ep 20
リュウは、ゴブリンキングとの死闘でさらに研ぎ澄まされた二本のナイフを、まるで踊るかのように縦横無尽に振り回し、オークたちの間を縫うように駆け抜けながら、次々とその命を刈り取っていく。鋭い刃がオークの硬い皮膚を裂き、緑色の血が熱気と共に飛び散る。セーラも、リュウの背後を的確にカバーするように動き、オークたちの攻撃の隙を巧みに突き、腰のメイスを力強く振り下ろした。ゴッという鈍い衝撃音と共に、オークたちは短い悲鳴を上げ、まるで木の葉のように軽々と吹き飛ばされていく。
小屋の中にいたオークたちは、数こそ十体近くいたものの、個々の戦闘能力は、あの規格外の強さを持つゴブリンキングとの死闘を乗り越え、さらにレベルアップを果たしたリュウと、それを的確にサポートするセーラの敵では到底なかった。リュウは、オークたちの粗雑で大振りな攻撃を、まるで嘲笑うかのような巧みな身のこなしでひらりひらりとかわしながら、二本のナイフの切っ先を、鎧の隙間や関節といった、オークたちの急所に正確無比に突き刺していく。
さらに、リュウは腰のポーチから素早く取り出した、"蜘蛛の糸"で手首と繋がれた投擲用のナイフを、まるで手品のように回転させ、中距離から残りのオークたちを牽制した。生き物のように空中で不規則な軌道を描くそのナイフは、オークたちの額や腕に吸い込まれるように突き刺さり、彼らの動きを効果的に鈍らせる。セーラは、リュウのその目にも留まらぬ速さの攻撃を完璧にサポートするように、メイスを巧みに振るい、オークたちが連携を取ろうとする動きを的確に断ち切った。まるで長年共に戦ってきたかのような完璧な連携を見せる二人の前に、小屋の中のオークたちは為す術もなく翻弄され、一人、また一人と、断末魔の悲鳴を上げて倒れていった。
そして、ついに、小屋の中にいた全てのオークが、緑色の血の海に沈み、力尽きて地面にその巨体を横たえた。一瞬の静寂が、血と酒と獣の匂いが充満する、重苦しい空気と共に小屋を満たした。
「……終わったか……」リュウは、肩で荒い息をつきながら、周囲に転がるオークたちの骸を見渡した。床や壁に飛び散ったおびただしい血痕と、無残に倒れたオークたちの姿が、先ほどまでの激しい戦いの凄まじさを物語っていた。セーラも、メイスを肩に担ぎ、額に浮かんだ玉のような汗を手の甲で拭いながら、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「やりましたね、リュウ様。本当に、見事な連携でございましたわ」
「ああ。思ったより……いや、雑魚相手でも油断は禁物だな」リュウは、オークたちの意外なまでの弱さを実感しつつも、気を引き締めるように言った。
「だが、まだだ。まだ、ここのリーダーが残っているはずだ」リュウは、小屋のさらに奥へと続く、他よりも一際大きく、そして頑丈そうな木製の扉に、鋭い視線を向けた。
「セーラ、気を付けてくれ。中には、おそらくこれまでの奴らとは比べ物にならないくらい、強いオークがいるかもしれない」リュウの声には、新たな戦いへの警戒の色が濃く滲んでいた。
「はい、リュウ様。わたくしも、覚悟はできておりますわ」セーラは、メイスを両手でしっかりと握り直し、静かに、しかし決然と頷いた。
二人は、互いに視線を交わし、無言で頷き合うと、固唾を飲み込みながら、その重々しい扉をゆっくりと押し開け、さらに奥の薄暗い空間へと、慎重に足を踏み入れた。
その瞬間だった。リュウの全身が、温かく、そして力強い光にふわりと包まれた。それは、ゴブリンキングを倒した時にも感じた、魂が成長し、新たな力を得る瞬間の、レベルアップの光だった。
「レベルアップした! このタイミングでか!」リュウは、驚きと共に、脳内に流れ込んでくる情報を確認した。レベルが確かに上昇し、そして新たなスキルが解放されたことを示すメッセージが、彼の意識の中に明確に流れ込んできたのだ。
『槍術 Lv.C』
リュウは、新たな武器、リーチの長い槍を装備し、そしてある程度使いこなせるようになったのだ。
「これは……使えるぞ!」リュウは、周囲を見回し、薄暗い部屋の隅の武器立てに、まるで彼を待っていたかのように立てかけられていた、一本の頑丈そうな長柄の鉄槍を素早く手に取った。ずっしりとした重みと、手に馴染む滑らかな木製の柄の感触に、新たな戦術の可能性を直感的に感じた。
「セーラ、俺はこの槍で戦う。お前は、これまで通り回復と支援に専念してくれ」リュウは、手にした槍を軽く振ってそのバランスを確かめながら、セーラに指示を出した。リーチの長い槍は、これから対峙するであろう、体格の大きな敵に対して、間違いなく有効な武器となるだろう。
「はい、リュウ様。承知いたしました」セーラは、リュウのその力強い言葉と、新たな武器を手にした彼の姿に、さらなる信頼を寄せ、メイスを構え、リュウの背後をしっかりと守るように位置取った。
二人は、互いの呼吸を合わせながら、ゆっくりと、そして最大限の警戒を払いながら、部屋の奥へと進んだ。
そして、彼らの目の前に、まるでこの瞬間を待ち構えていたかのように、それまで見てきたどのオークたちとも明らかに異なる、絶望的なまでに巨大な影が立ちはだかった。
オークリーダーだ。
それは、体長ゆうに三メートルを超えるであろう、まさに巨人と呼ぶにふさわしい体躯を誇り、その全身を、歴戦の証である無数の傷跡が刻まれた、分厚い鉄製の禍々しい鎧で覆っていた。その手には、並の人間では持ち上げることすら困難であろう、巨大な両刃の戦斧が、まるで木の枝のように軽々と握られており、その鈍く黒光りする刃は、血を求めて鈍い光を放っていた。「グルルルル……」オークリーダーは、喉の奥から地響きのような低い唸り声を上げ、圧倒的な威圧感を放ちながら、侵入者であるリュウとセーラを、その血走った赤い目で鋭く睨みつけた。その眼光は、単なる獣の凶暴性だけでなく、長年の戦いを生き抜いてきたであろう、老獪な知性と冷徹な判断力をも兼ね備えた、まさに百戦錬磨の戦士のそれだった。
オークリーダーのその巨体は、リュウがこれまで戦ってきたどのオークとも、そしてゴブリンキングとも比較にならないほど大きく、その存在感だけで、リュウの全身にずっしりとした圧迫感を与えた。そして、その全身を覆う見るからに頑丈な鉄鎧は、先ほどの雑魚オークたちとの戦いで猛威を振るったリュウのナイフの刃など、赤子の手をひねるように容易く弾き返してしまうだろうと、瞬時に理解できた。
「グルルルル……小賢しい虫けらどもが……よくも我が縄張りを荒らしてくれたな……」オークリーダーは、再び低い、しかし明瞭な言葉で低い唸り声を上げると、巨大な戦斧をゆっくりと肩に担ぎ、リュウたちに対して、殺意と侮蔑に満ちた威圧的なオーラを放つ。その赤い眼光は、まさにこれから極上の獲物を狩ろうとする、飢えた猛獣のように、ギラギラと不気味な光を宿していた。
「セーラ、ここは俺が前に出る。お前は、絶対に無理をせず、安全な場所から回復と援護に専念してくれ! こいつは、今までの奴らとはレベルが違う!」リュウは、新たに手に入れた鉄槍を両手でしっかりと構え直し、オークリーダーのその圧倒的なプレッシャーに臆することなく、一歩、また一歩と踏み出した。槍は、これまで彼がメインで使ってきたナイフに比べて格段にリーチが長く、この巨体のオークリーダーに対して、そしてその分厚い鎧に対して、有効な武器となるはずだと信じていた。
「グルアアアアアアアアアッ!」オークリーダーが、まるで大地そのものが揺らぐかのような凄まじい雄叫びを上げ、肩に担いでいた巨大な戦斧を、目にも留まらぬ速さで振り下ろした。その一撃は、風を切る轟音だけでも凄まじく、もしもまともに受ければ、リュウの体など一瞬にして肉塊へと変えられてしまうだろう。
リュウは、オークリーダーのその初撃を、全身の神経を集中させ、紙一重で身を捻ってかわし、その勢いを利用して槍を突き出した。しかし、鋭い穂先は、オークリーダーの分厚い鉄鎧に、甲高い金属音と共に阻まれ、深々と突き刺さることはない。「クッ……! なんて硬さだ!」リュウは、オークリーダーの想像を遥かに超える防御力の高さに、思わず舌を巻いた。ナイフでは歯が立たないと予測していたが、槍でさえもこれほどとは。
オークリーダーは、リュウの攻撃を意にも介さず、止まることなく再び巨大な戦斧を横薙ぎに振り上げた。リュウは、手にした槍を巧みに操り、盾のようにして迫りくる攻撃を辛うじて受け流し、あるいは身を低くしてかわしていく。しかし、オークリーダーの攻撃はあまりにも重く、そして速い。一撃でもまともに食らえば、即座に致命傷を負いかねない、まさに死と隣り合わせの攻防が続いた。
その時、セーラは、オークリーダーのその圧倒的な猛攻に苦戦を強いられるリュウをサポートするため、震える手を抑えながらも、必死に回復魔法の詠唱を始めた。「おお、光の女神様、どうかこの者に癒しの御力を! リフレッシュ!」彼女の腰の聖杖から、柔らかく温かい光が放たれ、リュウの体を優しく包み込み、彼の負った細かな傷や打撲の痛みを癒していく。温かい光が体に触れるたびに、リュウは消耗した体力が僅かながら回復し、痛みが和らいでいくのを感じた。セーラの支援がなければ、この猛攻を凌ぎ切ることは不可能だっただろう。
回復魔法の力で僅かながらも体力を回復したリュウは、再びオークリーダーに果敢に立ち向かった。今度は、ただ闇雲に攻撃するのではなく、槍のリーチを最大限に活かし、オークリーダーの鎧の僅かな隙間や、関節部分を狙って、精密な突きを連続して繰り出す。オークリーダーは、その巨体にも関わらず、巨大な戦斧を巧みに振り回し、盾のようにしてリュウの槍の攻撃を弾き返し、あるいはその攻撃の合間を縫って反撃を試み、リュウを近づけさせまいと必死だ。リュウは、槍の長さを最大限に活かし、ヒットアンドアウェイを繰り返すように、遠距離から牽制するように攻撃を仕掛ける。しかし、オークリーダーは、長年の激しい戦闘で培われた経験からか、リュウのその戦術を冷静に見極め、巧みに戦斧を操り、槍の攻撃を的確に弾き返し、時にはカウンターを狙ってくる。
戦いは、一進一退の、息詰まるような膠着状態に陥った。互いに決定的な一撃を与えることができず、時間だけが刻一刻と過ぎていく。小屋の中には、荒い息遣いと、金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音だけが響き渡っていた。
その時、リュウは、ふとオークリーダーの分厚い鉄鎧の、胸の中心部分に、他の場所よりも幾分か深い、古い戦闘でつけられたであろういくつかの大きな傷跡があることに気づいた。それは、おそらく過去にこのオークリーダーが経験した、死闘の証なのだろうか。
(あの傷跡……もしかしたら、あそこが弱点、あるいは鎧の強度が落ちている部分かもしれない……!)リュウは、オークリーダーの鎧のその古傷に狙いを定め、槍の穂先を、一点に集中させるように向けた。
「グルアアアアアアアアアッ!」オークリーダーが、まるでリュウのその意図を察知したかのように、再び怒り狂ったように凄まじい雄叫びを上げ、これまでのどの攻撃よりも速く、そして重い、渾身の力を込めた巨大な戦斧を、リュウの頭上めがけて振り下ろした。
リュウは、その絶体絶命の状況下で、冷静さを失うことなく、迫りくる戦斧を本当に寸でのところで横に跳んでかわし、その結果、大きく体勢を崩したオークリーダーの胸の古傷に、手にした鉄槍を、全身の体重と、ありったけの力を込めて突き刺した。「グギャアアアアアアアアアアアアアッ!」これまで聞いたどのオークの悲鳴よりも大きく、そして苦悶に満ちた、断末魔のような絶叫が、小屋全体に響き渡り、オークリーダーは大きくよろめき、その巨体から力が抜けていくのが分かった。
リュウは、この千載一遇の好機を見逃さなかった。懐に忍ばせていた、あの「深淵の雫」を塗った特製の毒ナイフを、電光石火の速さで素早く取り出した。そして、激しくよろめいたオークリーダーの、槍が突き刺さった胸の傷口に、もはや躊躇も慈悲もなく、その毒ナイフを深く、そして確実に突き刺した。「グウッ……ギャアアアアアアアアアアアアア!」オークリーダーは、再び断末魔の悲鳴を上げ、その巨体を大きく痙攣させ、そしてそのままゆっくりと、しかし確実に、力なく地面に崩れ落ちていった。
「……今だッ!」リュウは、完全に倒れ伏したオークリーダーに素早く駆け寄り、手にした槍の穂先を、その太い喉元に、止めとして深々と突き刺した。
リュウは、槍を構えたまま、ぜえぜえと荒い息をつきながら、ピクリとも動かなくなった巨大なオークリーダーの死体を見下ろした。「やった……本当に……勝った……」
セーラが、目に涙を浮かべながら駆け寄り、リュウに心配そうな、しかし心の底からの安堵の表情で声をかけた。「リュウ様っ! お疲れ様でございました! 本当に……本当に、見事な戦いぶりでございましたわ……!」
「ああ……ありがとう、セーラ。お前の回復魔法がなければ、とっくにやられていた。本当に、助かったよ」リュウは、セーラのその言葉に、心からの感謝を込めて、かすれた声で答えた。
二人は、オークリーダーの巨体から、今回のクエストの報酬となるであろう、オークの牙や、あるいは何か価値のある戦利品がないかと慎重に回収作業を行い、そして静かに、しかし確かな達成感を胸に、その血と死臭に満ちた小屋を後にした。小屋の外に出ると、空にはいつの間にか美しい満月が白銀の光を放ち、先ほどまでの死闘の舞台となった森を、静かに、そして優しく照らし出していた。
こうして、リュウとセーラの初めての本格的な魔物討伐クエスト、オーク退治は、想像を絶するほどの激しい戦いの末、二人の勇気と連携、そしてリュウの機転によって、無事に完了したのだった。




