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公爵令嬢、戦場に参ります。英雄となって家を没落の危機から救いたいと、……思いましたが、世の中、それほど甘くはないようです。

作者: 有郷 葉

 私の名前はミッシェル。ドルソニア王国、公爵家当主の娘です。

 現在、当家は非常に厳しい状況にあります。権力争いに敗れ、主導している派閥から次々に貴族達が離反。公爵家という地位にありながらまさに没落の危機にあるのです。

 あまりのショックで当主である父は寝込んでしまい、一族はもう大変な騒ぎ。


 十五歳という若輩ながら、私も家のために何かしなければ、という思いに駆られました。

 考えに考え抜いた結果、一つの妙案が。


「お嬢様、ご注文なさっていた品々が届きましたよ」


 そう伝えにきてくれたのは執事のデュランでした。

 二つ年上の彼は幼い頃より私に仕えてくれています。今回の計画にも全面的に協力してくれている頼れる存在です。

 届いた品々を前に、私は高まる気持ちを抑えられません。


「素晴らしいです! 必ずや私はこれで英雄の座に上り詰めてみせます!」


 そこにあったのは一揃いの武具。

 私の動かせるお金全てを注ぎこんだ特注品です。とりわけ剣と鎧は、それぞれ攻撃と防御の魔法が付与された一級品。

 これらを装備して私は戦場に赴きます。

 そこで戦果を出し、王国の英雄に!

 国の主力とされる英雄クラスになれば、貴族以上の地位が与えられます。当家を没落の危機からも救えるはず!


「そんなにうまくいくでしょうか……」


 私の熱い想いに水を差すようにデュランがため息を。


「いかないと困ります。家の力でもう次の転送メンバーに入ってしまいましたから」


 現在、人類は魔獣との戦争状態にあり、各国で維持する前線はドルソニア王国より遥か遠くにあります。行くには月に一度だけ魔法転送される戦士達の一人に選ばれなければなりません。

 非常に狭き門ですが、家の力で何とかなりました。

 あとはあちらで頑張るのみ。この特注品の武具があれば大丈夫なはずです。


「とはいえ、少しは訓練をしておくべきでしょう。お嬢様には何を申し上げても無駄だと承知しています。わずかな時間しかありませんが、私がお相手しますよ」


 デュランが木剣を二本持って立っており、内一本を渡してきました。

 こうと決めたら譲らない性格の私に、デュランは昔からよくついてきてくれます。常に私の味方であり、困った時には助けてくれる人。いざという時に私を守るためだと、武術まで習いにいってくれています。

 いつしか私は彼のことが……。

 決まっていた婚約話も流れてしまいましたし、今なら想いを伝えてもいいかもしれません。


「デュラン、あの」

「お嬢様、集中なさらないとお怪我をしますよ」


 ……機を逸しました。

 それにしても、木剣とはなかなか重いのですね。

 え? 本物の剣はもっと重いのですか?

 認めます。戦いを甘く見ていた、と言う他ありません。


 一週間後、共に転送される戦士達との顔合わせが行われ、私はそれを思い知ることになりました。

 戦士同士の手合わせで私は二つ年下の少女に一撃で敗北。私は自慢の特注品装備、相手は訓練用の簡易装備だったにも関わらずです。

 少女はリムマイアさんというそうで、打ちひしがれる私を食事に誘ってくれました。

 連れていかれたのは、一度も足を踏み入れたことのない下町の、しかも路地裏でした。周囲は何だか怖い人ばかりですが大丈夫でしょうか……。


「ミッシェル様、俺もいるので安心してください」


 そう言ってくれた方は、今回、私達新人戦士に同行してくれるベテラン戦士のレオさんです。

 王国の訓練所で師範も務めているそうで、リムマイアさんの師匠でもあるんだとか。頼もしい四十代のおじさんです。

 私達は屋台のお店で食事をすることになりました。

 とても香ばしい匂いがします。待っていると、出てきたのは棒の刺さったお肉でした。

 えーと、ナイフとフォークは……?


「そんなもんいるか。焼き鳥はこうやって食べるんだよ」


 とリムマイアさんは棒を掴んでお肉にかぶりつきました。

 なるほど、そういう作法なのですね。

 では私も。あら、美味しい。

 焼き鳥を食べる私をじっと見つめた後に、リムマイアさんは話を切り出してきました。


「なあミッシェル、事情は聞いたけど、やっぱり戦場に行くのはやめておかないか? お前が英雄になるのは無理だよ」


 ……分かっています。私は英雄どころか戦士にもなれないと。

 リムマイアさんは孤児院の生まれだそうです。自分の腕一つで成り上がると決め、この若さで戦士の道に入ったという話を伺いました。

 実際、素人の私から見ても、彼女の身体能力や戦いの才能は大変なものです。きっと英雄になるのはこういう人なのでしょう。

 分かってはいても、私は一度でいいからこの目で戦場を見てみたい。

 国や人類を守る戦いがどのようなものなのか、直接見て確かめたいという思いが湧いてきました。

 足手まといになるのを承知で連れていってほしいとお願いしたところ、レオさんが。


「リムマイア、何とかフォローしてやってくれ。デュランからも頼まれてるんだよ。連れていって連れ帰ってほしいって」

「レオさん、デュランをご存知なのですか?」

「あいつも俺の弟子なんですよ」


 そうだったのですね。

 それにしてもデュランったら、連れていって連れ帰ってほしいだなんて。最初から私には無理だと分かっていたということじゃないですか。でしたら、同行者のレオさんに私を止めるよう言ってくれてもよかったのでは? 確かに私はこうと決めたら譲りませんけど。

 でも、もう少し必死になって止めてくれてもいいのでは?

 なぜかやたらともやもやするので、屋敷に戻ってすぐデュランに問い正すことにしました。


「実は、お嬢様が戦場に行くと言い出された時に思いついたことがありまして。英雄にならなくても状況を打開できるかもしれません。しかし、一番はお嬢様が戦場行きを諦めてくださることです。ミッシェル様、私にとって何より大切なのはあなたの安全ですから」


 そ、そうですか。

 期待以上の言葉が返ってきて、ちょっと顔が熱いのですが。

 思わず私が一歩下がると、デュランは二歩前へ。


「戦場行き、諦めてくださいますか?」

「む、無理です。きっかけは愚かな思いつきでしたが、今はただ、この目で戦場を見たいのです」

「結局、なさることは変わらないわけですね……。いいですか、前線拠点の町に着いたらもう外には出ず、絶対に一か月後の転送でお帰りください」

「はい……」

「お嬢様は幸運ですよ。リムマイアさんは私もよく存じ上げています。相当な逸材ですので、仮に不測の事態が起こっても彼女がいれば何とかなるかもしれません」


 私の執事はとても優秀です。彼の言ったことはよく当たりますし、大体の場合、私は彼の言った通り行動することになります。


 程なくして戦場に転送された私はあわや死にかけるも、リムマイアさんに助けていただいて命拾いしました。

 町に到着すると、すぐに一か月後の転送を予約。

 その後は町からは一歩も出ず(怖くて出れなかったとも言います)、各国の前線基地を回ったり、色々な人から話を聞いたりして過ごしました。


 そうして一か月が経ち、私は無事ドルソニア王国に帰還を果たすことに。

 まずは国王様へのご挨拶です。貴重な転送枠を使わせていただきながら早々に逃げ帰ってきたことをお詫びしなければなりません。

 ところが、国王様からいただいたのは思いもよらぬお言葉でした。


「此度の視察、誠にご苦労だった。我が王国にそなたのような貴族がいることを誇らしく思うぞ」


 …………、視察、ですか?

 どうなっているのでしょう? 叱られるどころか、ご褒美までいただけました。

 さらに、周囲の貴族達の私を見る目も好意的なものが多いような……。

 私、没落寸前の貴族令嬢ですよ?


 そして、極めつけは屋敷に帰ってから起こりました。

 エントランスにて、なんと一族総出での出迎え。

 中心にいるのは当主であるお父様です。よかった、お元気になられたのですね。


「ミッシェル、考えなしで勢いだけの娘だとばかり思っていたが……。いつの間にか、こんなに立派に成長していたのだな。私は今回の件で責任をとらなければならなかったが、後のことだけが心配だった。しかし、今のお前なら安心して任せられる。ミッシェル、今日からお前が当主だ」

「……そう、ですか。頑張ります」


 もう何が何だか分かりません。

 ですが、これを仕組んだ人物なら分かります。

 自分の部屋に戻ると、その彼、執事のデュランがお茶を入れて待っていました。


「お帰りなさいませ、お嬢様。いいえ、もうご当主様とお呼びするべきですね」

「……名前の方でお願いします。デュラン、いったい何をしたのですか?」

「私もこの一か月を有効に活用しておりました。ミッシェル様が人類と王国のため、自らの危険も省みず前線の視察に向かわれたと、色々な方々にお話していたのです」

「視察なんて、私は……」

「ミッシェル様のことですので、町のあちこちに赴き、その先々で話をお聞きになったのでは?」

「……その通りです」

「しっかり視察なさってきたではないですか」


 ……デュランの言った通り行動してしまう私ですので、彼からすれば私の行動を読むことなど造作もないですね。

 ですが、視察に行ったくらいでここまでもてはやされるものでしょうか? 国王様まで、誇らしく思う、だなんて。

 優秀な執事はその理由も知っていました。


「当然ですよ、今まで前線に行った貴族など一人もいないのですから。戦士でなければ立ち入れない場所であることは、ミッシェル様ご本人が一番お分かりでしょう」

「ええ、あそこは地獄です」


 戦士達は本当に大変な敵と戦っています。

 そうでした、帰還したら必ずやろうと思っていたことがありました。


「私、戦士達に何か支援をしたいのですが」

「ミッシェル様ならそう仰ると思っていましたよ。でしたら、他の貴族の方々にも協力をお願いしてみてはいかがです?」

「没落寸前の当家に協力などしてくれるでしょうか?」

「ミッシェル様が直接足を運ばれれば大丈夫だと思いますよ。あなたの話を聞きたいと考えておられる方は多いはずです」


 デュランに言われるままに、私は他家に打診してみました。

 すると、意外にも手ごたえのある感触が。実際に各家の当主の方々にお話しをしたところ、一緒に支援したいと言ってくださる家が次々に。その輪は派閥の垣根を越えて広がっていきました。

 ……あれ? 当家を中心としたこの円自体が、もう一つの派閥になっていませんか?

 気付けば、私は魔獣との戦争を支援する貴族集団を率いていました。


「没落の危機にあったはずの当家が、なぜこんなことに……」


 お父様から引き継いだ執務室で、私は思わずそう呟いてしまいました。


「国内の権力争いからは距離を置き、人類共通の敵と向かい合う。つまり、立ち位置を変えたからですよ」


 とデュランは私の机に書類の束をドサッと。……多くないですか?

 抗議の視線を向けると、執事は非の打ち所のない微笑み。


「家の評判が持ち直したことで商売の方も順調なのです。お励みください」


 結局、あなたの思い描いた通りということですか……。

 いつも私を助けてくれるデュラン。ついには公爵家そのものを救ってしまうなんて優秀すぎます。

 彼は仕事も無駄がありません。今度は何通かの手紙を机の端に置きました。

 あれらは私の縁談話です。

 評判が持ち直したことで、近頃またよく届くようになりました。ですが、今の私はこの公爵家の当主。決定権は私にあります。

 やはり私は結婚するならデュランと……。

 彼は私のことをどう思っているのでしょうか?

 強制はしたくありませんし、まずは彼の気持ちを確認するべきですね。


「そういえば、デュランには気になる女性などいるのですか?」

「ええ、私にはずっとお慕いしている方が」


 そう言った後に、彼はため息を一つ挿みました。


「元々遠くにおられる方でしたが、今はさらに遠くに行ってしまわれて……。私の想いが成就することはないでしょう」


 ぜ、絶対に私じゃないです! 私はすぐ近くにいますし!

 ああ……、聞かなければよかったです……。

 ……ですが、ここまで家に尽くしてくれたデュランを応援してあげるべきですね……。


「……わ、私にできることがあるなら、何でもしますよ。一応、トップ貴族の当主なので、大抵のことはできると思います」


 私の発した言葉で、途端に彼は真剣な顔に変わりました。

 あら? 頬も少し赤らめて、いつもの余裕はどこへ?


「よろしいのですか? 相当な身分差ですよ」


 え? 遠くってそういう意味ですか……?

 思考を整理している間に、デュランは私の目の前まで。


「ミッシェル様なら確実に叶えられます。本当に、よろしいのですか?」


 私なら、確実に……?

 …………、……あ!

お読みいただき、有難うございます。

評価、ブックマーク、いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。


この物語のリムマイア視点もあります。

あちらでは、

彼女に一撃で殴り倒されるミッシェル、

戦場で極限状態に陥ったミッシェル、

などもご覧いただけます。


『戦闘狂少女は成り上がりたい。 ~公爵令嬢を殴り倒し、生存率0%の戦場も力のごり押しで突破。だって、戦闘狂だもの。~』


この下(広告下)にリンクをご用意しました。

よろしければ一度いらしてください。


6/9追記

沢山の評価、ブックマーク、本当に有難うございます。

この短編を書いてよかったと感じることができました。

『感想』の方に、物語の最後のシーンの裏設定(デュランの気持ち)を書いてみました。

答合わせ的に「ああ、やっぱりね」と思っていただければ幸いです。

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[良い点] こしらえ [一言] めでたし! さいごがちょっと焦ったいかな? 匂わせるだけで阿吽の理解になるほうが「成長」を感じられたかも とはいえ、恋サヤとしてはこちらの方が良く。 とまれ、おしゃ…
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