ep 5
喧騒の街アルクス、そして冒険者ギルドへ
ゴトゴトと心地よい振動と共に、リュウとセーラを乗せた荷馬車は、アルクスの街の堅牢な正門をくぐり抜けた。門の両脇には、陽光を反射して鈍色の輝きを放つ分厚い鎧に身を包んだ兵士たちが、鋭い眼光で通行人や荷馬車を注意深く見守っている。リュウは、初めて目にする石造りの高い城壁に囲まれた広大な街並みに、思わず息を呑んだ。それは、彼がいた森とは全く異なる、圧倒的な文明の力と歴史を感じさせる光景だった。
「リュウ様、アルクスの街へようこそ」セーラの優しい声が響く。
荷馬車が街の中へと進むにつれて、様々な音がリュウの耳に洪水のように飛び込んできた。威勢のいい商人たちの呼び込みの声、石畳を叩く馬車の車輪と蹄の音、子供たちのはしゃぎ声、そして遠くからはリズミカルな鍛冶屋の槌の音や、酒場の賑わいらしき喧騒も聞こえてくる。異世界の活気が、彼の五感を刺激した。
「リュウ様、こちらでございます」
商人と別れ、セーラに促されてリュウは荷馬車から降り立った。目の前には、綺麗に敷き詰められた石畳の広い道が、街の奥へとどこまでも続いている。道の両側には、木造やレンガ造りの様々な建物が軒を連ね、それぞれに意匠を凝らした看板が掲げられていた。店先には、見たこともない色鮮やかな果物や干し肉、生活用具、そして旅の装備と思しき革鎧や短剣、きらびやかな装飾品などが所狭しと並べられ、リュウは目を白黒させながら、まるで夢の中に迷い込んだような気分でその光景に見入った。
セーラは、そんなリュウの様子を微笑ましげに見守りながら、慣れた足取りで彼を教会の方向へと案内した。街の中心部に近づくにつれて、建物の規模も一層大きくなり、道行く人々の服装もどこか洗練されてくるように感じられた。そして、ひときわ荘厳で巨大な建物が、彼らの眼前に姿を現した。天に向かって鋭く伸びる幾つもの尖塔、壁面を彩る精巧なステンドグラス、そして重厚な扉。それがセーラの勤める教会であることは、一目で理解できた。その威容は、神聖な雰囲気を醸し出し、リュウをわずかに気圧させるものがあった。
教会に到着し、セーラが振り返ってリュウに優しく微笑んだ。
「リュウ様、教会にご用向きはございますか? もしよろしければ、司祭様にご紹介いたしますが」
リュウは、教会の壮麗な佇まいに少し圧倒されながらも、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、特にこれといった用はないんだ。ただ、この街のことや、この世界のことについて、もっと色々知りたかっただけなんだ。森の中では、情報が全く手に入らなかったから」
セーラはリュウの言葉に深く納得したように頷き、柔和な笑みを浮かべた。
「それでしたら、冒険者ギルドへ行ってみてはいかがでしょうか? 冒険者ギルドには、様々な情報が集まっておりますし、リュウ様のような腕の立つ方でしたら、何かお仕事の依頼を受けることもできるかもしれませんわ」
「冒険者ギルド?」リュウはその言葉に強く興味を惹かれた。ゲームや物語の中で何度も耳にした、冒険者たちが集う場所。そこには、きっと新たな出会いや発見があるはずだ。「面白そうだな。ぜひ、行ってみたい」
セーラは嬉しそうに頷いた。「ええ、きっとリュウ様のお気に召すと思いますわ。それでは、わたくしがご案内いたします」
二人は荘厳な教会を後にし、再び賑やかな人々の往来する通りを歩き始めた。冒険者ギルドは、教会からほど近い、比較的大きな通りに面した場所にあり、どっしりとしたレンガ造りの三階建ての建物だった。正面のアーチ状の入り口の上には、交差する剣と盾をかたどった勇ましい紋章が掲げられており、一目でそこが目的の場所だと分かった。建物の前には、いかにも屈強そうな、様々な武器を身につけた冒険者らしき男たちが数人集まり、何やら楽しそうに大きな声で談笑している。その出で立ちや雰囲気は、森でリュウが遭遇したゴブリンとは比較にならないほどの強者のオーラを放っていた。
セーラはリュウを促し、ギルドの中へと足を踏み入れた。年季の入った重厚な木の扉を開けると、むっとした熱気と共に、獣のなめし革の匂い、エールのような酒の芳醇な香り、そして人々の汗の匂いが混ざり合った、独特の生命力に満ちた空気がリュウの体を包み込んだ。
中には、リュウが想像していた以上に多くの冒険者たちがひしめき合っていた。広々としたホールは、まるで賑やかな酒場のような雰囲気で、太い木のテーブルを屈強な男たちが囲んで豪快にジョッキを傾けたり、羊皮紙の地図を広げて真剣な表情で作戦を練ったりしている者もいる。壁には、討伐されたのであろう巨大な牙や角を持つ魔物の剥製や、曰く付きと思しき古びた武器、冒険の成果と思われる様々な品々が所狭しと飾られていた。奥のカウンターでは、数人の受付嬢が、次々と訪れる冒険者たちの対応に忙しそうに書類を捌いている。
リュウは、そのエネルギッシュな光景に目を丸くした。「すごいな……。こんなにたくさんの冒険者が、本当にいるのか」まるで、物語の世界にそのまま飛び込んだかのようだ。
セーラは、リュウの素直な驚きように、くすりと小さく微笑んだ。「ええ。このアルクスの街は、この地方における冒険者の拠点の一つなのです。街の周辺には、古代遺跡が眠るダンジョンや、様々な魔物が棲息する危険な地域が点在しておりまして、それらに関する調査や討伐、素材収集といった依頼が日々ギルドに舞い込みます。ですから、腕利きの冒険者の方々が、一攫千金や名声を求めて各地から集まってくるのですよ」
リュウは、冒険者ギルドのむせ返るような活気に圧倒されていた。彼らは皆、その立ち居振る舞いから、厳しい戦いを潜り抜けてきたであろう強さと、揺るぎない自信に満ち溢れており、今のリュウには眩しく、そして少し羨ましく見えた。自分もいつか、彼らのようにこの世界で堂々と胸を張って生きていけるようになるのだろうか。
カウンターの方では、ゴツゴツとした金属鎧を身にまとった、熊のように大柄な男が、受付の女性に何事か大声でまくし立てている。その隣では、腰に細身の長剣を差した、鋭い眼光を放つクールな印象の女剣士が、腕を組んで真剣な表情で壁に貼り出された依頼書を眺めていた。さらに奥の薄暗いテーブルでは、フードを深く被った魔法使いらしき人物たちが、小声で何やら難しそうな呪文や理論について議論を交わしている。
リュウは、彼らの姿を一つ一つ目に焼き付けた。それぞれが異なる武器を携え、異なる目的を持ち、異なる人生を歩んでいるのだろう。しかし、彼らは皆、自分と同じように、このアースティアという世界で生きるために、あるいは何かを成し遂げるために戦っているのだ。そう思うと、不思議な連帯感のようなものが湧き上がってきた。
セーラは、そんなリュウの真剣な横顔を、どこか慈愛に満ちた優しい眼差しで見守っていた。彼女の澄んだ瞳には、リュウの未来に対する期待のような、温かい光が宿っているように見えた。
リュウの胸には、これまで感じたことのないような熱いものが込み上げてきた。それは、疲弊しきった前世の佐々木龍では決して味わうことのできなかった、生きているという確かな実感、そしてこれから何かを成し遂げられるかもしれないという、力強い予感のようなものだった。自分もこの場所で、自分の力を試し、何かを成し遂げたい。冒険者として、このアルクスの街で生きていけるかもしれない。
そんな熱い思いが、リュウの胸に力強く芽生え始めていた。彼は、隣に立つセーラの方を向き、決意を込めた瞳で力強く頷いた。
「セーラさん、ありがとう。ここまで案内してくれて、本当に助かった。俺、この冒険者ギルドで、色々と話を聞いてみたいんだ。そして、俺にもできることがあれば、挑戦してみたい」
セーラは、リュウの決意に満ちた表情と、その言葉に込められた熱意を感じ取り、さらに美しい笑顔を深めた。
「ええ、リュウ様ならきっと、素晴らしい出会いと発見があるはずですわ。さあ、まずは受付で冒険者としての登録をしてみましょうか? わたくしからも、ギルドの受付の方に少しお話しておきますわ」
リュウは、新たな一歩を踏み出す確かな決意を胸に、冒険者ギルドの喧騒と熱気の中へと、セーラと共に足を踏み出した。彼の異世界アースティアでの冒険は、いよいよ本格的に、そしてエキサイティングに幕を開けようとしていた。