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猫の夢  作者: 高田 朔実
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六週目③

 昼下がりを取り出して読んでみる。ワープロを使っていた人もいれば、手書きの人もいる。みんなペンネームを使っているけど、どれが誰の作品なのかはすぐに思い出せる。時期によっては、中間テストは諦めただとか、夏休みに登校するとやたら髪を染めてる人が多くてうんざりするなどと書かれている。

 こうしてときを経て読み返してみると、誰のものかわからない筆名がけっこうあることに気づく。部活内ではみんな大体筆名を明かしていたのだけど、中にはそれとわからないように、秘密の名前を持つ人たちもいた。原稿を集めるのは部長なので、誰なのかは部長しか知らないものもあった。例えば、この「民子」という名前もそれだった。どういう話だっただろうかと思い、ぱらぱらページを捲る。

 あるところに中学生の女の子がいた。彼女は登場したと思ったら、あっという間に交通事故で亡くなってしまう。この世に未練を残した彼女は天使に頼み込み、もう一度自分の住んでいた町に赤子として生まれ変わる。

 あっという間に十数年の年月が流れ、彼女は中学教師となったかつての想い人と、担任と生徒という関係で再び出会う。

 実は当時、彼もまたの彼女のことを憎からず思っていた。しかし、突然想い人を失った過去を持つ彼は、もう恋などしないと頑なだ。生まれ変わってすっかり前世の記憶を失ってしまった彼女。生まれ変わる前は「会えばわかるから」などと粋がってはいたものの、今となってはそんなことはまるで記憶にない。教師の気を惹こうと、中間テストでは零点をとり、期末テストでは満点を採るなど奇行に出てみるが、彼にとって、彼女は単なる変わった生徒の一人としてしか認識されていない。さて、二人はこれからどうなるのか、次号に続く、といった、一昔前の少女漫画のあらすじを抜粋したかのような内容だった。次号を見てみると、そこにはもう、民子なる者の書いたものは掲載されていなかった。

 なぜ今、このペンネームが気になるのか。それは、今タミという名の猫が私の身近にいるから、似た名前だなと思って目についたのだろう。そして、この文書が書かれたころには、少なくともタミという名の猫が町田君のそばにいた。

 それだけで断定するわけにはいかないにしても、可能性がないとは言えない。仮に、町田君がこの原稿を書いたとしよう。彼は普段手書きで原稿を書いていたが、この文章はワープロで書かれている。筆跡から作者がばれることを恐れたのだろう。当時は内容からしててっきり女子が書いたものかと思っていたけど、あえて自分とは違う性別を匂わせることによって、正体をうやむやにしようとしたとしても不思議ではない。

 中学校に入学して間もない女生徒、まあまあ可愛くて、友達も普通にいて、家庭に問題があるわけでもなく、成績が悪いわけでもなく、小学生のころから親しい間柄だった男子生徒ともう少しで両想いになろうという状態で突如としてトラックに轢かれて即死、というのはあまりに憐れである。

 しかし、傍から見れば、ごく普通の幸せを享受していたかのようなこの少女も、自分ではそうは思っていなかった。中学生になり男女交際に寛容な雰囲気が生まれれば、すぐにでも自分に思いを告げるであろうと思っていた少年は、いつまでたっても行動を起こさない。母親は、私立中学を受験する妹の世話に忙しく、同じく挑戦したものの失敗に終わった彼女にはさして関心のない様子……などと、少し探せば、気に食わないことはいくらでもある。見方を変えれば、ちょうど『もう嫌、こんな人生』と思っていたときに、都合よくやり直すためのきっかけができてラッキー、と言えなくもない。思うとおりにいかない日々を、ゲームみたいに一度全部リセットしてしまいたい、そういう気持ちは、本気かどうかは別として、誰でも一度くらい経験するだろう。これがもし本当に町田君の原稿だとしたら、これは、彼が当時思っていたことをわりと忠実に表しているのかもしれなかった。

木曜日の夜。明日の夜は夢の日だから、ゆっくり休めるのは今日しかないと思いつつ早めに床につくと、すーっと猫が現れた。

「ああ、タミさん。元気になられたのですね」

――今日はどうしてもあなたにお話ししたいことがありましてね。老体に鞭打って、こうして姿を現したわけでございます。

 ごくり、と生唾を飲み込む。しかし、猫はじっとしたままなにも言おうとしない。

「なんのお話をしてくれるんですか?」

 しびれを切らして質問してみる。

――やはり、私からお話しするのはやめましょう。あなたが、なにか気になることをタミに訊いてみて下さい。それに関して、タミの知る限りのことをお答えするようにします。

「なんですか、そのいじわる問題みたいなの」

――あなたをからかっているわけではないんですよ。でもね、タミは見ての通りすべてを話し続けるだけの時間もないし気力もないのです。あなたもここまでくれば、もう自分でなにを知りたいかくらいわかってきているのではないですか?

 まったく、こんな時代にそんなに奥ゆかしい言い方されても、困ってしまう。

「わかりました。じゃあ、訊きます。あの、タミさん、本当は、少しは知ってるんじゃないですか? No2について……」

――あれは、お坊ちゃまの一部であることは確かなのです。しかし、日ごろ表に出ていない部分です。そしてあなたも何度か会ってわかったかもしれないけれど、No2の方が実際のお坊ちゃまよりも元気そうというか、生き生きしていたように思いませんか。

「確かに」

――それは、お坊ちゃまがご自分でおっしゃっていたように、今は、自分の多くある能力のうちわずかな部分しか使えずに、窮屈な思いをしながら生きていらっしゃるからなのです。No2は、お坊ちゃまが、本当は百パーセント使えるうちの十パーセントの力しか使わずに生きているので、残りの九十パーセントを常に持っている状態なのですね。だから、元気そうだし余裕があるのです。

 なんだかふてぶてしく見えるのは、そういうわけだったのか。

「あの人の目的はなんなんですか? 町田君を乗っ取ろうとしているのかしら……」

――いいえ。あやつはあくまで補助的な存在なのです。実際に、表の世界で活動できるのはお坊ちゃまだけです。乗っ取ってみたところでなにもできやしませんよ。

 あやつの役割、それは、簡単に言えばお坊ちゃまにアドバイスをすることでしょうかね。以前も言っていませんでしたっけ? 私が清美ママに誘拐されそうになったときに、あやつが現れた。しかし、やり方がスマートではないので、その後の親子関係にひびが入る結果となってしまった、まあそれでタミが助かったのですから、責めるわけにはいきませんけど。

 私が浮かない顔をしているのを見てとったのか、猫は続ける。

――なにもあなた、貯金を切り崩して毎日のように豪遊したいだとか、そういう類のことを言っているわけではありませんよ。ただ、お坊ちゃまが日々あまり楽しい思いをしないで生きていると、あやつも楽しい気持ちにはなれないのです。自分では直接手を下せないとでも言いますか、やはり最終的にことを起こせるのはお坊ちゃまなのです。

 あやつが沖縄より北海道へ行きたいと思ったところで、どちらか選べるのはお坊ちゃま。あやつが市役所職員より国家公務員がいいと思ったところで、どちらか選べるのはお坊ちゃま。結婚相手だって、あやつが直接選ぶことはできません。

「No2なんていなくていいじゃないですか。町田君一人じゃいけないんですか?」

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