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猫の夢  作者: 高田 朔実
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二週目④

 土曜日の朝は、誤ってマラソン大会に出てしまい、暖かい声援におだてられるままに、無理やり完走してしまったのではないかといわんばかりの疲労感に襲われていた。

――おはようございます。

 コーヒーを淹れていると、猫が起きてきた。普通の猫がどんな生き物なのかよく知らないが、この猫は私が起きた後に起きて、寝る前に寝る。昼間も、それなりに寝ているようだ。この部屋が狭いから、他にすることがないのだろうか。

「タミさん、この部屋狭いですか?」

 猫は、黙って私を見上げる。

「ここじゃ昨日みたいにゆっくり走り回れないし。たまには公園でも行った方がいいのかな、と思いまして」

――まあ、普段は走るより寝るほうが好きなので、ご心配なく。

 猫はベッドに戻ると、自分の手やら足やらを舐め始めた。

 今日はこのままだらだらしていようかと思ったけど、他者の気配のある部屋ではゆっくり休めない。仕方ないので地元の図書館へ行くことにした。

 いざ行ってみると、それまで馴染んでいた地元の図書館はよそよそしい場所になっていた。並んでいる本の品揃えが職場と違う。建物が変に新しくて、よそよそしい。建物の素材も、いかにも鉄筋コンクリートですといった様子で、気に食わない。

 徒歩で行く私がこんなことまで気にするのは単なる言いがかりだが、駐輪場も手狭だ。そしてなにより、私は書庫に行かれないし、ここには私の机もない。席が欲しければ、自習室へ行って空いている机を探さないといけない。飲食だってできやしない。

 自分専用ではない席では自由に振る舞うこともままならず(仕事中もさほど自由に振る舞っているとは言えないにしても)、居心地が悪い。数冊本を借りると、図書館を後にした。

 駅ビルの喫茶店に入り、ワンコインのケーキセットを注文する。ここも自分専用の席ではないのに、なぜか落ち着ける。この、適度に周囲の人たちの会話が耳に入ってくるところ、食べながらだらだらできる雰囲気、今の私が落ち着けるのは、こういう雑踏の中のようだ。猫も夢も関係なく、義務も労働もなく、雪虫のようにぽわんとできるのがよい。

 ふと本から顔を上げて我に返ると、店内が混み始めていた。もう十二時に近かった。ここでご飯まで済ませるにはお財布の底力が足りず、仕方なく店を後にした。

――浮かない顔をされていますね。

 家に帰ると、猫が待ち構えている。

 とりあえず誤魔化し、冷蔵庫の残り物でチャーハンを作る。食事を終え、インスタントコーヒーに豆乳を入れて飲んでいると、

――午後はどこかへ行かれるのですか。

 段々と猫が鬱陶しくなってくる。私の家はテレビが置いていないので、こんなときに「今テレビ見てるんで」と曖昧にすることができない。テレビって、一人暮らしの人が寂しいから見るというより、複数人で暮らしている人たちの間を適度に保つためにあるのではないか、と思ってしまう。

「私の家なんだから、休みの日くらい、ゆっくりさせて下さい」

 猫は黙って私をじっと見るた。やがて寝床に戻ると、すやすやと寝息を立て始めた。

 こういうのも、八つ当たりに入るのだろうか。動物を可愛がる機会はないにせよ、いじめたいとは思っていないのに。もやもやしつつ、私も昼寝でもするかと、ベッドに横になってみる。

 疲れてはいるけれど、眠くはない。むしろ、精神的に疲れているだけで、体は動き足りないくらいだ。これは、ちょっと運動してこないと眠れなくなるかもしれない。

 運動といっても、私がするのは歩くことくらいだ。いつの間にか、秋も深まってきている。前の職場を辞めた直後も、こうしてよく近所を歩き回っていた。あれは九月のことだったから、こんな時間帯にはなかなか歩く気になれなかった。今は、昼間の気温は何度くらいなのだろう。

 四時になったので、起き上がり、スーパーへ行く。帰宅して、キャベツと豚肉の焼きそばを食べ、入浴を済ませ、音楽をかけながら布団に寝転がった。猫がなにか話したそうにこちらを見ているけれど、気づかない振りをして、その辺にあった本を眺め続けた。




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