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ep 2

目覚めと武器使い

リュウは、まるで深い水の底から浮上するように、ゆっくりと瞼を開いた。柔らかな木漏れ日が幾筋も降り注ぎ、新緑の葉が風にそよぐ音が、囁きかけるように耳をくすぐる。鳥のさえずりだろうか、澄んだ鳴き声が遠くから聞こえてくる。ここは、一体どこなのだろうか。昨日までの記憶が曖昧で、まるで分厚い靄がかかったようだ。

重い体をゆっくりと起こし、周囲を見渡すと、目の前には鏡のように静謐な湖が広がっていた。湖畔には背の高い木々が生い茂り、その水面は空の青と木々の緑を映して、幻想的なまでに美しい。何かに導かれるように湖面に近づき、そっとその冷たい水に手を入れる。そして、水面に映る自分の顔を覗き込んだ瞬間、リュウは息を呑んだ。

「なっ……!? コレが、俺……なのか?」

そこに映っていたのは、全く見覚えのない少年の姿だった。艶やかな黒曜石のような瞳は大きく、どこか強い光を宿している。まだあどけなさを残す頬のラインとは対照的に、きゅっと引き締まった顎は意志の強さを感じさせた。前世、佐々木龍として生きていた頃の、疲れ切って覇気のない自分の面影はどこにもない。年は十代半ばといったところだろうか。

リュウは混乱した。何が起こったのか、全く理解が追いつかない。なぜこんな場所にいるのか? この体は誰なのか? 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

「何でこんなところに……うぐっ、頭が……痛いっ!?」

突然、こめかみを万力で締め付けられるような激しい頭痛がリュウを襲った。ズキン、ズキンと脈打つ強烈な痛みに思わず頭を抱えてその場に蹲る。脳内で何かが激しくぶつかり合い、混ざり合おうとしているような感覚。

「はぁ……はぁ……っ、こ、これは……この身体の、前の記憶……なのか?」

途切れ途切れの映像が、まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る。古びているが手入れの行き届いた木造の家。薪の燃える匂い。皺くちゃの手で優しく頭を撫でてくれた、温かい眼差しを向ける老人の姿。そして、一人ぼっちで薄暗い森の中を、何かを探して彷徨っている自分自身の姿……。それは、孤独と、ほんの少しの寂しさを伴う記憶だった。

どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく嵐のような頭痛が引き始め、リュウはゆっくりと顔を上げた。額には脂汗が滲んでいる。「えーっと……俺の名前は、リュウ。歳は……多分、16歳くらい。そして、この世界はアースティア……剣と魔法が存在する世界……って、本当に、女神様の言った通り、異世界転生したんだな……」

女神の優しくも荘厳な声が、脳内で鮮明に蘇る。まさか、あんな非現実的な出来事が本当に起こるなんて。信じられないという気持ちと同時に、胸の奥から抑えきれないワクワクするような期待感が湧き上がってくるのをリュウは感じていた。あの灰色で、息苦しいだけの毎日とは違う、全く新しい人生が始まるのかもしれない。

「そうだ……女神様は、ギフトもくれるって言ってたな。えーっと、確か……ステータス!」

半信半疑で、しかし強く心の中でそう念じると、リュウの目の前に、ふわりと半透明のウィンドウが浮かび上がった。まるでゲームの画面のようだ。

名前:リュウ

レベル:1

HP:5/5

MP:0/0

力:4

素早さ:5

知力:3

スキル:武器使い


リュウは表示されたステータスを、食い入るように見つめた。「レベル1なのは当然として……HP5って、少なすぎないか? 何かのはずみで死にそうだぞ。MPはゼロ……魔法は使えないのか。力4、素早さ5、知力3……うーん、平凡、いや、むしろ貧弱?」そして、最後にスキル欄に記載された「武器使い」という文字に目が留まった。「武器使い……って、具体的にどういうスキルなんだ?」

スキル名に疑問を抱きながらも、リュウは先ほど流れ込んできた記憶の断片を必死に繋ぎ合わせようとした。「で……俺は、なんでこんな湖のそばで倒れてたんだっけ……。そうだ、思い出したぞ」

記憶の中の「リュウ」は、唯一の肉親であったじーちゃんを病で亡くし、天涯孤独の身となった。一人で生きていくために、食料を得ようと慣れない狩りに出たものの、森の奥で獲物を見つけることができず、何日もろくに食べられない日が続いた。そしてついに、空腹と疲労で意識を失ってしまったのだ。

「……って、気絶した原因、めちゃくちゃ情けないじゃないか、コイツ!」

自分の今の置かれた状況を正確に理解するにつれて、リュウは思わず天を仰ぎ、大きなため息をついた。異世界転生という劇的な出来事を果たしたというのに、当面の課題は餓死からの回避らしい。

その時だった。

ぐぅぅぅううう~~~~……。

まるで意思を持った生き物のように、リュウのお腹から盛大な音が響き渡った。静かな湖畔に、なんとも情けない音がこだまする。

リュウは苦笑するしかなかった。「はは……転生しても、腹が減るのは変わらないみたいだな。さて、どこかに獲物になるようなものは……」

再び周囲に注意深く視線を巡らせると、先ほどまで意識が朦朧としていて気づかなかったものが目に飛び込んできた。湖から少し離れた茂みのそばで、何かがぴょこぴょこと動いている。

「あ! あれは……角が生えたウサギだ!」

普通のウサギよりも一回り大きく、丸々としている。そして何より特徴的なのは、その頭部にちょこんと生えた、可愛らしい一本の白い角だった。アースティアでは、ああいった動物が一般的なのだろうか。もしかしたら、魔物の一種なのかもしれない。だが、今のリュウにとっては、それが何であろうと、貴重な食料にしか見えなかった。

ごくり、とリュウは唾を飲み込んだ。強烈な空腹感が、思考を単純化していく。しかし、大きな問題があった。今の彼の体には、武器と呼べるようなものが何一つ装備されていないのだ。素手で、あの俊敏そうな角ウサギを捕まえることができるだろうか。

「武器がない……どうする?その辺の木の枝でも折って使うか?」

焦燥感が募る中、リュウが思案に暮れていると、突然、頭の中に直接、声が響いた。それは、女神の声とは違う、もっと機械的で無機質な声だった。

《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》

リュウは思わず「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。周囲を慌てて見回すが、誰の姿も見当たらない。空耳だろうか?

《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》

再び、同じ声が脳内に響いた。今度は、先ほどよりも少しだけはっきりと、そして近くに感じた。これは、スキルの効果なのかもしれない。

「は、はい! YESでお願いします!」

リュウは戸惑いながらも、しかし期待を込めて、声に応えた。

その瞬間、リュウの黒曜石のような瞳が、突如として淡い燐光を帯び始めた。それと同時に、彼の足元や周囲の地面に落ちている、何の変哲もない小石や枯れた木の枝が、まるで呼応するように微かに、しかし確かに光を放ち始めたのだ。

「な、何だ……? あの石ころが、光ってる……?」

好奇心と、わずかな興奮に駆られ、リュウは光を放つ小石の一つを拾い上げた。それは手のひらに収まるくらいの、ごく普通の石だ。

「うわっ! あ、頭の中にイメージが……!」

小石を握った瞬間、リュウの脳内に、まるで啓示のように情報が流れ込んできたのだ。その小石の重心、最適な握り方、腕の振り方、投擲する角度、そして、どのようにすればあの角ウサギの急所に正確に当てることができるのかという鮮明なイメージ。まるで、何十年も使い慣れた愛用の道具のように、その小石の特性が手に取るように理解できた。これが……スキル「武器使い」の力なのか!

「いける……これなら、いける!」

リュウは確信した。全身の細胞が、歓喜に打ち震えるのを感じる。

彼は深く息を吸い込み、狙いを角ウサギの頭部に定め、全身のバネを使って力を込めて小石を握りしめ、そして、放った!

ヒュッ!と風を切る音と共に放たれた小石は、リュウのイメージ通り、一切のブレなく一直線に角ウサギの頭部へと吸い込まれていく。

「ギャッ!」

鈍い衝突音と共に、角ウサギは短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちるようにして倒れ伏した。ピクリとも動かない。見事な、一撃必殺だった。

リュウは、自分の手を見つめ、そして倒れた角ウサギを見つめ、驚きに目を見開いた。「す、すげぇ……俺、こんなにコントロール良かったか? いや、違う……これが、『武器使い』のスキルなんだ!」生まれて初めて獲物を狩ったという達成感と、スキルの力への興奮で、心臓が早鐘のように鳴っている。

興奮冷めやらぬ中、リュウはもう一度、心の中で強く念じた。「スキル『武器使い』、発動!」

再び、彼の瞳が淡い光を帯びる。今度は、周囲に落ちている様々な大きさの石や、手頃な太さの木の枝に意識を集中させてみた。すると、先ほどとは少し違う感覚が湧き上がってきた。

「んー……なるほど。どうやら、どんな物でも完璧に武器として扱えるわけじゃないらしいな。そして、今の俺のレベルじゃ、まだ石ころくらいしかまともに『武器』として認識できないってことか……」

先ほど角ウサギを仕留めた小石ほどの鮮明なイメージは湧いてこない。他の石や木の枝では、情報量が明らかに少なく、扱えるという確信が薄い。どうやら、自分のレベルやスキルへの習熟度によって、扱える武器の種類や、その精度、威力などが変わってくるようだ。

「ということは……まずは、レベル上げ、だな」

倒した角ウサギをどうやって調理しようかと考えながら、リュウは改めて自分の置かれた状況を冷静に認識した。この厳しい異世界で生き抜くためには、まず力をつけなければならない。そして、この「武器使い」というスキルを磨き上げることが、そのための最短ルートになるだろう。

ぐぅぅぅうう……。

またしても、腹の虫が現実へと彼を引き戻す。

「……その前に、まずは腹ごしらえだ! この世界の最初の食事だ!」

リュウは笑みを浮かべると、倒れた角ウサギをしっかりと抱え上げ、火を起こせそうな、そして少しでも安全な場所を探し始めた。

武器使い――その手に触れるありとあらゆる物を、己の力に変えることができる可能性を秘めたスキル。いつの日か、この広大なアースティアで大きな運命の歯車を回すことになるかもしれない、若きリュウの物語は、空腹を満たすという、ささやかで、しかし重要な一歩から、今、まさに始まったばかりだった。

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