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ep 3

石と知恵と、次なる一手

人類がその黎明期において、最初に手にした武器は、おそらく何の変哲もない石だったろう。木の実を砕き、獣を追い払い、時には同族と争うためにも使われた。それは、自然界に遍在し、誰の手にも馴染む原始的な力。だが、その威力は決して侮れない。適切に選ばれ、力強く投げつけられた石は、牙や爪を持たぬ人類にとって、安全な間合いから獲物や敵を攻撃することを可能にし、生存競争を勝ち抜くための確かな一助となってきたのだ。

夜の帳が静かに森を包み込み始めると、リュウは狩ったばかりの角ウサギ、通称「ウサギン」を捌き、焚火で注意深く焼き始めた。パチパチと小気味よい音を立てて燃える炎が、彼の若い顔を赤く照らし出す。じゅうじゅうと肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、強烈な空腹を訴える胃袋をさらに刺激する。この数時間、彼はまさに生きるために必死だった。

焼きあがった肉にかぶりつくと、熱い肉汁と共に、野趣あふれるしっかりとした旨味が口いっぱいに広がった。「はふっ……う、うまい! やっぱり自分で狩った獲物の肉は、格別だな!」思わず笑みがこぼれる。温かい食事は、異世界に転生してからずっと感じていた張り詰めた緊張と、漠然とした不安を、一時的にではあるが確かに和らげてくれた。生きている、という実感が腹の底から湧き上がってくる。

満腹になり、リュウは焚火の暖かさに包まれながら、満足げに目を細めた。ふと、彼は改めて自分のステータスウィンドウを開いた。

名前:リュウ

レベル:1

HP:5/5

MP:0/0

力:4

素早さ:5

知力:3

スキル:武器使い


「レベル1かぁ……。ウサギン一匹倒したくらいじゃ、経験値は微々たるものだったのかな。まだまだひよっこもいいところだ。このアースティアという世界で、自分の足で立って生きていくためには、もっと強くならなきゃいけない」

リュウは、自身の唯一にして最大の頼みの綱であるユニークスキル「武器使い」について深く思案した。あの時、ただの石ころが必殺の武器へと変わった感覚は、今でも鮮明に思い出せる。

「石ころが武器になるのは、もう身をもって理解した。あの時の威力と精度は、確かに凄かった。女神様のくれたギフトに感謝しないとな。でも、この先ずっと石ころだけを投げ続けるわけにもいかないよな。もっと色々な種類の武器が使えるようになりたい。剣とか、槍とか、弓とか……そのためには、やっぱりレベルを上げて、スキル自体を成長させるしかないのか」

しかし、レベル上げの方法について、リュウは頭を悩ませた。ゲームのように、親切なチュートリアルがあるわけではない。

「一番手っ取り早いのは、やっぱりモンスターを倒して経験値を稼ぐことだろうけど……今のこの貧弱なステータスで、ウサギンより強いモンスターに挑むのは、自殺行為に等しい。かといって、ウサギンがそう何匹も都合よく見つかるとも限らない。まずは安全な場所で、確実にレベルを上げられる方法を探さなきゃ」

リュウは自分の持ち物を改めて確認する。当然ながら、異世界に渡る際に何かを持ってきたわけではない。服も、この「リュウ」という少年が元々着ていた粗末なものだけだ。スキルで使える石も、その辺に無数に落ちているものを拾うしかない。

「石は何個も一度に持てないのがネックだな。ちゃんとした袋でもあれば違うんだろうけど、今はそれもない。せいぜい両手と懐に数個ずつ、合わせても10個くらいが限度か。これじゃあ、戦闘が長引いたらジリ貧だ。効率が悪すぎる」

周囲の気配を探る。先ほどウサギンを狩った場所には、もう他のモンスターの気配は感じられない。夜の森は静まり返っているが、それが逆に不気味さを増している。

「この辺りには、ウサギンみたいな比較的弱いモンスターしかいないのかもしれない。だとすれば、ここに留まっていてもあまり意味はないか? もっと他のモンスターがいる場所へ移動してみるべきか……?」

焦る気持ちが湧き上がってくるのを、リュウは深呼吸して抑え込んだ。「いや、焦るな、佐々木龍……いや、リュウ。こういう時こそ冷静に考えるんだ」前世での社畜経験が、意外なところで役に立つ。困難な状況で、いかに冷静さを保ち、解決策を見つけ出すか。

その時、リュウの脳裏に、日中に森の中を探索している時に見かけた、別のモンスターの姿がふとよぎった。「そうだ! 確か、あっちの湿っぽい日陰の方に、スライムが何匹かいたはずだ! ウサギンの食べ残しの肉を餌にしておびき寄せれば……!」

スライム。ゲームでは最弱モンスターの代名詞のような存在だ。この世界の個体がどの程度の強さかは未知数だが、少なくともウサギンのように素早く動き回ることはないだろう。動きが遅く、攻撃力も低いと記憶している。今のリュウでも、十分に戦える相手かもしれない。

「よし、決めた。あそこにウサギンの肉を少し置いて、スライムが集まってくるのを待ってみよう」

リュウはそう決意すると、食べ残して骨だけになったウサギンの肉の一部を、少し離れた開けた場所にそっと置いた。そして自身は風下の茂みに身を隠し、息を殺して獲物が現れるのを待った。

~数分後~

リュウの目論見通り、どこからともなく、ウサギンの肉の匂いに誘われたのだろう、プニプニとした半透明の緑色の塊が、地面を這うようにしてゆっくりと近づいてきた。スライムだ。数匹のスライムたちが、置かれた肉を取り囲み、その体を押し付けるようにして貪欲に食べ始めた。

リュウは身を低く潜め、神経を集中させ、最適なタイミングを待った。「よし……今だ!」

リュウはあらかじめ用意しておいた、握りやすい大きさの角張った石を手に取り、スライムたちの一匹を狙って、スキル「武器使い」を発動し、力強く投げつけた! 石は鋭い風切り音と共に、正確に目標へと飛翔する。

「ピギィッ!」

甲高い、しかしどこか間抜けな悲鳴を上げて、石が命中したスライムは、まるで水風船が割れるかのようにあっけなく破裂し、周囲に緑色の粘液を撒き散らした。

「やった!」リュウは小さく拳を握った。手応えは十分だ。そして、彼の読み通り、スライムは倒してもすぐに別の場所から新たな個体が湧いてくることが多い。さらに、彼らは共食いをする性質を持っているという情報も、前世のゲーム知識から得ていた。倒れたスライムの残骸に、また別のスライムがのそりのそりと引き寄せられてくるだろう。

「この調子で、集まっては投げ、集まっては投げを繰り返せば……!」

~数時間後~

単調だが確実な作業を繰り返してどれくらいの時間が経っただろうか。集中していたリュウの頭の中に、突如として心地よいファンファーレのような効果音が響いた。

テーレッテレー♪

「お! この音は……レベルが上がったぞ!」

リュウは急いでステータスウィンドウを開き、そこに表示された情報に目を輝かせた。

名前:リュウ

レベル:2

HP:7/7 (+2)

MP:0/0

力:6/6 (+2)

素早さ:6/6 (+1)

知力:5/5 (+2)

スキル:武器使い、投石術 Lv.B (NEW!)


「体力と力、知力が2ポイントも上がった! 素早さも1上がってる! それに、新しいスキル……『投石術 Lv.B』だと? 前はただの『武器使い』だけだったのに、具体的な技術名がついたのか! しかも、いきなりBランクってことは、Cから始まったってことか?」

リュウはスキルの変化に喜びを噛み締めた。レベルアップと共に、扱える武器の種類が増えたり、既存の武器の扱いがより上手くなったりするのかもしれない。これは大きな進歩だ。

「あ、そうか、確か……ただ石を投げるだけじゃなくて、木の棒なんかを使って遠心力を利用すれば、もっと効率的に、威力も高く石を扱える道具があったはずだ」

前世で見たドキュメンタリー番組か何かで得た知識が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。スリングショット、あるいはもっと原始的な投石器。

リュウは周囲に落ちている手頃な太さの丈夫そうな木の棒を見つけ出すと、ナイフ代わりに使えそうな鋭く尖った石を拾い、それで慎重に削り始めた。不慣れな手つきだったが、「武器使い」のスキルが働いているのか、思ったよりもスムーズに作業は進む。

「こうして、先端に石を引っかけるための窪みを作って……よし、こんなもんか! 即席の投石棒、完成だ! 大昔の人類は、こういう道具を使って狩りをしていたんだよな」

リュウは完成したばかりの投石棒の窪みに、手頃な大きさの石をセットし、少し離れた木に向かって狙いを定めた。

「どれほどのものか……試してみよう!」

深く息を吸い込み、腕を大きく振りかぶり、投石棒を力強く振り下ろす。その瞬間、セットされていた石が、先ほどまでとは比較にならないほどの凄まじいスピードと回転で射出された! ドゴンッ!という鈍い衝撃音と共に、石が命中した木には、深々と丸いクレーターのような跡が残った。

「スゲーーーッ! 素手で投げるより、ずっとコントロールしやすいし、何より威力が段違いだ! これなら、もっと硬い敵にもダメージを与えられるかもしれない!」

リュウは興奮を隠せない。この投石棒を手に入れたことで、スライム狩りの効率は格段に上がるだろう。もしかしたら、もう少し手強いモンスターにも挑戦できるかもしれない。

「よーし! この調子で、もっとレベルが上がるまで、ひたすらスライム狩りだ! そして、早くもっと色々な武器を使えるようになるぞ!」

武器使い――そのユニークなスキルを最大限に活かし、石という最も原始的な武器を手に、異世界アースティアで生き抜くための力を着実に、そして知恵を絞って身につけていくリュウ。彼の物語は、まだ始まったばかり。しかし、その一歩一歩は、確実に未来へと繋がっていくはずだった。


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