第四話 縁〜よすが〜
見るとしばらく憂鬱が続く夢から、どうにか途中で覚めることが出来た私は、いつもと同じように講義を受ける毎日を繰り返せていた。
そして今日は、真剣な顔つきでノートPCを睨みつけている陽菜の横でミステリー本を読んでいる。
「陽菜、コーヒー淹れるけど、飲む?」
読みかけの本を閉じて陽菜に声をかける。
「……」
「おーい……聞こえてますかー……うりゃっ」
私原案の完成した小説を、投稿サイトにアップする作業に夢中とはいえ、あまりにも反応がなく少しイラッときたので、脇を攻めてみた。
「ぎゃわっ! ちょっと美咲やめてっ」
「返事ぐらいしなさーい」
「ごめっ! ちょっ、これ、これっ! これ見てっ!」
息を荒くした陽菜が指さす先、ノートPCの画面には小説投稿サイトの作者管理ページが映されている。
カーソルがメッセージアイコンへ移動し、受信トレイが表示された。
「メッセージ? それがどうしたのよ?」
私の問いかけに陽菜は訝しげな表情だ。
「まさか?!」
「違うのっ! 辛口感想でも、誹謗中傷の類いでもないの!」
語気を強めた私に、陽菜はそうではないと直ぐに否定した。
「これ、うたた寝ねねこさんのメッセージ……」
クリック音と共に受信トレイが開かれた。
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本文
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不躾なメッセージ、申し訳ありません。
お話の内容が、知り合いがよく見る夢と似ていて、驚いてしまって。
批判などでは決してありません、でもあまりにも同じで……。
もし良ければ少しお話出来ないでしょうか。
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「……原案と陽菜が書いたものは少し違うんでしょ? それに異世界恋愛物の話が似てるなんてこと、いくらでもあるでしょう?」
「変えたのは時系列と最後の結末。あとオリキャラ追加したり、でもメインキャラの名前は変えてない。美咲に聞いた通り」
「それで似てる……」
「美咲が嫌じゃなければサイトのメッセージで話を続けてみようと思うんだけど。もちろん美咲のことは伏せて」
少し顔を上気させて陽菜は私の目を見た。
「……構わないけど」
「ありがと! 早速始めるね」
陽菜はノートPCの画面を注視し、素早い打鍵音を響かせた。
文面は直ぐに出来上がり、相手へとメッセージを送付。既に返事待ちという状態だ。
サイトを通してのやり取りで、いつ返事が来るかもわからないのに、前のめりで待機している。こうなったら他の事は目に入らないので、私は予定通りコーヒーを淹れることにした。
ポットに入れたお湯がカップに注がれて、インスタントコーヒーの香りが立ち昇る。
カップを持って机に移動し、閉じていた本を開く。
しばらく読み進めるうちに眠気を覚え——
◆
——雷鳴と豪雨の中を馬車が突き進む。もう神竜の怒りはいつ炎となってこの大陸を焼くかわからない。
修道院に届けられた手紙によると陛下の背中には大きな痣が浮かび、焼けるような熱を持っているという。
神竜の土地を侵したことによる呪詛だ。この大陸にいる限り神竜の眼から逃れることは出来ない。声が聞こえるまでは御伽話だと思っていた、ウォード家に伝承された通りの事象が起こっている。
「ミラディア殿」
「何でしょうか」
対面に座る騎士は王族を守護する近衛だ。
本来の役目と離れた任務に就いているのは、これから生贄となる者へのせめてもの敬意か、それとも逃げ出さない為の監視か……。
「陛下はウォード侯爵の諫言に耳を傾けるべきでした」
「……呪詛が怖いのですか?」
「なにを仰るっか!」
騎士は腰を浮かした。
「ウォード家は咎人として処分されました。なのにそのような態度で私に接する理由がわからなかったので」
近衛がこれでは陛下の治世は先行きが暗い。近衛は陛下の盾であり剣。それが遠く離れた土地といえど、自ら不敬と言われかねない言動を取るとは。
民からの信頼は勝ち取り難く、悪意は容易く向けられる。一手を間違えれば十手後退するのは為政者の避けれぬ定めといえど……。
「私は神竜の怒りを鎮めるための生贄。父は神竜の怒りについて陛下にきちんと申し上げなかった。そういうことにしておくべきです」
近衛は瞬きもせずに驚いた顔で私を見つめている。
この筋書きであれば、事が終えた後の混乱は少なくて済む。全てウォードの不手際であると、陛下への返書にもそう記した。
「……今からいうのは独り言だ」
私の意図を理解し口調を変えた近衛は、窓から嵐の夜を見つめながら続けた。
「ウォード侯爵家はグラバー王国から名が消え、代わりに男爵家が新たに興る。その男爵家の当主は白金の髪色で見目麗しい方だという。旧ウォード領の半分ほどを相続され、領民たちも新たな領主を歓迎しているらしい」
馬車の小窓から見える流れる景色を見つめ、視線を合わせることなく頷く。陛下は私の意図を汲み取って下さった。分家は取り潰されず、ウォードの血筋は続く。
「良いお話をありがとう存じます。この命が尽きて聖神様に御目通りする時の土産話となりそうです」
「……」
近衛はそれ以降、馬車が止まるまで口を開かず窓の外を見続けた。
近衛は陛下への忠誠が薄れていても、祖国への愛は持っているのがわかる。
彼の離れた忠誠を勝ち取るために、陛下は立ち上がり前に進むと思いたい。
そうでなければ私は何のために死ぬのか……。
無言は続き、そして。
「……到着だ」
「はい」
近衛の声に応え座席から立ち上がり、馬車を降りる。嵐はいつのまにかやんでいて、神竜が住まう場所へと続く小径が月明かりに照らされていた。
「我々がついていけるのはここまでのようだ。これ以上は神竜の怒りを買うのだろう?」
「ええ。あとは私が歩いて辿り着くだけです」
「怖くないのか……」
「怖いですし、嫌ですよ。けれど役割を果たさず逃げだして、生きていく意味もありません」
近衛は私の言葉を受けて息を呑み、その場で膝をついて話し出した。
「バルタイ騎士爵家、ランス・バルタイより、ミラディア・ウォード侯爵令嬢にお願いがございます」
兜を脱ぎ跪いて頭を垂れるのは騎士から相手への最大限の敬意を表明する所作だ。
これは咎人として受けるわけにはいかない。彼を見下ろす形で続きを促す。
「どうぞお続けに」
「バルタイ騎士爵家は誓いを三つ立てます。その誓いに神の祝福をお与え下さい」
「……分かりました」
「一つ、ミラディア・ウォードは救国の聖女であると代々に申し送ります。二つ、クラバー王国へ忠誠を誓い、その発展を支えます。三つ、誓いは当主以外、何人へも口外致しません」
「誓いを見届けました。聖神様のご祝福があらんことを」
手を合わせてからゆっくりと開き、そのまま頭より高い位置へと捧げ、続けて請願の句を紡ぐ。
『神よ、神よ、聖神よ。この者に正しき道を示し祝福を』
修道院で覚えた真似事だけれど、自分でも驚くほどに自然な所作で神への請願を終えた。
「騎士バルタイ。それでは」
振り向かずに小径へと進む。
死への道。私が選んだ後悔の道へと。




