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ep 9

古書の知識、そして最初の試練へ

冒険者ギルドの一角に設けられた図書室は、想像していたよりも広く、そして静謐な空気に満ちていた。高い天井まで届く書架には、分厚い革装の書物や古ぼけた羊皮紙の巻物がぎっしりと並び、使い込まれた木の机と椅子がいくつも置かれている。窓から差し込む柔らかな光が、空気中に舞う微細な埃をキラキラと照らし出し、古書の独特な匂いと相まって、どこか神聖な雰囲気すら漂わせていた。

リュウは、受付で冒険者カードを提示して借り受けたモンスター図鑑を、図書室の奥まった場所にある古びた木の机に広げ、熱心にそのページを読み込んでいた。隣では、セーラもまた、この地方の薬草や治療法に関する書物を静かに捲っている。周囲には、リュウたちと同じように、様々な知識を求めて書物を読み耽る冒険者たちの真剣な横顔があった。彼らは皆、この厳しい世界で生き抜くために、力だけでなく知恵もまた重要であることを理解しているのだろう。

リュウは、先ほどからモンスター図鑑のページを食い入るように見つめていた。そこには、彼がこれまでに遭遇したゴブリンやスライム、そして森でちらりと見かけたことのあるオーク、さらには昨夜の悪夢に現れた恐るべきドラゴンまで、様々なモンスターの生態、行動パターン、生息域、そして最も重要な弱点が、詳細なイラストと共に丁寧に記されていた。

「なるほどな……ゴブリンはやっぱり、単体では大したことないけど、集団で襲ってくるから厄介なのか」リュウは、先日アルクス門前で遭遇したゴブリンの群れとの戦いを思い出しながら、図鑑の記述に深く頷いた。「知能は低く、統率も取れていないことが多い。不意打ちや背後からの攻撃に弱い、と……これは覚えておこう。次に遭遇したら、もっと上手く立ち回れるはずだ」

隣の席で、セーラが指で文字を追いながら、小さな声で呟いた。「オークというモンスターは、ゴブリンよりもずっと手強く、体格も大きいようですわね……。高い戦闘能力を持ち、集団での連携も得意とする、と……。私たちだけで立ち向かえる相手なのでしょうか……」彼女は、少し心配そうな表情を浮かべ、リュウの顔を窺った。

リュウは、オークの項目に書かれた「非常に高い筋力と体力を誇るため、装備の整わない者が正面から戦うのは極めて危険」という一文に目を留めた。今の自分の主な武器は、新調した短剣"疾風"と、使い慣れた投石術だ。正面からの純粋な力押しでくる相手は、今の自分たちにとっては少し荷が重いかもしれないと考えた。

次にスライムのページを開くと、「物理的な打撃には弱いが、斬撃や刺突は効果が薄い場合がある。体組織のほとんどが水分で構成されているため、火属性の攻撃に特に弱い」と書かれている。リュウは、自分が火属性の攻撃手段を何一つ持っていないことに改めて気づいた。「セーラは魔法が使えるんだよな。確か、回復魔法って言ってたけど……もしかして、攻撃系の魔法も少しは使えるのかな?」と、ちらりと隣のセーラの横顔を見たが、彼女は真剣な表情で書物に見入っており、声をかけるタイミングを逃してしまった。

そして、最後にドラゴンのページ。その項目は、他のモンスターとは比較にならないほどの圧倒的な情報量で埋め尽くされており、「単独での討伐は不可能に近く、国家規模での遠征隊、あるいは伝説級の英雄パーティーでなければ太刀打ちできない」という絶望的な記述に、リュウは改めて昨夜の悪夢の恐怖をまざまざと思い出した。漆黒の鱗、全てを見透かすかのような紅蓮の瞳、そして周囲一帯を焦土に変える灼熱のブレス。あの圧倒的なまでの恐怖と絶望感は、まだ彼の心に生々しい傷跡として深く刻まれていた。「いつか……本当に、あんな途方もなく強大な敵とも戦う日が来るのだろうか……。いや、今は考えるだけ無駄だな」リュウは、遠い目をしながらも、無理やり思考を切り替えた。

図鑑には、モンスターごとに有効な攻撃属性や、逆に耐性を持つ属性が、分かりやすいアイコンと共に記載されていた。火、水、風、土といった基本的な属性のアイコンが並び、それぞれのモンスターにどの属性が有効で、どの属性が無効化されやすいのかが一目でわかるようになっていた。リュウは、自分の武器に属性を付与するなどということは今まで考えたこともなかったが、この世界では属性の知識もまた、生死を分ける重要な要素なのだと深く理解した。

さらに、「状態異常」という項目には、毒、麻痺、睡眠、混乱、石化といった、戦闘を著しく困難にする様々な状態異常の効果と、それらを引き起こす代表的なモンスター、そして可能な限りの対策や治療法が書かれていた。「モンスターによっては、こういう厄介な攻撃をしてくるのか……。事前に知っておくことが、どれだけ大切か……」リュウは、真剣な表情で、特に重要だと思われる箇所を羊皮紙の切れ端にメモを取った。

一通り図鑑を読み終えたリュウは、大きく息を吐き、凝り固まった肩を軽く回した。「ふむ、大体のモンスターの特徴と弱点は頭に入ったかな」

セーラも、読んでいた薬草の書を静かに閉じ、リュウの方を優しく向いた。「リュウ様、モンスターのことは大体把握できましたか? 少しお疲れのようですが」

リュウは、得た知識に対する確かな手応えを感じ、自信を持って頷いた。「ああ、大体な。ゴブリンは集団で現れるけど、一体一体はやっぱり弱い。オークはかなりの力持ちで、戦うなら上手く連携を取る必要がある。スライムは物理攻撃、特に打撃に弱くて、火の攻撃にはもっと弱い、と。ドラゴンは……うん、まあ、今はまだ考えないことにするよ」彼は、最後の部分で少し苦笑いを浮かべながら言った。

セーラは、リュウの言葉に安心したように柔らかく微笑んだ。「はい。事前に知識を得ておくことは、とても大切ですものね。これで、少しは安心して冒険に出られますわ。わたくし、リュウ様と一緒に冒険できるのが、本当に楽しみなのです」彼女の澄んだ瞳は、純粋な期待と、リュウへの信頼に輝いていた。

リュウは満足げに頷くと、すっくと立ち上がり、腰に下げたばかりの愛剣"疾風"の柄に軽く手をやった。新たな知識と、新たな武器。それが今の彼に、確かな自信を与えてくれている。

「よし、セーラ。準備はできた。まずは、俺たちの今の力を試すためにも、簡単な依頼から受けてみようか。ゴブリンの討伐とか、薬草採集の護衛とか、あるいはスライム退治とか、そういう手頃なやつがいいだろうな」

セーラも静かに立ち上がり、リュウの隣にそっと並んだ。「はい、リュウ様。わたくし、まだまだ未熟者ではございますが、リュウ様のお力になれるよう、精一杯頑張ります」彼女は、リュウの横顔を、決意を秘めた力強い眼差しで見つめた。

二人は、知識という名の新たな武器を携え、ギルド図書室の静寂を後にして、再び冒険者たちの喧騒に満ちた依頼掲示板へと向かった。そこには、無数の依頼書が所狭しと貼り出され、多くの冒険者たちが熱心にそれらを吟味している。リュウとセーラは、その人垣の中に分け入り、自分たちの実力に合った、記念すべき最初の依頼を探し始めた。

彼らの異世界アースティアでの冒険は、確かな知識と信頼できる仲間という翼を得て、いよいよ本格的に、そして着実に動き出そうとしていた。

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