ep 12
ラッキー・ストライカーズ、双頭の凶狼、ガルムの影
アルクス冒険者ギルドの酒場で、アレン、レミーラ、コハク、ボルガンの四人が、それぞれの情報収集の成果(あるいは珍事)を報告し合い、次の依頼について相談しようとしていた、まさにその時だった。ギルドの重厚な扉が、まるで破壊されるかのような勢いで激しく開き、全身泥まみれで、鎧の一部が無残に引き裂かれた若い冒険者の男が、血相を変えて転がり込んできた。
「た、大変だ! 緊急事態だ! アルクスの西の森、その奥深くで……見たこともないような、巨大な黒い影が……! あれは、間違いなく、とてつもなく強力な魔物だ! 斥候に出ていた俺のパーティーは、一瞬で……っ!」
その若い冒険者の、恐怖と絶望に染まった悲痛な叫び声は、ギルド内の喧騒を一瞬にして凍りつかせた。酒場のジョッキを傾けていた者も、依頼書を吟味していた者も、皆一様に動きを止め、その声の主へと視線を集中させる。
「落ち着け! まずは詳しく状況を話せ!」カウンターから、ギルド職員の一人が鋭く声を飛ばす。
「は、はい……! 黒い狼のような姿をしていましたが、その大きさは普通の狼の三倍はありました……。そして、それが……それが、二体も……! あの鋭い牙と爪、そして何よりも、あの地獄の番犬のような、魂を喰らうかのような赤い瞳……! 間違いありません、あれは古文書に記されていた伝説の凶獣……『ガルム』です!」
「ガルムだと!?」その名を聞いた瞬間、ギルド内にいたベテランの冒険者たちの顔色が変わった。壁際で静かに酒を飲んでいた、歴戦の勇士であろう屈強な戦士でさえ、その手に持つ杯を思わず強く握りしめる。
アレンも、その名前に聞き覚えがあった。ギルドの図書室で読んだモンスター図鑑の、特に危険とされる魔物のページに、その名は禍々しいイラストと共に記されていたはずだ。
(ガルム……冥府の番犬とも呼ばれる、極めて凶暴で俊敏な狼型の魔獣。鋭い牙と爪は鋼鉄をも切り裂き、群れで狩りを行うこともある。特に、二体で連携するガルムは、熟練のパーティーでさえ苦戦を強いられる、と確か……)
「リュウ様……ガルム、ですって……。あの、図鑑にも載っていた……」レミーラは、アレンの隣で、顔を蒼白にさせながら、小さな声で震えるように呟いた。彼女もまた、その魔物の危険性を本能的に感じ取っていた。
「おいおい、ガルムが二体だぁ? そりゃあ、ちょいとヤバいんじゃないのか? でも、なんだか強そうで、アタイの血が騒ぐぜ!」コハクは、危険な状況にも関わらず、その琥珀色の瞳を好戦的な光で輝かせ、腰の両手剣「虎王」の柄を無意識に握りしめている。
「フン、ガルム二体か。不足はない相手じゃな。オイラの『轟鉄 Mk-II』と、この新たなる『魔鋼オリハルコン』の力を試すには、うってつけの的かもしれんわい」ボルガンもまた、不敵な笑みを浮かべ、背中の魔砲をまるで愛おしむかのようにポンと叩いた。
ギルド内は、一時騒然となった。「ガルムが二体も出現したとなると、ギルドとしても早急に対応しなければならない」「しかし、今のアルクスには、S級のリュウ様とセーラ様はご不在だぞ」「A級パーティーでも、二体のガルム相手となると、かなりの犠牲を覚悟せねばなるまい……」
そんな中、アレンは静かに、しかし確かな決意を込めて、仲間たちを見回した。「なあ、みんな。この依頼、俺たち『ラッキー・ストライカー』で受けてみないか?」
その言葉に、レミーラは「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げ、コハクとボルガンは「「面白そうだ(面白そうじゃな)!」」と、目を輝かせた。
「で、でも、アレン君! ガルムは、とっても危険な魔物ですのよ!? わ、わたしたちのような新米パーティーでは、その……」レミーラが不安げに言う。
「大丈夫だよ、レミーラ」アレンは、彼女に安心させるように微笑みかけた。「確かに危険な相手だ。でも、俺たち四人なら、きっと何とかなる。それに、困っている人がいるのに、見過ごすわけにはいかないだろ?」
父リュウと母セーラの教えが、彼の行動原理の根幹にはっきりと息づいていた。
「それに、考えてもみてくれよ。もし俺たちがガルムを倒せたら、一気に名を上げられるぜ! そしたら、もっと面白くて、もっと報酬のいい依頼も舞い込んでくるに違いねえ!」コハクは、早くも成功後の算段を立てているようだ。
「うむ、コハクの言う通りじゃ。それに、あの『魔鋼オリハルコン』を『轟鉄』に組み込むための資金も必要じゃからのう。ガルムの素材は、確か高値で取引されるはずじゃ」ボルガンも、実利的な面から乗り気になっている。
アレンは、三者三様の反応に苦笑しながらも、受付カウンターにいたルナの方へと向き直った。「ルナさん! そのガルム討伐の依頼、僕たち『ラッキー・ストライカー』に任せてもらえませんか!」
ルナは、アレンのその言葉に、驚きと、そして深い懸念の色をその表情に浮かべた。「アレン様!? し、しかし、ガルム二体となると、あまりにも危険すぎます! あなたがたは、まだ正式な依頼を一度しかこなしていない、新米のパーティーですのよ!?」
「分かっています。でも、僕たちには、それぞれの力があります。そして、何よりも、このパーティー名に恥じない『幸運』も、きっと味方してくれるはずですから」アレンは、悪戯っぽく片目をつぶって言った。
ルナは、しばらくの間、アレンたちのその若さに見合わぬ覚悟と、それぞれの瞳に宿る強い意志の光を見つめていたが、やがて深いため息をつくと、何かを諦めたかのように、しかしどこか期待を込めたような表情で言った。「……分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、ギルドとしても、あなたたちのその勇気を信じましょう。ですが、くれぐれも、くれぐれもご無理だけはなさらないでください。危険だと判断したら、必ず撤退することを約束してくださいまし」
「はい、ありがとうございます、ルナさん!」
こうして、アレンたち「ラッキー・ストライカー」は、正式な依頼として、アルクス西の森に出現したという双頭の凶狼、ガルム二体の討伐任務を受注することになった。
ギルドを出る前、四人は小さなテーブルを囲んで、簡単な作戦会議を開いた。
「よし、ガルムは俊敏で、連携攻撃を得意とするらしい。まず、ボルガンの魔砲で先制して、奴らの連携を崩す。コハクは、その隙を突いて一体に集中攻撃を仕掛けてくれ。俺はもう一体を引き受けつつ、全体の状況を見て指示を出す。レミーラは、後方からの回復と補助、そして、もしチャンスがあれば、習得したばかりの攻撃魔法も試してみてほしい」アレンは、リーダーとして冷静に指示を出す。
「任せとけ、アレン! アタイの『虎王』で、そのガルムとやらを真っ二つにしてやるぜ!」コハクは、両手剣の柄を握りしめ、好戦的な笑みを浮かべる。
「フン、オイラの『轟鉄 Mk-II』の真価、とくと見せてくれるわ! 今日こそ、完璧な『フルバースト・ロマンキャノン』を決めてやるぞ!」ボルガンも、ゴーグルをくいと上げ、意気込む。
「は、はいっ! わ、わたしも、皆さんの足を引っ張らないように、精一杯頑張りますですの! えいえいおー……ですの!」レミーラは、まだ少し声が震えてはいたが、その瞳には確かな勇気が灯っていた。
準備を整え、四人はアルクスの西門から、夕闇が迫る不気味な森へと足を踏み入れた。森の奥に進むにつれて、空気は重く冷たくなり、獣たちの気配も消え、ただ不気味な静寂だけが彼らを包み込む。木の葉を踏む自分たちの足音だけが、やけに大きく響いた。
そして、森の最も深い、月の光もほとんど届かない開けた場所に辿り着いた時、彼らはついにその姿を目の当たりにする。
茂みの奥から、まるで闇そのものが実体化したかのような、巨大な漆黒の狼が、二体、ゆっくりと姿を現した。その体躯は、アレンがこれまでに見たどんな狼よりも大きく、筋肉質で、鋭い牙と爪は月光を鈍く反射し、そして何よりも、その双眸は、血のように赤く、飢えた獣の獰猛な光を宿して、侵入者であるアレンたち四人を、冷ややかに、そして確実に捉えていた。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ……」
二体のガルムが同時に発した、地を這うような低い唸り声は、森の静寂を切り裂き、アレンたちの肌を粟立たせるほどの、純粋な殺意と威圧感を放っていた。
「……来たな」
アレンは、腰の片手剣を抜き放ち、その切っ先を二頭の凶狼へと向けた。
「ラッキー・ストライカー」の、本当の意味での初陣が、今、まさに始まろうとしていた。




