ありがとう
足取りが重い。病院から出たのはいいが、スマホもサイフも魔力もなくてどうしよう。病室に戻る・・気にはならない。
「困ってんのか?」
聞き覚えのある声に振り返るとそこには志保と首輪に繋がれた翔吾が立っていた。お〜見事に悪魔が翔吾を手懐けたな。
「ああ、ちょうど良かった。お前ら2人にも会いにいこうと思ってたところだ。」
「楓ちゃん・・」
「そうか。で何か用か?」
志保が何かを言おうとしていのを翔吾が止めるように会話に割ってはいる。
気を使わせてしまったかな。
「ダンジョン終わりの夜。突然倒れたのを心配せて悪かったなって。」
「おう。」
「ありがとな。」
「楓ちゃん」
「お前ら2人は奴隷と主人の関係になったのか?」
「ああ、最高の女王様だよ。」
「とんだ、変態になったもんだな。翔吾。」
「ああ」
「志保と楽しくやれよ」
「ああ」
「楓ちゃん、火元さんは部活中だから学校にいると思う。行ってあげて」
「ああ、鈴さんにもよろしく伝えてくれ」
志保は何も言わず頷いている。
「これに乗ってけよ。」
翔吾は魔法で鳥を作ってくれたので、遠慮なくその背に乗る。そして鳥が羽ばたく。翔吾たちがあっという間に小さくなってみえなくなった。
■
学校に着くと胸に込み上げてくるものがあり、吐き出すと少し吐血してしまった。鳥は体育館の方まで歩いてくれた。中を覗くと声がする。部活をしている中から火元を見つける。会いたいという思いからついつい足が勝手に侵入してしまう。開いた扉の音で視線が、集まる。
しかし俺に立ち止まっている時間もない。俺はまっすぐ火元の元まで歩いていき抱きしめた。右手が使えない分片手で力一杯抱きしめた
「ちょちょちょっといきなりなに!セクハラだぞ。それに部活中でみんな見てる。」
もう周りの視線も声も気にしている余裕がない。
「最後だから呼ばせて、美香会いたかった。」
「ちょちょちょっとホントにどうしたの?浮気だって姫に言っちゃうぞ」
「美香、ありがとう」
美香の匂い落ち着く。抱きしめたことなんて今までなかったけど、やっぱりコイツといると安心する。さっきまで死へのカウントダウンに焦りしかなかったが、美香と一緒にいると落ち着く。ずっと一緒に・・
そんなことを思ってはいけない。これ以上は名残り惜しくなる。
「これからも頑張れよ、火元」
俺は火元から離れると、翔吾の鳥が迎えに来てくれた。俺はその鳥の背に乗り羽ばたく。鳥はどこに向かっているのか分からないがなんとなく木下さんの元に向かっているのだと分かった。
鳥は体育館から一気に上昇し、屋上にいる1人の生徒の前で俺を下ろす。
「楓斗?」
「迷惑かけてごめんね。」
木下さんが突如俺に抱きついてきた。いきなり倒れたのだから、そりゃ、驚いただろう。最後まで迷惑かけちまったな。
「いいの。あなたが無事ならそれで」
無事・・ね。まあ一応無事かな。
「次楓斗にあったら聞きたいことがあったの。」
「なに?」
「アタシの好きな教科知ってる?」
なんだその、簡単な質問は。
「家庭科に国語。英語は好きだけど、苦手意識のある数学より点数が低いとかなら知ってる。」
「アタシの好きなケーキの種類は?」
「モンブラン」
「アタシの誕生日は?」
「10月7日」
俺は間髪いれずに得意げに答える。この手の質問を俺が間違えるわけがない。
「あなたはアタシのことなんでも知ってる。けどアタシはあなたの事、何もしらない。誕生日さえも知らない。いえ、知ろうともしなかった。だから教えて欲しいの。」
俺は木下さんのことを知りたいと思い、たくさんのことを知った。けどたしかに俺の話を木下さんにしたことはあまりない。そういう意味だと俺は知りたかっただけで、知ってもらおうという努力が足りなかったのかもしれない。まあそんな気付きももう遅いんですけどね。
「アタシ、あなたのことが知りたい!また名前では呼んでくれないの?」
この言葉を少し前の俺が聞けたなら良かったよ。
これ以上は言葉を重ねられない。耐えられない。覚悟が鈍る。
「それを次に俺のようにアタックしてくる男子が現れたら言ってあげな。きっとすげぇ喜ぶからさ」
「アタシはあなたのことが・・」
「朝姫、ありがとう。」
俺は残りの力を振り絞って、木下さんから逃げるように屋上からダイブし、鳥に拾ってもらう。