中で投げ出してしまった。だが今なら、何か掴めるものがあるかもしれない。


 シオリは部屋の奥にしまわれていた箱を探し始めた。やがて見つけた古文書を手に取り、静かにページをめくる。


「記憶の守護者は、かつて人々の大切な記憶を星へと昇華させ、夜空に輝かせていた。しかし、負の感情が蓄積したことで『忘却の闇』が生まれ、記憶の星を砕き、散らばせてしまった——」


 息を呑んだ。昨夜の夢と重なる記述に、胸の奥がざわつく。


「まさか、ただの昔話じゃないの?」


 ふと外から祖母の声が聞こえた。


「シオリ、アメリア様があなたをお呼びだったわよ。会いに行っておいで。」


「アメリア様が?」


 なんだろうと思いながらも、本を片付けて支度を整えた。




 そこは神聖な静寂に包まれていた。木々の葉がそよぐ音と、人々が静かに交わすささやきだけが、辺りの静けさを一層引き立てていた。


 しばらく歩くと、アメリアの姿が現れた。彼女の周囲だけ、空気が温かく穏やかに変わり、まるで歴史と伝統そのものが形を成して現れたかのようだった。


 彼女の古代の知識と霊的な洞察力は驚くべき深みに達するという。耳を澄ませば、深い瞑想と祈りの中で、彼女は過去と未来の神秘的な声を聞き分け、私たちの束の間の夢さえも見通してしまうのだという。


 アメリアは深い瞑想の眼差しを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「シオリ、あなたの血に宿る力は、散らばった記憶を一つに結び、失われた星座を取り戻すためにあります。そして、あなたは『記憶の旅人』として、この使命を担うべき存在なのです。」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心は大きく揺れた。私はしばらく無言のまま、アメリアの顔を見つめた。外の窓から差し込む薄明かりが、アメリアの横顔を柔らかく照らしている。


「......私が?」思わず声が漏れる。アメリアは静かに頷き、続けた。


「記憶の断片を集める力は、その血に宿る者だけに与えられています。これまで感じていた不思議な感覚、夢の中の声、そして古文書の言葉は、あなたに続く運命の道しるべでした。」


 アメリアはさらに言葉を重ねる。


「この地には、古くから『記憶の守護者』の伝承が息づいています。散り散りになった記憶の断片は、かつての人々の大切な想いが宿る証。私自身、瞑想の中で夢や過去の声に耳を傾けてきました。そして、シオリ、昨夜あなたが見た夢――儚い光、散らばる星々、そしてあの声のエネルギーも、私の中に届きました。あなたの家系は代々その使命を受け継ぎ、『記憶の旅人』の末裔なのです。」


 私は息を呑んだ。自分が「記憶の旅人」の末裔――その言葉の重みが、まるで雷のように頭の中に響き渡る。驚きと戸惑いが入り混じり、心臓が強く打った。ずっと感じていた違和感、夢の中の声、あの光の欠片たち......すべてが、この瞬間に繋がった気がした。


「でも......」私は小さな声で呟いた。「本当に、私がこの重い運命を背負えるのでしょうか? この道を歩むことは、もう今までの日常には戻れないということはないでしょうか?」声は震えていた。


 アメリアは優しい微笑みを浮かべながらも、どこか厳かな眼差しで答えた。


「誰もがその答えをすぐに見つけられるわけではありません。私も多くの苦悩と試練を乗り越えてきました。しかし、あなたの中には先祖たちが遺した確かな光が宿っています。その光を信じれば、必ずや道は開けるでしょう。覚えておきなさい。大切なのは、あなたがどんな状況にあっても、自分自身の心の声を信じることです。あなたには、たくさんの愛と支えがある。あなた一人で背負う重荷ではありません。」


 アメリアはそう言って、そっと私の肩に手を置いた。私は目を伏せ、深く息を吸い込んだ。胸の奥で、過去の夢や家族との会話、そして数々の伝承が重なり合うのを感じた。心の中で、使命と自分自身への不安が静かにぶつかり合う。


 ——本当に、この運命を受け入れる覚悟があるのだろうか。


 思考の渦の中に飲み込まれそうになりながらも、私は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 その問いに対する答えは、まだはっきりとは見えてこなかった。しかし、アメリアの言葉と、自分の中で芽生えたほんの小さな希望が、私を一歩前へと動かし始めていた。




 家へ帰ると、暖かなリビングで家族が待っていた。テーブルには湯気の立つハーブティーが置かれ、母は穏やかな笑みを浮かべ、父は腕を組みながら静かに私の話に耳を傾けていた。


「夢の中で聞こえた声……まるで私に語りかけるようだったの。」


 慎重に言葉を選びながら、アメリアの言葉と古文書に記された謎めいた運命について語る。


「アメリア様のことだ、きっと深い意味があるんだろう。」父が静かに頷く。


「でも、本当にその道を選ぶつもり?」母は優しく問いかける。その声には、私を信じながらも心配する気持ちがにじんでいた。


 私は自分の内にある感情を確かめるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「怖くないと言えば嘘になる。でも、ずっと心のどこかで感じていた気がするの。この道が私に向けられていたんだって。」


 家族は、私の内にある揺るぎない想いを受け止め、温かく見守ってくれた。母はそっと私の手を握り、父は静かに微笑んだ。その励ましと愛情に支えられ、私は心の中で確信した。これは偶然ではなく、ずっと自分に向けられていた道なのだと。


 話し合いを終え、決意を新たにした。




 翌朝、再びアメリアのもとに足を運んだ。


 アメリアは、伝承と先祖の記憶を見守る者として、私たちの運命を知っているかのような雰囲気を漂わせていた。


 彼女は静かに口を開いた。


「この地には、古くから『記憶の守護者』の伝承が息づいております。私たちの家系には、記憶を星へと昇華させる力が宿っておりますが、その重い使命に耐え得る覚悟を持つ者はごく稀でした。多くの先祖たちは、日常の平穏を選び、この運命からは距離を置いたのです」


 アメリアは続けた。


「あなたが、幼い頃から感じていたあの不思議な声。それは、単なる幻ではなく、あなたの血に流れる特別な感受性の現れです。家族の中で、あなたほど記憶の呼びかけに敏感な者はいなかったのです。あなたは、先祖の囁きと夢の中のビジョンを受け取る力を持っており、それがこの使命に適する証なのです」


 私は、これまで何気なく感じていたあの微かな声と、胸に響く不思議な感覚が、決して偶然ではなかったことを、ようやく理解した気がした。先祖たちは、その重い運命を背負うことを恐れ、静かに日常を選んだ。しかし、私だけは、内に秘めたその力に応える覚悟がある。アメリアの前に立ち、深呼吸を一つ。そして、静かだが確固たる声で告げた。


「私、やってみようと思います」


 その瞬間、胸の奥に静かな決意が灯った。私だけに宿る、この運命を果たすための力が、今まさに呼び覚まされようとしていたのだ。こうして、記憶を集める旅が、私にとって本格的に始まろうとしていた。

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