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猫の夢  作者: 高田 朔実
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未定稿③

 今日は猫について書いてみよう。

猫はいつも僕の味方だった。僕が幼稚園へ行くときには門の前まで送ってくれて、僕が帰るころになるとまた門の辺りで待っていた。僕を見つけると、表情は変えないものの「にゃあん」と甘えた声を出し、歩く邪魔になるくらい僕の足にじゃれついた。こんなに僕のことを大事に思ってくれる存在が家にいる、それだけが、僕にこの家での居場所を与えてくれた確かなものだ。

 あの日家に来た猫がもしタミじゃなかったら、どうなっていたんだろうと考えることがある。もし、もっと無邪気で、包容力のない猫だったら。僕は非行に走るか、不登校になるかして、母はもう少し僕への接し方を見直さなければという気にもなっただろうか。今となってはわからないけど。幸か不幸か、タミが僕の養育をしてくれたおかげで、僕は今までごく普通に生きてこれた。

衣食住は保障され、アルバイトしなくても進学できるような、経済的に恵まれた環境にいる。進路についても、生活態度についても、特に口出しされるようなこともない。あなたはそれ以上なにを望むの? もしそう言われたとしても答えに窮してしまう。

 だけど、家族よりもむしろ猫の方が僕のことを知っている、そういうのってどうなのかなと思う。僕が悩んでいれば、タミは素早く見てとり、なにがあったのか問い詰めてくる。「タミに全部お話しなさい」とばかりに、じっと僕の目を覗きこんでくる。少しでも誤魔化そうとすると、「タミを騙そうとお思いですか」とばかりに睨んでくる。猫の体を撫でながら、僕はつい、今日学校であったこと、家であったことなんかを話してしまう。タミは、猫で、デブ猫で、ずっしり重くて、柔らかくてふわふわしている。あまりにも気持ちよさそうで、見ているだけでうっとりしてしまう。

 ある夜のこと、タミの目を見ていたら、そこには僕の顔が映っていた。瞳孔が大きくなっていて昼間よりも柔和な表情に見えた。タミの目には、僕はどんな人間に見えているのだろう。平然としているふりをしつつも、本当はいつもびくびくしている。それを隠すために、何事にも動じないようにしている僕。タミだけは知っている。

 繊細なガラス細工はきれいだけど、柔らかい紙で覆って、その上さらに厚紙の箱に入れなければ壊れてしまう。厚紙の箱を見ただけでは中になにが入っているかはわからないから、箱に文字を書いて中身を判別する、お土産屋さんでそんな様子を見て、ふと思った。箱に間違えた文字を書いたら、お客さんは間違ったガラス細工を持ち帰ってしまう。近所に住んでいる人なら取り換えに来れるけど、遠くから来た人だったらそれも難しい。間違って買ったガラス細工を修学旅行の記念に持ち帰る。それから先、偶然手元に来てしまった本来欲しかったのとは違う品物を、割れて使えなくなるまで、一生懸命大事にするのだろうか。

 あの歌も、そんなことを言っていた。あの歌を教えてくれたあの人とは、なんだかよく一緒にいるわりには、あまりじっくり話したことはない。あの人はなんであの歌を知っていたのか、なんで好きになったのか、聞いてみたくもあったけど、聞きそびれてしまった。あの歌が好きということは、きっと僕と同じようなことを日々思っている可能性が高くて、だったらなんとなく、話したらなにか分かり合えるような気もするのけれど、なんだかちょっと怖くもある。だからいつも、一緒にいるとなんとなく落ち着くし楽しくはあるけれど、あまりよくわからない人のままでいる。

本物は一つだけで、もしちゃんとわからなかったら、間違えたものを抱えたまま、そのままずっと生きていかないといけないとしたら、でも、どうやったら間違えないで本物を選べるのか。どうやったら確固たる自信を持って「これが僕にとって本当に必要なものだ」と言えるのか。また、それが本物だと、誰が判断するのか。判断を下した人が信用できる人かどうかもわからないし、そんなことを疑い出すと、きりがない。本物って、本当のことって、いったいなんなんだろう。

 僕を選んだ人は、なにをもって、僕を僕だと思っているのだろう。厚紙の箱を開けて、柔らかい紙を開いて、ちゃんと中身を確認しているのか。それとも、ただ箱に書かれた鉛筆のメモをみて、中身もそれだと信じているのか。どうなんだろうね、タミ。

 タミと話ができたらいいのに。だけど、もしタミに言葉がわかったら、僕は遠慮して、なにも言えなくなるのだろう。

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