ep 4
アルクスの若鷲、運命の出会いと始まりの鐘 (続き)
真新しい銅製の冒険者カードを、アレンとレミーラはまるで宝物のように両手でそっと握りしめた。ざらりとした木の感触と、そこに刻まれたギルドの紋章、そして自分たちの名前。それは、彼らが正式に冒険者としての一歩を踏み出したことの、確かな証だった。
「やったね、レミーラ! これで僕たちも、今日から冒険者だ!」アレンは、抑えきれない喜びと興奮で、隣に立つレミーラに満面の笑みを向けた。
「は、はいっ、アレン君! なんだか、夢みたいです……! わたし、本当に冒険者になれたんですね……!」レミーラもまた、その大きな碧眼を感動でキラキラと潤ませながら、何度も自分の冒険者カードを見つめている。彼女の頭の上のエルフ耳も、嬉しそうにピコピコと小さく揺れていた。
「さて、それじゃあ早速、僕たちの最初の依頼を探しに行こうか!」アレンは、意気揚々と、しかし少しだけぎこちない足取りで、壁一面に依頼書が貼り出された掲示板へと向かった。レミーラも、「はいっ!」と元気よく返事をすると、アレンの後を慌てて追いかける。その際、また少し足がもつれてよろめいたが、今度はアレンがそっと彼女の腕を支えた。
「あ、ありがとうございます、アレン君……」
「気にしないで。それより、どんな依頼があるかな……」
掲示板には、本当に多種多様な依頼書が、それこそ隙間もないほどにびっしりと貼られていた。羊皮紙の古びたものから、まだインクの匂いが新しいものまで。「薬草採取、緊急!」「迷子の黒猫を探してください、謝礼は銅貨三枚と手作りクッキー」「ゴブリンの斥候部隊の討伐、危険度E級」……。
「うーん、本当に色々あるんだなぁ」アレンは、一つ一つの依頼書を真剣な眼差しで読み込んでいく。「僕たちの最初の依頼だから、あまり無茶はできないけど、でも、少しは手応えのあるものがいいな。レミーラは、何かやってみたい依頼とかある?」
「え、えっと……わたしは、アレン君が良いと思うものなら、何でも……。あ、でも、できれば、あまり血生臭くないものが……その、賢者見習いですし、まだ心の準備が……」レミーラは、少し申し訳なさそうに小声で言った。ゴブリン討伐の文字などを見ると、どうしても顔が青ざめてしまうようだ。
「そっか。じゃあ、まずは薬草採取とか、あるいは誰かの護衛みたいな依頼がいいかもしれないね。それなら、レミーラの知識も活かせるかもしれないし」アレンは、レミーラの気持ちを思いやり、比較的安全そうな依頼に目を向け始めた。
二人が、そんな風に真剣に、そしてどこか楽しそうに依頼書を選んでいると、不意に背後から、元気で、そして少しばかり馴れ馴れしい感じのする声が飛んできた。
「へぇ~? あんたたち、もしかして今日デビューしたての新人冒険者ってやつ~? なんか、見ててすっごい初々しいんだけどー!」
アレンとレミーラが驚いて振り返ると、そこには、腰に手を当て、ニシシといたずらっぽく笑う、一人の少女が立っていた。歳はアレンたちとそう変わらない、おそらく14歳くらいだろうか。燃えるようなオレンジ色に近い茶髪は無造作なショートカットで、頭からはピンと立った虎の耳が覗き、腰からはしなやかな虎の尻尾が楽しそうに揺れている。服装は、動きやすそうな短い上衣にホットパンツ、そして編み上げのブーツという、かなり活動的で、少しばかり露出の多いものだった。そして何よりも目を引くのは、彼女のその小柄な体には不釣り合いなほど巨大な、背中に背負った両手剣だった。
「え~? アタイは~、コハクっていうんだ! あんたたちは?」虎耳の少女――コハクは、大きな琥珀色の瞳を好奇心でキラキラさせながら、アレンとレミーラを交互に見つめた。その話し方は、どこか独特のイントネーションがあり、裏表のない、快活な性格が窺える。
「あ、僕はアレン。アレン・ウェルナー。こっちはレミーラ」アレンは、突然の出会いに少し戸惑いながらも、礼儀正しく自己紹介した。
「こ、こんにちは……。レミーラ・シルヴァインです……」レミーラは、コハクのそのあまりにもあっけらかんとした雰囲気に少し気圧されながらも、ぺこりとお辞儀をした。
「アレンにレミーラね! ふーん、よろしくな!」コハクは、まるで昔からの友達にでも会ったかのように、気軽にアレンの肩をポンと叩いた。「で? 何か面白そうな依頼でもあった? アタイもさー、なんかこう、ガツンと稼げて、ちょーっとスリルがあって、でもあんまり面倒くさくない、そんでもって美味しいものが食べられるような、そんな都合のいい依頼を探してるんだけど、なかなか無いのよねー」
(すごい注文だな……)アレンは内心苦笑しつつも、コハクのそのエネルギッシュな雰囲気に、なぜか悪い気はしなかった。
「僕たちは、今日初めて冒険者になったばかりだから、まずは簡単な依頼から始めようと思ってるんだ。薬草採取とか……」
「えー、薬草ぉ? つっまんないのー!」コハクは、アレンの言葉を聞くなり、あからさまに顔をしかめた。「そんな地味なこと、アタイには向いてないね! やっぱり、ドカンと一発、でっかい魔物でも退治して、街の人気者になるのが一番でしょ!」そう言って、彼女は背中の巨大な両手剣を、自慢げに少しだけ持ち上げて見せた。その剣は、使い込まれてはいるものの、見事な業物であることが一目で分かる。
「わぁ……! 大きな剣ですのね……!」レミーラは、その両手剣の迫力に、素直に感嘆の声を上げた。
「へへーん、だろー? こいつはアタイの相棒、『虎王』っていうんだ! これがあれば、大抵の魔物なんてイチコロよ!」コハクは、胸を張って得意げに言った。
アレンは、コハクのその自信に満ちた態度と、彼女から発せられる微かな、しかし確かな「闘気」の気配に、彼女がただの遊び盛りの少女ではないことを見抜いていた。(この子、かなりやるな……。あの両手剣も、ただの飾りじゃない。もしかしたら、すごい実力者なのかもしれない)
「コハクも、冒険者なのか?」アレンは尋ねた。
「んー? まぁ、一応ね! 免許皆伝だけはしてきたから、腕っぷしには自信あるよ! でも、里はつまんないからさー、都会に遊びに来たってわけ! で、アレンたちは、本当に薬草採取とかでいいわけ? せっかく冒険者になったんなら、もっとこう、ワクワクするようなことしよーよ!」コハクは、アレンとレミーラを誘うように、その大きな琥珀色の瞳を輝かせた。
アレンは、レミーラの顔を見た。レミーラは、コハクのそのあまりにも積極的な誘いに少し戸惑っているようだったが、同時に、彼女のその底抜けの明るさに、どこか惹かれているような表情も浮かべていた。
(確かに、コハクの言う通り、薬草採取だけじゃ少し物足りないかもしれないな……。でも、いきなり危険な依頼はレミーラも不安だろうし……)
アレンが少し悩んでいると、コハクは何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。
「あ! そうだ! アレン、さっきカウンターでなんか変な箱出してなかった? あれ、何なの? すっごい面白そうだったんだけど!」
どうやら、先ほどアレンがスキルを試した時のことを、どこかで見ていたらしい。
アレンは、少し顔を赤らめながら答えた。「あ、あれは……僕のユニークスキルで、『ランダムボックス』っていうんだけど……。何が出るか、僕にも分からないんだ」
「へええええ! 何が出るかわかんない箱!? なにそれ、ちょー面白そうじゃん! ねぇねぇ、今ここで、もう一回出してみてよ! アタイ、そういうの、だーい好き!」コハクは、子供のように目を輝かせ、アレンに詰め寄った。
(やっぱり、この子、面白いものには目がないみたいだな……)
アレンは、困ったようにセーラを見た。セーラは、少し苦笑しながらも、「アレン君が良いのなら……。でも、本当に何が出るか分かりませんから、あまり期待はなさらない方が……」と、コハクに遠慮がちに言った。
「いいっていいって! 期待しないで見るのが、こういうのは楽しいんでしょ! さあ、アレン! アタイに、とびっきりの『何か』を見せておくれよ!」
こうして、アレン、レミーラ、そして嵐のように現れた虎耳族の少女コハク。三人の若き冒険者たちの、予測不可能で、そしてきっと賑やかになるであろう冒険の物語が、今、まさにこのアルクス冒険者ギルドの一角から、始まろうとしていた。




