この気持ち
「ハイ遅刻」
「ハァハァ、マジですか。」
シャボン玉がハジけたあと少しボーっとしていたせいで気がつけば遅刻ギリギリの時間になっていたので、全力疾走したのだが間に合わなかったか。
「次からは気をつけな」
紫色の髪のショートヘアーを揺らしながら息を切らす俺の頭を出席簿で軽く叩く。
先生、出席簿は武器ではありません。っとツッコミしたかったが、ここは素直に先生が遅刻をなかったことにしてくれたことに感謝しよう
「君が遅刻すると木下さんまで・・ってあれ木下さんはいるのね。」
美少女である朝姫は、当然遅刻などするはずもなく凛と座って何故か俺を睨んでいる。
睨んでいる顔も可愛い。好きな子に見てもらえるっていいね。
「はははっ」
苦笑いを浮かべながら俺は先生の横を通り抜けて自席へと向かう。そう、朝姫の前へ。それが俺の席なのだ。この席替えの時は運命が味方していると思ったよ。ホントなら横とかが良かったんだけど、全てが運なのだから十分及第点だ。
けど今日はなんか調子がおかしい。
席についてからチラッと朝姫を見るとたまたま目があって睨まれた。
可愛くて好きだ。けどなんか変なんだよな。
先生がホームルームで何か伝えていたが、頭に全く入ってこず、窓の外を眺めていた。
「ねぇ、ちょっと」
気がつくとホームルームが終わっていて珍しく朝姫が俺の方を向いている。
「なんで遅刻なんかしたのよ」
「や、なんかボーっとしちゃってて。ははっ」
なんでっと言われても只今その状況を説明出来る言葉を持ち合わせてはおりません。俺自身もよくわかっていないのだから。笑いながら誤魔化す。
「なにそれ、バカじゃないの」
「おっしゃる通りで」
いつものように不快そうに怒る朝姫に、俺は相づちを打つと、いつもの俺なら喜んで会話を続けるのだが、なんか今日は話せる気がしなかったので、自然と視線は、朝姫から窓の外へと移動した。
「ちょっと、あんた?」
「ん?」
「もういいわよ!このバカ。」
朝姫の声はいつも通り可愛い。俺の心はいつもならこの声だけでご飯3杯いけるほど、元気が出るのだが今日は水面に張った水が何一つ波が立つ気がしない。立ち去る朝姫を目で追って、体中に魔力を循環させてみるも、やはり違和感なく操作出来る。俺呪われたのかな?
授業はいつも通り頭に入っては来なかった。いつもは朝姫のことを考えてあっという間に過ぎ去る時間も、今日は何も考えてられずボーっとしていた。
昼休みになって、火元が俺と朝姫の前にニヤニヤとしながら立つ
「今日は夫婦で登校しなかったの?」
「夫婦じゃないわよ」
火元美香クラスメートであり、朝姫の親友でハンドボール部に所属している。俺との仲をよく茶化しにくる。そしてそれを朝姫は全力で否定する。その光景が楽しくて、他のクラスメートたちも集まってきていつも昼はクラスの男女7、8人という大所帯で机をくっつけて食べている。もちろん俺は朝姫の横をがっちりとキープしている。
「アタシはこんなやつに付きまとわれるの嫌なんだから。」
なんかブーメランで、俺は何も話していないのに傷ついてしまう。そんな否定しなくても。
「けど、今日も一緒に並んでお昼食べるんでしょ。」
火元はニヤニヤと朝姫をからかっている。朝姫をこんなに手玉に取れるのは火元ぐらいだろう。周りのクラスメートも楽しそうに笑っている。
「嫌よ、いつも嫌って言ってるのに、コイツが勝手に」
朝姫に不機嫌そうな顔で指さされる。
まあ確かにいつも嫌とは言われてたけど、勝手にくっつけてたな。
本人嫌がってるし、今日はいいか。
何よりなんか気分がおかしい。
「いつもいつも嫌がってるのに悪かったな。」
「全くよ、こっちの気持ちにもなってほしいって・・え?」
「ほぇ?楓斗んどうしたの?」
「俺の席座っててもいいから」
既に朝姫と俺の席を中心に机をくっつけて昼飯を食べる準備が出来ていた。
俺は席を立つ。バックには昼飯用のおにぎりが入ってたハズだけど・・まあ今日はいいか。なんか食欲ないし。
「えっ、ちょっとどこ行くのよ。」
朝姫の声が俺の胸にいつものように刺さらない。いつもは声をかけられるだけで、あんなに嬉しかったのに。俺は踏み出した足を止めることも振り返ることもなく、教室を出た。教室を出るまで他のクラスメートたちが驚いた顔をして、俺を見ていた。そりゃそうだよな。あれだけ付き纏ってたから。
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