ep 8
ラッキー・ストライカーズ、初陣のち、ギルドの喧騒
森の奥深く、先ほどまでの轟音と獣たちの咆哮が嘘だったかのように、奇妙な静寂が支配していた。後に残されたのは、ボルガンの魔砲「轟鉄 Mk-II」によって半ばクレーターと化した地面、なぎ倒された木々、そしてそこに転がるワイルドボアの無残な死骸の山。そして、その大惨事(?)の中心には、全ての元凶とも言えるレッドオーガの巨体が、ピクリとも動かずに横たわっていた。
アレン、レミーラ、コハク、そしてボルガンの四人は、しばらくの間、そのあまりにも予想外で、そしてシュールすぎる戦いの結末に、言葉もなく立ち尽くしていた。
「……えっと、と、とりあえず、依頼目標のワイルドボアは……全滅、した、よな?」アレンが、恐る恐る口火を切った。その顔には、安堵よりも困惑の色が濃く浮かんでいる。
「おー! 結果オーライじゃん! あのレッドオーガ、ちょー強かったけど、イノシシどもを一掃してくれたんだから、アタイ的には大満足だぜ!」コハクは、あっけらかんとしたもので、むしろ目の前のレッドオーガの巨体に興味津々といった様子で近づこうとする。
「だ、ダメですわ、コハクさん! まだ完全に死んでいるとは限りませんし、それに……わ、わたしのくしゃみのせいで、こんな、とんでもないことになってしまって……本当に、本当にごめんなさい……!」レミーラは、今にも泣き出しそうな顔で、再びペコペコと頭を下げ始めた。
一方、張本人の一人であるボルガンは、自分の魔砲「轟鉄 Mk-II」の砲身を、まるで我が子を労わるかのように優しく撫でながら、複雑な表情を浮かべていた。「うーむ……確かに、ワイルドボアどもは木っ端微塵にはならなんだが、あのレッドオーガを一撃で瀕死に追いやったということは、やはりオイラの『轟鉄 Mk-II』の威力は本物じゃったということじゃな! ……まあ、狙いは少々、いや、かなり逸れたが……。しかし、これではワイルドボアの素材が……」
ボルガンの言葉通り、レッドオーガの暴れっぷりによって、ワイルドボアの死骸は原型を留めているものがほとんどなく、依頼書にあった「可能な限り素材は傷つけずに」という条件は、絶望的な状況だった。牙は折れ、毛皮はズタズタに引き裂かれている。
「こ、これは……依頼主に何て報告すれば……」アレンは頭を抱えた。
「正直に話すしかありませんですの……。全て、わたしのドジが原因ですから……」レミーラは、さらに縮こまってしまう。
「まー、いいじゃん、いいじゃん! 強い魔物も倒せたんだし、結果的には大勝利ってことで!」コハクは、どこまでも前向きだ。
「フン、レッドオーガの素材が手に入れば、ワイルドボアなんぞよりよっぽど高値で売れるはずじゃ! これぞ怪我の功名というやつよ!」ボルガンは、いつの間にかレッドオーガの巨体を吟味し始めていた。
結局、四人は、ほとんど無傷のまま残っていたワイルドボアの牙を数本と、ボルガンの主張通り、思いがけず手に入ったレッドオーガの素材(角と、比較的損傷の少ない部分の皮)を剥ぎ取り、なんとも言えない複雑な心境のまま、アルクス冒険者ギルドへの帰路についたのだった。
夕暮れ時、ギルドの扉をくぐると、受付カウンターにはいつものようにルナが笑顔で座っていた。
「あら、アレン様、レミーラ様、コハク様、ボルガン様、お帰りなさいませ! ワイルドボア討伐の依頼、いかがでしたか?」
四人は顔を見合わせ、代表してアレンが一歩前に出た。
「あ、あの、ルナさん。依頼のワイルドボアは……その、一応、全て討伐できました。ただ……その過程で、ちょっと、色々とありまして……」
アレンは、言葉を選びながら、森で起こった一部始終――ボルガンの魔砲準備、レミーラのくしゃみ、魔砲の誤射、レッドオーガの出現、そしてレッドオーガによるワイルドボア殲滅という、にわかには信じがたい出来事を、正直に、しかしできるだけ冷静に報告した。
最初はにこやかに聞いていたルナも、話が進むにつれて、その表情は驚き、困惑、そして最終的には呆れを通り越して、もはや一種の感嘆のようなものへと変わっていった。
「……つまり、レミーラ様のくしゃみが原因で、ボルガン様の魔砲がレッドオーガに直撃し、怒ったレッドオーガが依頼対象のワイルドボアを全て倒してくれた、と……そういうことで、よろしいのでしょうか……?」ルナは、こめかみを軽く押さえながら、確認するように言った。
「は、はい……。誠に申し訳ございません……」レミーラが、消え入りそうな声で謝罪する。
「フン、結果的にはレッドオーガも討伐できたのだから、むしろ報酬は上乗せされても良いくらいじゃろう!」ボルガンは、なぜか胸を張っている。
「レッドオーガ、ちょー強かったぜ! 見てて面白かった!」コハクは、悪びれる様子もなく笑っている。
アレンは、胃がきりきりと痛むのを感じながら、ルナに深々と頭を下げた。「本当に、お騒がせして申し訳ありません。依頼の達成条件と、素材については……」
ルナは、しばらくの間、信じられないものを見るような目で四人を見つめていたが、やがて大きな、それはもう大きなため息をつくと、ふっと肩の力を抜いて、くすくすと笑い出した。
「ふふっ……あはははっ! まさか、そんなことがあるなんて……! さすがは『ラッキー・ストライカー』と名乗るだけのことはありますわね! ある意味、とんでもない幸運……いえ、これはもう、珍事ですわ!」
その言葉に、周囲で聞き耳を立てていた他の冒険者たちからも、どっと笑いが起こった。「なんだそりゃ! くしゃみでレッドオーガ討伐だって!?」「おいおい、そんなのアリかよ!」「ラッキー・ストライカー、名前負けしてねえな!」
アレンとレミーラは顔を真っ赤にしていたが、コハクとボルガンはまんざらでもない様子だ。
「まあ、依頼対象のワイルドボアは討伐されたわけですし、レッドオーガという予期せぬ強力な魔物も結果的に討伐されたのは事実です。素材については……正直、ワイルドボアのものはほとんど期待できませんが、レッドオーガの素材は非常に貴重ですので、そちらで相殺、いえ、むしろ追加報酬を検討しても良いかもしれません。ギルドマスター、バルガス様にもご報告し、判断を仰ぎましょう」ルナは、意外にも寛大な処置を提案してくれた。
「そ、それは本当ですか!?」アレンは、信じられないといった表情で聞き返した。
「ええ。ただし!」ルナは、人差し指を立て、にっこりと、しかし有無を言わせぬ迫力で言った。「ボルガン様、魔砲の使用は、今後、周囲の安全と依頼内容を十分に考慮した上で、計画的にお願いいたしますね? それと、レミーラ様、森へお出かけの際は、花粉対策のマスクをお忘れなく」
「「は、はい……」」ボルガンとレミーラは、神妙な顔で頷くしかなかった。
結局、ギルドマスターのバルガスも、この前代未聞の報告を聞き、最初は頭を抱えていたものの、最終的には「まあ、結果的に街の脅威が減ったのなら良しとするか。ただし、次からはもう少し常識的な方法で頼むぞ、お前たち」と、苦笑いしながらも依頼達成を認め、レッドオーガの素材分の追加報酬まで出してくれたのだった。
こうして、「ラッキー・ストライカー」の初陣は、アルクス冒険者ギルドに新たな伝説(主に珍事として)を刻み込み、そして彼らのパーティー名は、その名に違わぬ(?)幸運と波乱を呼び込むものとして、ギルド内で瞬く間に知れ渡ることになった。
アレンは、この個性豊かすぎる仲間たちと共に、これから一体どんな冒険が待ち受けているのだろうかと、期待と、そしてそれ以上に大きな不安を胸に、アルクスの空を見上げるのだった。
「そうだ、こんな時こそ……ランダムボックス!」
ふと、アレンは自分のユニークスキルを思い出し、今日の最後の一回分を、何かこの騒動を笑い飛ばせるような、楽しいものが出てくることを願って使ってみることにした。
「いでよ! 何か面白いもの!」
アレンの掌から現れたのは……どこかで見たことのある、黄色いアヒルの玩具だった。
「………またこれかぁ……」アレンは力なく呟き、ルナはそれを見て、またもや大きなため息をつくのだった。どうやら、アレンの冒険も、まだまだ前途多難なようである。




