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猫の夢  作者: 高田 朔実
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四週目⑤

 猫はもったいぶって、これでもかというほど間をとる。

――一つは、本人に直接訊くことです。しかしあの様子では、まあ無理でしょう。そしてもう一つは、夢の中でお坊ちゃまを見つけ出し、直接訊くことです。

 どちらもあまりに普通の方法で、ため息が出そうになった。


 その日の夢の中には、ファミリーレストランもテーブルもなかった。

「あなたは何者なの?」

 私の質問に、なにがおかしいのか、彼は声を大にして笑い始めた。

「単刀直入ですね」

 笑いが収まると、真意が読めない笑みを浮かべつつ「だから僕は、町田晋ですって」とのたまう。

「なぜ彼は、隠れちゃってるのか、あなたは考えてみたことはありますか?」

 私が答えないでいると、

「まあいいですけど。一つ言っておきますけど、扉云々とは別に、あなたはそのことについても考えておいたほうがいいですよ」

「なんで?」

「再会したとしても、あなたはまた同じ過ちを犯して、彼のことを傷つけるかもしれないからです。そうしたら、元の木阿弥です」

 言い返そうにも、言葉が出てこない。

「確かにあなたをここに連れてきたのはタミですけど、あなたはいつでも帰っていいんですよ。帰るときは橋を使って構いません。川を渡るより楽ですよ」

「ちょっと待って、なんだかおかしくない? 町田君が私に会いたがってるんじゃないの?」

「誰がそんなこと言ったんですか?」

 猫に目をやるけど、知らん顔をしている。確かに、猫はただ、私になにかできることがあるはずだ、程度のことしか言っていなかった。町田君が私に会いたがっていて、私の助けを必要としているなどとは、世界中の誰も言っていない。

「あのさ、ここに入るためには橋を渡れないって言われてわざわざ川を渡ってきたのに、あんたに見つかってもなんで追い出されないの?」

「いい質問ですね。それは、入ってくるものを防ぐことはできても、いったん入ってきてしまったものを排除するのはそう簡単ではないからです。病気のウィルスと同じです」

「人を病気呼ばわりするわけ?」

「だって、そうじゃないですか。あなたと会わなければ、彼は……。

なんで彼にあんな曲を教えたんですか? おかげで彼は、知らなくてもいいことを知って、考えなくてもいいことを考えるようになっちゃったんです」

 彼の言葉を聞くなり、腹の底からいらいらしたものがこみ上げてくる。

「じゃあ、悪いのは私じゃなくてあの曲なんじゃないの?」

「そうやって、いつも責任逃れしようとするんだから」

「いったい私になんの責任があるって言うのよ」

「被害者はずっと覚えているけど、加害者はすぐに忘れてしまう。いじめと同じですね」

 話していてもらちが明かない。猫を見ると、吞気そうに毛づくろいしている。

「この間彼と会ったときに、やけに元気がなかったと感じませんでしたか?」

 とっさのことに、言葉を失う。

「彼は、隠れたまま出てこない。人間って、寝たきりだとどんどん体の機能が弱くなって、心の元気もなくなって、次第に衰弱していきますよね」

「だって……」

「あなたはこのままで構わないんですか?」

 とっさに猫を見る。

「あなたが信じたければ、信じていいんじゃないですか」

 肝心なときに頼りになる猫の話もさほど聞かないが、それにしてもこんなのあんまりだ。

「タミの言う通りですよ。他人からなにを言われようと、所詮人は自分の信じたいものしか信じないし、見たいものしか見ないんですからね」

 No2はにっこり笑った。

「まあ、それはいいとして。ゲームは今日も含めて残り四回しか開催されないんですよね。だからそろそろ、もう一枚扉を開けて欲しいなあと思っているんですよ」

「最後に二枚開けるんじゃいけないの?」

「あなたはいいかもしれませんが、観客のみんなさんが、それじゃあつまらないでしょう?」

 観客? そんなものがいたのか? 周りを見渡してみるけれど、なにも見えない。そうしているうちに、やがて、がやがやとざわめきが聞こえてきた。

「目に見えないものだって存在するんです。姿は見えないけど、周辺に妖精さんたちがたくさんいてですね、このゲームの成り行きを楽しみに見ているんですよ。彼らは、あなたがなかなか扉を開けないものだから、もうしびれを切らしてるんです」

「勝手にしびれてれば」

「ところが、そうとばかり言ってはいられないのです。あれ? タミはどこへ行ったのかな?」

 いつの間にか、猫の姿が見えなくなっている。

「あれ、監禁されちゃったのかな。あなたが扉を開けないと、タミはここから出られない、すると、彼の寿命が尽きるまであの世へは行かれなくなってしまうのです。しかし、多分それまでには何年も何十年もかかるだろうから、あの世においては行方不明者として扱われることになる。そうして彼が他界するころには、タミは、永遠にどこにもたどり着けないまま、あの世とこの世の境目を彷徨っているのです。可愛そうになあ、タミ。飼い主思いだったばっかりに……」

「黙れ。やればいいんでしょう、やれば」

 途端に、ざわめきが大きくなった。もう後には引き返せないようだ。

 できることなら、一つどころか二ついっぺんに開けてさっさと解放されたい。しかし、私が適当に選んだ結果が数日前の夢に繋がってしまうのであれば、それはそれで口惜しい。別に彼がそれで幸せになれるというのなら、勝手にすればいいけれど、その確信が持てないうちは、中途半端に諦めるわけにはいかない。

 町田君にとっての幸せってなんなんだろう。もし仮に私が町田君をみつけ出せたとして、そうしたら、彼の今後の生活は大きく変わってしまうことにはならないだろうか。猫は、見つけた方がいいと思っているけれど、実は見つからない方が彼にとっては幸せなのではないだろうかと、ふと思う。

 いつの間にか、曲は終盤に差し掛かっている。これ以上考えているひまはない。とにかく、時間が流れている限り、なにかしら決断を下さなければいけないのだ。例えそれが熟考された答えでないにせよ。

 No2は歌に合わせてハミングし始める。いい気なもんだ。ルールと目的がほんのわずかわかってきただけで、まだわからないことだらけ。こんな状況下でも、とりあえずゲームに参加しなければいけない、そして正解しなくてはいけない。なんて理不尽なんだろう。

 しかし、こうして扉とその向こうの世界とを見てみると、普段何気なく選択した事柄の一つ一つも、実は多かれ少なかれこういったものなのではないかと思えてしまう。外からだけ見て、少しでもよさそうなもの、好きだと思えるものを選んでみても、いざ開けてみるまで中身はわからない。こんなの私が選んだものじゃないと思ったところで、一度開けてしまえば引き返せない。そうなると、日ごろの生活の中で辛うじてできることといえば、少しでも勘を鋭くして運を良くすることくらいだ。どちらとも自信はないけれど。

「ほら、そろそろ終わりますよ」

 覚悟を決めて、やはり外見が気に入った扉に向かって駆け出した。藤色で、小さい白い花に縁取られた、森の中で突然現れたら思わず開けてしまうような可愛い扉だった。

 ドアノブを回し、手前に引くと、藤色の霧がふわっと噴き出した。

やがて霧が晴れると、ホワイトボードが現われた。そこにはマジックで無造作に「HAZURE!」と書かれていた。

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