三週目③
いつの間にか窓が現れ、猫が蝶々と戯れている様子が見えた。なんとも平和な光景だ。
「言いたいことがあるなら、自分から言えばいいんじゃないですか」
平和にドーナツを食べていたのに、突然そんなことを言われて、体がこわばる。
「口を開けて待っていても、誰もなにもしてくれないんですよ。あなただって、タミが空腹ではないかと思いつくのに、何日かかっていたことか」
「だって……」
「言い訳はけっこうです。不思議なものですが、人は空腹には耐えられないのに、不満にはある程度我慢がきいてしまうんですよね」
どう答えるべきかわからず、話題を変える。
「町田君は、甘い飲み物は苦手だったはずだけど。高校生のときは、いつも自分の家から水筒持ってきてたし、甘いの買ってる人を見て『体に悪いのに』って顔をしかめてたよ」
「あなたは、彼がなぜいつも水筒を持ってきていたのか知っているのですか?」
「え? なんだろう、お金を節約するため?」
「そう、早く家を出るためにね」
「え?」
聞いたとたん、なんだか胸がいっぱいになってしまった。私は三十近くまで、なんだかんだ言いながら、家を出るのは最終手段だと思っていた。しかし、町田君は十年前にもうそういう思いで日々を過ごしていたのか。
「って言ったらどうします?」
「違うの?」
「ご想像にお任せします」
もし本人が言ったら、それが本当のことになるのだろうか。たまたま言ったときの気分がそうだっただけなら、そうとは言い切れないのではないか。いつの間にかまた現れたメビウスの輪ドーナッツを食べながら、そんなことを考える。
彼は窓の外に一瞬目を向け、再び私を見た。
「あなたは、彼が私の偽物だって考えたことはないんですか?」
とっさの質問に、言葉に詰まっていると、
「あなたは自分の考えたことを話しているのですか? もしくは、誰かに言われたことをそのまま言っているだけですか?」
いつの間にか微笑が消え、やけに真剣な表情で詰め寄られる。
そう、私は会う前から彼が偽物だと思っていた。猫の話から、町田君の行動を制限するもう一人の人物がいて、彼を思うように振る舞わせてくれない、そんなイメージができ上がっていた。もしそういった先入観なしにこの人を見たら、私はこの人をなんだと思ったのだろう。
「そういうの好きじゃないんですよね。自分の頭で考えることを疎かにして、誰かの言うことを鵜呑みにしちゃって」
No2は、外の景色を眺めていた。
しかし、ここでなにかをNo2から聞いたところで、その意見を鵜呑みにすることは、彼が言うまでもなく正しいこととは思えない。
もしかすると、No2は私を騙して猫に対して疑いを持たせて、いいように操ろうとしているのだろうか?
新たな飲み物を取に行こうとすると、いつの間にかドリンクマシーンは消えていた。振り返ると、テーブルもファミリーレストランもすっかりなくなっていた。手に持ったカップすら消えていた。
「なにを突っ立っているんですか」
いつの間にか猫が隣にいた。
「あの人、どこに消えたんですか?」
猫の返答を待つ前に、夢の風景は静かに消えていった。