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猫の夢  作者: 高田 朔実
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七週目⑤

「今日はもう来ないのかと思いました」

 こいつの顔を見るのも今日で最後なのに、相変わらず可愛げのないことだ。

「疲れてて眠れなかったの」

 にらみつけてやると、うっすら汗ばんでいることに気づく。彼もまた、私が来るかどうかで気をもんでいたのだろうか。

「タミさんは?」

「いますよ」

 猫はいつの間にか私の横にいて、No2を睨んでいる。瞳には力強さが戻っているようだ。

「では、泣いても笑ってもこれで最後。さあ、彼はどこにいるのでしょうか」

 No2の後ろでは、爛々と無数の扉が光っている。

客観的に見れば、私がこやつを別人だと思っている方が不自然なのかもしれない。敬語で話されるから混乱しがちだけど、普段の喋り方で話しかけられたら、まずわからない。つまり、こやつが敢えて自分を別人に見せようと思って、こんな話し方をしている可能性もあり得るのだ。

やはり、No2は実は本人説も否定しきれないのか。でも私の勘は、いやぁ違うんじゃないのと言っているようだ。しかし、ピンとくる扉なんてない。

「こんなのうそっぱちなんじゃないの。町田君は、扉の中になんていないんだよね」

 言った瞬間、一瞬にして全ての扉が消えた。びっくりして、腰を抜かしそうになった。

「なんで消えたの?」

「あなたが、扉の中には彼がいないことを見破ったからですよ。……まさか、今のは本気じゃなかったんですか?」

 私は恐る恐る首を縦に振った。

「町田君があの曲が本当に大好きなら、歌詞の通りに機会は一度だけにするんじゃないかなって前から思ってはいたけど、あの人優柔不断だから、三回くらい猶予があったほうがいいやとか思いそうな気もするし、いまいちよくわからなかったんだけど……」

「真面目にやって下さい! もし間違っていたら、大変なことになってたんですよっ」

 珍しくNo2が動揺している。私はよほどのことをしてしまったのか。

「もしあなたが冗談半分に、いないとわかっていながら扉を開けようものなら、そこでゲーム終了で、もう彼は出てこれなかったんです」

「じゃあ、クリアしたってこと? 町田君はどこにいるわけ? 見破られて、のこのこ出てこれないって?」

「そう簡単にはいきませんよ。それにあなたはまだ、私が聞いたことに答えていないじゃないですか。あなたは自分がなにをしたか、思い出してください」

「話が違うって。扉の中にいるって言って、いないことを見破ったんだから、普通そこで上がりでしょう!」

「彼は、納得するまで出てきません。あと十分しかない、早く、思い出すんだ!」

 No2が焦っていると、調子が狂う。もしやこれも私を動揺させるための罠なのか。

「なによ、偉そうに。私に謝罪しろって言いたいわけ? へえ、全部私が悪いんだ、町田君はなにも悪くないんだ」

「謝罪なんてどうでもいい、ただ思い出してもらいたいだけです」

「そんなの忘れたし。それに、忘れるように仕向けたのはそっちじゃないの」

「彼も忘れてしまったんです。だからもう、あなたに思い出してもらうしかないんです」

「私が思い出したら、どうなるの?」

「無益な言い合いをしているひまはないんです、あなたしかいないんです、お願いです、お願いします! この通りです!」

瞬間、頭が熱くなる。今更「あなたしかいない」なんて言われても、もう遅い、遅すぎる、そう言いたいのをぐっとこらえる。確かに、今は争っているひまはないとも思う。

 私がしたことはなにか、もう一度思い出そうと試みる。時間はほとんどないけど、記憶の走馬灯の中から、これぞと思う場面を、金魚すくいの要領で瞬間的にすくい取る。

――涼子先輩、なにも知らなかったのか、びっくりしたような表情で私たちを見て。そして堂々と無視して去っていきましたよね。

 手元にあった記憶はこれだった。

 私がしたこと、それは、なにも言わなかったということだったのか。

町田君と加奈子さんが一緒に歩いていて、あの二人がいつの間にかそういう間柄になっていたと知ったとき。

なにを言えというのだ。なにも言えるわけがない。しかし、町田君の私に対する態度が変わったのは、多分それからだった。そのときおそらく、彼はこう思ったのではないだろうか。自分もしょせん、その他大勢の一人に過ぎなかったのか、と。

「もしかして、そうなの……?」

 町田君は私にとって、特別な人だった。過去をどう捏造しようとも、やはりそれは紛れもない事実だった。

そして、もしかしたら町田君も私のことを特別だと思ってくれているんじゃないかと、そう誤解するような場面があった。だから変な期待を抱いたままずるずると時間が経ってしまった。しかし、冷静に考えると、今の私にとってはどこまで重要な人なんだろう……。

 やはりわからない。でも、私はもはやここまで来てしまった。

「多分、あのときもそうだった。町田君って、本当のことを知りたいときにも、直接訊けないんだよね」

 なにか言おうとするNo2を制して、続ける。

「質問することで、自分の意図が知られてしまうことってよくあることだし。直接訊けないから、なんていうか、遠回しに確かめたかったんだよね。誰だって、人のことは知りたくても、自分のことは迂闊に知られたくないもんね」

 言おうか、言うまいか。多分、これは私にとっても安全に扱える類のことではない。なかったことにしなければやっていられなかった。認めてしまったら最後、世界ががらっと変わってしまうことは確かだった。そうして現れた新たな世界が、自分の味方か敵かは想像もつかない。私もまた彼に負けず劣らず臆病だった。当時の私にとって、直視できることではなかった。

 しかし、私も、もはやあのときの私ではない。いつまでもなかったことにしたままでいるわけにはいかない。

「加奈子さんとつき合っていることを私が知ったら、怒り出すと思ってたんじゃないの? 止めるだろうと思ってたんじゃないの?」

 夢の中での加奈子さんとの会話が、頭の中に蘇る。

――言葉にするのが難しいことってあるよね。

――昔からそういう人だったら、今とは違う結末になっていたかもしれませんね。

 あれらは、もしかしたら、私の中のNo2なる者からのメッセージだったのではないか。だとすると、この筋の通らない語りも、真実に近づきつつある証しなのかもしれない。

「そう、多分、学校中の百人にアンケートを取ったら、百人中百人加奈子さんを選ぶと思う。自分でいうのも癪だけど、まあ、普通に考えてそうなるよね。だから、町田君は迷っちゃったんじゃないの? 加奈子さんに告白されただなんて、自分って実は魅力的だったんじゃないかって思ったんじゃないかな。でもそれと同時に、こうも思ったのかも。加奈子さんといい感じだっていうのを見せつけたら、私が黙っていないだろうって。私が本当に考えてることを知るチャンスなのかもしれないって」

 No2はなにも言わない。

「ううん、本人を目の前にして私はなにを言ってるんだろう……、でも、きっと町田君も心のどこかで、加奈子さんはなんか違うって思ってたんじゃないの? 加奈子さんとじゃなんか合ってなかったし、結局すぐ別れちゃったらしいじゃない。きっとあなたは、私がぶち壊すことを期待してたのよ。意識していたか、していなかったかは別として。

 誤算だったのは、私が人並みのデレカシーを持ってたこと。なにごともなかった振りして去って行ったのは、想定外の出来事だった」

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