ep 21
戦塵の後の静寂、そして伝説への序章
ミルラの村の夜は、先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、深い静けさを取り戻していた。しかし、燃え残った家々から立ち昇る細く白い煙が、遠くの星空へと悲しげにたなびき、ゴブリンとオークの襲撃という悪夢の爪痕を生々しく物語っている。リュウとセーラが、オークリーダーとの死闘を終え、疲労困憊の体を引きずるようにして村の入り口に辿り着くと、数人の村人が、その顔に隠せないほどの疲労の色を浮かべながらも、松明を手に二人の帰りを固唾を飲んで待っていた。彼らの瞳には、数時間前まで宿っていた絶望的な恐怖の色は消え、代わりに深い、心の底からの安堵と、救い主に対するような熱烈な感謝の光が宿っている。
「ああ、リュウ様、セーラ様! ご無事で……本当に、ご無事で何よりです!」
村人たちは、二人の姿を認めるや否や、まるで家族の帰りを待ちわびていたかのように駆け寄り、何度も何度も深々と頭を下げた。中には、安堵のあまりその場にへたり込み、声を上げて泣き出す者もいる。
「本当に、本当にありがとうございました! あなたがたお二人がいらっしゃらなければ、私たちの村は、今頃……!」
腰の曲がった老婆が、震える手でリュウの泥と血に汚れた手を固く、しかし温かく握りしめた。その手は、長年の畑仕事で節くれ立ち、多くの苦労が深く刻まれた、しかしどこまでも温かい手だった。
リュウは、そのストレートな感謝の言葉と、老婆の温もりに、少し照れくさそうに、しかし力強く微笑み、「いえ、どういたしまして。皆さんがご無事だったことが一番です。もしまた何か困ったことがあれば、いつでも冒険者ギルドを通して、私たちを頼ってください」と、できるだけ優しい声で答えた。セーラもまた、聖母のような穏やかな微笑みを浮かべ、涙ぐむ村人たちの肩を優しく叩き、慰めの言葉をかけていた。
アルクスの街の宿屋に戻り、出された質素ながらも温かい夕食を、ほとんど無言で、しかし感謝を込めて胃に収めた後、リュウは一人、自室のベッドにどさりと腰を下ろした。オークリーダーとの激闘で酷使した全身の筋肉が、今になって悲鳴を上げ始め、心地よいとは言い難い、しかしどこか満足感を伴う深い疲労感が、じわじわと彼の四肢に染み渡ってくる。ふと、彼はあれだけの死闘を潜り抜けたのだから、もしかしたらと思い、自分のステータスを確認してみようと思い立った。
意識を集中させると、いつものように、彼の脳裏に半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がる。
【名前:リュウ 職業:武器使い レベル:10】
(あれ? レベルはオークリーダーを倒す直前に10になったはずだが……)
そう思いながら、彼はさらに詳細な経験値のバーに目をやった。すると、バーはすでに次のレベルへと振り切れる寸前で止まっている。
「……! そうか、オークリーダーを倒した分の経験値がまだ反映されていなかったのか!」
期待に胸を高鳴らせ、彼はもう一度意識を集中し、経験値の清算とレベルアップの処理を促すように念じた。すると、ウィンドウの表示が眩い光と共に明滅し、新たな情報が更新された。
【名前:リュウ 職業:武器使い レベル:11】
「よしっ! やっぱりレベルアップしてる!」
ゴブリンキング、そしてその後のオークの群れ、さらにはあの強大だったオークリーダーとの連続した戦いで、相当な経験値を獲得したのだろう。レベルが一つ上がっただけでも、全身に新たな力が漲ってくるような感覚がある。リュウは、その確かな成長の喜びに、思わず小さく拳を握りしめながら、さらにステータス画面の詳細に目を凝らした。
すると、職業の項目が、先ほどまでとは明らかに異なる、見慣れない荘厳な響きを持つ文字に変わっていることに気づいた。
【名前:リュウ 職業:ウェポンズマスター レベル:11】
「ウェポンズマスター……? なんだ、これ……?」
リュウは、初めて目にするその職業名に、困惑と期待が入り混じった複雑な表情を浮かべた。武器使いの上位職、ということなのだろうか? それとも、全く別の系統の職業なのか? 一体、どんな能力が使えるようになるのだろう?
逸る気持ちを抑えきれず、隣の部屋で休んでいるはずのセーラに、少しばかり大きな声で声をかけてみることにした。
「セーラ! ちょっといいか? 大変なんだ!」
すぐに、ドタドタという慌ただしい足音と共に、セーラが血相を変えたような心配そうな表情でリュウの部屋に飛び込んできた。彼女は、リュウがまたどこか怪我でもしたのではないかと、息を切らせている。
「リュウ様!? どうかなさいましたか! まさか、どこかお身体の具合でも……!?」
「いや、大丈夫だ、セーラ。怪我とかじゃないんだ。それより、ちょっとこれを見てくれ。そして、聞きたいことがあるんだ」リュウは、彼女の心配を宥めるように手を振り、自分の脳裏に浮かんでいるステータス画面を指さすような仕草をしながら言った。「ウェポンズマスターって、どんな職業か知ってるか?」
セーラは、リュウのその言葉と、彼が示す宙の一点(リュウにしか見えないステータス画面)を見るなり、その美しいアクアマリンの瞳を、信じられないというように大きく丸くして、驚きのあまり口元を両手で覆った。
「は、はい、リュウ様っ! ウェポンズマスターですって!? あ、あの、古の文献にのみその名が記されているという、伝説の職業……!? まさか、リュウ様が……そ、そのような御方に……!」
彼女の声は、驚愕と、畏敬と、そして純粋な興奮とで震えていた。その反応だけで、ウェポンズマスターという職業が、いかに特別なものであるかがリュウにも伝わってくる。
「ええと……『武器使い』の最上位に位置する、いわば究極の職業の一つで、武器という武器に関するあらゆる能力が、人知を超えたレベルにまで格段に向上した者のことを指しますの! それはもう、本当に、本当に途方もなくすごいことなのですよ、リュウ様!」
リュウは、セーラのその尋常ではない興奮ぶりに、改めて自分の身に起こった変化の途方もなさを感じずにはいられなかった。ただのレベルアップではなかったのだ。
「具体的には……その、ウェポンズマスターになると、どんな能力が使えるようになるんだ?」
彼は、高鳴る鼓動を抑えながら、さらに詳しく尋ねた。一体、どのような未知なる力が、今の自分に宿ったというのだろうか?
セーラは、興奮を抑えきれないといった様子で、その場で少し足踏みをするようにしながら、身振り手振りを大きく交えて熱心に説明を始めた。
「ウェポンズマスターになられますと、剣や斧、槍や弓、槌や鞭、果ては農具のようなものに至るまで、この世に存在するありとあらゆる種類の武器を、それこそまるでご自身の本当の手足のように、いとも容易く、そして完璧に使いこなせるようになりますの! これまでリュウ様が装備できなかったような特殊な武器や、あるいは伝説級の武具でさえも、きっと何の問題もなく扱えるようになるはずですわ!」
さらに、彼女はキラキラと目を輝かせながら、声をひそめるようにして続けた。
「そして、ウェポンズマスターの最も特筆すべき、そして他の追随を許さない唯一無二の能力は……武器を、まるで魔法のように亜空間に無限に収納し、そしてご自身の意思のままに、いつでもどこでも、瞬時に自由自在に出し入れできるようになることですの!」
セーラのその言葉に、リュウは思わず息を呑み、目を見開いた。亜空間に、武器を、無限に収納する? それは、もはや魔法使いの特権ではなく、物理法則すら超越したかのような、あまりにも規格外な能力だ。
「無限に……武器を亜空間に収納できるのか!? それは……本当に、すごいな!」
想像してみる。戦況に応じて、必要な時に、必要な武器が、どこからともなく自分の手の中に瞬時に現れる。それは、まさに変幻自在、神出鬼没の、無敵の戦士の姿そのものではないか。
「はい! ですから、ウェポンズマスターは、古の時代より、戦場においては一人で一個師団にも匹敵すると恐れられ、まさに、最強にして無敵の職業と称えられてきたのです! リュウ様が、そのウェポンズマスターにジョブチェンジなされたなんて……本当に、信じられません! 女神様のお導きに違いありませんわ!」
セーラは、まるで自分のことのように目をキラキラと輝かせ、心の底からリュウのその奇跡的なジョブチェンジを祝福した。
リュウは、ウェポンズマスターという新たな力を手に入れたことで、これからの自分の戦い方が、根底から大きく変わるであろうことを確信した。これまでのように、腰に下げた数本のナイフや投石棒だけでなく、ありとあらゆる種類の武器を、その場の状況に応じて瞬時に、そして最適に使いこなせるようになるのだ。それは、間違いなく彼の戦闘能力を、想像もできないレベルにまで飛躍的に向上させるだろう。
「これからは、もっと自由自在に、もっと多様な戦い方ができる……。様々な武器を使いこなして、もっと強い敵とも、きっと……きっと戦えるようになるな!」
彼の胸の中に、熱く、そして力強い新たな目標が灯った。ウェポンズマスターとして、この異世界アースティアで一体どこまで強くなれるというのだろうか。あの悪夢で見た、絶望的なまでに強大だったドラゴンに立ち向かうという目標も、決して手の届かない、遠い夢物語ではないのかもしれない。
リュウは、ウェポンズマスターという、伝説の中にしか存在しないとさえ思われていた新たな力をその手に掴み、更なる高みへの成長を、アルクスの街の静かな夜空に固く誓うのだった。彼の冒険は、まだ本当に始まったばかりなのだから。




